――そして。
響いてきたその声に。
那智は、音もなくその場に固まった。
「アーク?」
不思議そうに、アティが問いかける。
けど、ごめんなさい。
答えを返す暇もなく、ガサガサガサ、と、目の前の茂みをかきわけて。
姿を現したのは、そう、声の主。
那智が硬直する原因になった、女性。
お団子にまとめた髪から、龍の角にも似たものを突き出して。
周囲の緑に映えるのは、まとう真っ赤なチャイナ服。
赤いといえばその頬。記憶より薄い気はするけれど、それでも普通の人肌よりは赤みが強い。
その理由は、けして朱をさしているからだというものではないことを、那智はよーく知っていた。
「メ……」
勝手に口が動く。
そう。
那智は、その人を知っていた。
でも、だめだ。
呼びかけちゃだめだ。
“今”は、あたしはいないはずなんだから。
まだ遠い明日でやっと、この人と逢うんだから。
あたしが、今、この人を……メイメイさんを、知ってるのは、変だ。
――メイメイさん――
シルターンの龍神の親戚だとか、ただのよいどれ占い師だとか。
正体については諸説あるものの、未だ誰も真実を知らない。
判るのは、なにやら常では推し量れない力を持っているということ。
そして、――彼女の親友であったということ。
だが、那智の口がその人の名前を紡ぐより先に。
「ありゃ」
にへらっ、としか形容できない笑みを、メイメイは浮かべた。
ほころんだ視線が真っ直ぐ――もとい、ゆらゆらと――とらえているのは、立ち尽くす那智の姿。
ふら〜り、手を上げて。
メイメイは口を開く。
「やっほお〜う」、
その口の形が。
自分の名前の最初の一文字の形に開かれた瞬間。
那智は、己でも思いもよらなかった行動に出た。
「とりゃああぁぁぁッ!!」
むんずっ、と。奇声とともに傍にあったやわらかい物体をつかみ、メイメイの顔面に向けて投げつけたのだ――!
「お、おい!?」
「アーク!?」
「にゃああぁぁぁっ!?」
カイルやアティの驚愕の声に混じって、メイメイの悲鳴。
そんな騒ぎを意に介さず、那智は、物体を投げつけたと同時に地面を蹴っていた。
一足飛びにメイメイとの距離を縮め、彼女の腕を引っ張って茂みにダイビング。
盛大に枝葉を折り散らしまくったが、今の切羽詰った状況のためだ。勘弁してください。
「メメメメメメメメメメイメイメイメイメイ……」
「にゃはは〜ん? どしたのよ那智ちゃん〜? メイメイさんを忘れちゃったの〜??」
やはり盛大にどもりながら小声で問えば、あっさり。
そう、しごくあっさり。
メイメイさんは、その名を呼んでにこやかに笑ってくれた。
それが意味するところはただひとつ。
このメイメイさんは――那智の知ってる、メイメイさんなのだ。
「……!」
だけど、それを嬉しがる暇はない。
「アークです」
「ほぇ?」
だいじょうぶだろうかこの人。
うっすら不安を覚えつつ、那智はそれだけを告げる。
茂みに飛び込んだふたりを追って、3人分の足音がだんだん近づいてきていた。
「――あたしはアークです。ついでにメイメイさんとは初対面です」
「にゃ? にゃふふふ〜? んー、オッケオッケ、なんか知らないけどメイメイさんに任せなさいな〜?」
本当に察してくれたんだろか。
一抹の不安を消せない那智に、けれどメイメイは晴れやかに笑ってみせてくれた。
いや、この人はいーつもいつも笑ってるんだけど。
と、そのときだ。
ガサリ、と、那智たちの頭上の茂みをかきわけて、レックスたちがやってきた。
「どうしたってんだ、おまえ?」
しゃがみこんだ那智とメイメイを見下ろして、疑問符大量発生の憂き目に見舞われたカイルが、顔をしかめて云う。
「あ、いえ、その……」
「にゃーはははははっ」
どもりがちに云い訳を探そうとした那智を遮って、すっくとメイメイが立ち上――
がれなかった。
いや、たしかにメイメイは立ち上がろうとしたのだ。
那智は彼女が身を起こすのにつられて首を持ち上げかけたし、レックスたちも驚いて一歩後ずさってたから。
だけど、メイメイは、中腰まで身体を持ち上げたあと、
「……にゃふ」
ばったん。
くるぅり、片足で一回転して、その場に倒れ伏したのである。
「「「「わー!?」」」」
那智、+レックスとアティ、カイルの合唱が林に響いた。
大慌てで彼女の様子を診た結果、倒れた原因は脱水症状と判明した。
横手に見えていた湖から、水を汲んできて飲ませること数回。
ぐるぐる渦を巻いていたメイメイの目が再び焦点を結んだのは、水袋3杯ほどの水が彼女の胃におさまってから。
「にゃははははは、いや〜、失敗失敗」
そしてメイメイは、水袋を片手に木に寄りかかり、那智にとっては見慣れた笑みを浮かべて笑っていた。
そんな彼女を呆れたように見ているのが、レックスはじめこの時代の人たち。
「……それじゃあなにか、あんた……」
カイルが、頭痛をこらえきれないのか、こめかみを押さえつつメイメイに確認をとる。
「うまい酒を飲む、ためだけに……」
「そうよぉ〜、ここんとこ、しばらく水分とってなかったのよ〜」
おかげで目はまわっちゃうし、体力は低下しちゃうし〜。
にゃははははは。
笑うメイメイを見て、レックスも云う。カイルと同じくこめかみを押さえて。
「めちゃくちゃだよ、この人……」
「…………」
アティはすでに、ことばもないようだ。
その横で、那智は必死こいてメイメイに頭を下げつづける。
「ごめんなさいごめんなさい、ほんとーにごめんなさい」
酒のためになら、脱水症状さえ辞さない人間がいる。
そんな驚愕から抜け出したアティが、苦笑して那智のコメツキバッタを止めてくれた。
「アーク、ほら、もうメイメイさんも笑ってくれてますから。ね?」
「そぉよ〜う。投げつけられたのがゴレムとかだったら、メイメイさんもさすがに命の危機を感じたけど〜ぉ」
云いつつ、ひょいっと彼女の手が持ち上げたのは、那智の投げた“やわらかい物体”――こと、
「ぷいぷぷぷー」
……プニム、であった。
いったいどこからわいてきたのか、それともメイメイとともに来たのか。
なんにせよ、実にいい位置にいたプニムこそが、先刻那智にわしづかみにされ、メイメイの顔面にクリーンヒットしたその張本人なのだ。
ゴムまり以上にやわらかい、どこぞのディングことガウムとタメ張るプ二プ二ボディは、彼女にさしたるダメージを与えていない。与えちゃダメだが。
「ぷ」
そうしてプニムは、メイメイの手から滑り降りると、那智のほうへ駆けてくる。
慣れた調子で地面に膝をついた那智の身体をよじ登り、頭の上に落ち着いた。
――そう。
このプニム、あのプニムなのだ。
島に流れ着いた最初の日、那智と遭遇し、挙句はぐれてしまったあのプニム。
「まあ、誰にだって、理由もなくそのへんのものを投げつけたくなる衝動がわくことくらいあるよな」
簡易トーテムポールを微笑ましく眺めて、レックスもフォローしてくれる。
してもらっといてなんだが、どこの世界にそんな衝動を持つ人間がいるというのだ。
ベタベタな言い訳しか思いつけなかった自分に、那智、改めて自己嫌悪。
もっとも、ベタベタすぎて逆に信がある部分もなくもない。
……しかし。
そう云うってことは、もしや、レックス、その手の衝動にかられたことがあるのだろうか……?
レックスを見つめる那智とカイルの視線は、等しく同じ思惑を抱いていたといっても過言ではなかった。
そうして、進もうとしていた方向から、少し転換してしばらく。
干物にならずにすんだお礼に、と、メイメイが一行を案内してやってきたのは一軒の店。
那智にとっては見覚えのある――というか見覚えそのものの装飾の施された、この世界では珍しい内装を見て、レックスたちを目を見張っている。
「なんだか不思議な感じのお店ですねぇ……」
「ホントだ。こういうの、シルターン風なんだっけ?」
さすが教師か軍人か。
意外な博識っぷりを披露するふたりの後ろでは、カイルも物珍しげに店内を眺めていた。
もっとも彼の場合、展示してあるいくつかの武器防具の類が気になっているようなのだけど。
「どぉ? ここがぁ、いつでもどこでもお気軽に! 利用できちゃうメイメイさんのお店よ〜♪」
店主のメイメイは、皆の反応が楽しいらしい。
にこにこと一同を見渡して、両手を広げて宣言してくれる。
「お店?」
「うんうん♪ 武器防具、道具にアクセサリ。ひととおり、揃っちゃってるから」
どうぞ好きなだけ手にとって、よかったら何か買っていってね♪
音符どころかハートマークあたり乱舞してそうなメイメイのことばに、一同、視線を内装から展示物に動かした。
が、
「あ、その前に」
当のメイメイから、ストップがかかる。
疑問符を頭に乗っけた一同の前に、ずいっと差し出されるのは二つの物体。
「……海賊旗?」
「それに、これ……学術教本?」
カイルの手には、黒い布地に白いドクロを染め抜いた、文字通りの海賊旗。
レックスとアティの手には、それぞれブ厚い何かの本。
きょとんとして、各々手に乗せられた物を見つめる彼らへ、メイメイは楽しそうに解説している。
「海賊さんと先生さんには、やっぱり必要でしょぉ?」
今日のお礼よ。遠慮なんか要らないから、もってってバシバシ使ってやってね。
……それはありがたいが、教本はともかく海賊旗など、陸地のどこで使う機会があるというのだろうか。
さりげない疑問は、だが、那智の頭のなかにだけ浮かんだらしい。
戸惑い顔で、それでも嬉しそうに、彼らはそれを押し頂いている。
「でも、本当にいいんですか?」
教本を抱きしめたアティが、少しばかり申し訳なさそうに念を押した。
「いいのいいの、にゃはは〜♪」
……でーもー。
が、メイメイさんとて何の思惑なしにそんなことをするわけがないのである。
白魚のような彼女の手が、空を泳ぐように差し出されて。
その先にいた那智の頭を、むんず、とその胸に抱え込んだ。
たぶん、最初からそれが目的だったのだろう。
赤く染まった那智の髪を片手でもてあそびつつ、メイメイさんはこう云った。
「そんの代わり〜、ちょおぉぉっとこの子にお折檻しちゃおっかなぁ、なぁんて思ってんだけど。貸し出しオッケイかしらぁ〜?」
かなり冗談色の濃い彼女の要請に、異を唱える者はいなかった。
第一那智にしてみても、渡りに船、というやつである――
そんなこんなで、もう少し林を探索してみる、というレックスたちを送り出し。
プニムには、その辺で遊んでてくれとお願いして。
那智はようやっと、一息ついてメイメイを見上げることが出来た。
「……メイメイさん……」
「にゃはっ。なんかイロイロあったみたいね?」
呼びかけると、見慣れた笑みと一緒にことばが降ってくる。
「…………」
“那智”を知ってる人の声。
“あたし”を知ってる人の声。
――それが。
ただ、それだけが。
どれほどに嬉しいか。
バルレルとはぐれてこっち、知らず張り詰めていた神経の糸が、やっと少し――解けたように思えた。
だから。
こっくり、頷いた。
「……いろいろ……あってます……っ!」
泣き出さずにすんだのは、本当に、最後の意地だったのかもしれない。
いつレックスたちが戻ってくるか判らないから、説明は出来るだけ手短に。
最初にサイジェントに飛ばされたこと。無色の派閥の乱に行きあったこと。
なんとか魔力をやりくりして、バルレルと一緒に元の時間に戻ろうとしたこと。
――それから――
「あたしが……進めなかったんです」
ゼルフィルドのこと、ちゃんと見て、通ることが出来なかったこと。
そのせいで、他人の紡ぐ糸に触れてしまい、妙な時間の流れに飛び込んでしまったこと。
あちこちさまよって、やっと、カイルの客人であるヤードという召喚師の行った召喚術の軌跡を辿り、リィンバウムに戻ってこれたこと。
「……それから、船に乗ってひとまず聖王都に行こうとしたんですけど……遭難して、この島に流れ着いて」
今はとりあえず、みんなといっしょに船を直してる途中です。
「そっかぁ」
界と時間の狭間に飛び込んだところで。
口の重くなった那智を見て、何かを感じていたんだろう。
メイメイは、ぽん、と那智の頭を撫でる。
その拍子、彼女の手首から、しゃりん、と澄んだ音がした。
「……メイメイさん……それ……」
ブレスレットではない。それは首飾り。
精巧な細工の施された、銀色の。
見慣れた――だけどもう、あの場所に置いてきた、彼女の持ち物だ。
那智の視線を追って、メイメイは「ん?」と腕を持ち上げてみせる。
その拍子に、また、音。
「ああ〜、だいじょぶよ。あっちのはちゃぁんと、あの森でうたた寝してるわ」
これはね、“今”のものなの。
「え……? じゃあ、メイメイさんは……」
やっぱり、この時代の――
そう問おうとして、無駄なことだと気がついた。
彼女は呼んだ。
那智を、那智と呼んだ。
バルレルの条件付けた、“那智を知ってる人”には入ってないみたいで、姿が戻ることはなかったけど。
それでも、メイメイさんは、那智を呼んでくれたのだから。
那智の頭上に浮かぶのは、大量の疑問符。
それを解いてくれとの期待を込めて、那智はメイメイを見上げる。
応えて、彼女は口を開く。
「――見届けに来たのよ」
「……へ?」
迎えに来てくれた、とかじゃないんですか?
ちょっぴり落胆。虫のいい話だと、判ってはいるけど。
「うぅ〜ん、ちょっとねぇ。ここに来るまでに、かなり力使っちゃったから……戻るまでに時間、かかるかなぁ」
蓄えてきたアルコール分もかなり抜けちゃったし、いきなり帰りましょうってワケには行かないかなっ。
てへ。とばかりに頭に軽くげんこつを押し当て、メイメイさんウインク。
「…………アルコールで時間旅行が出来るんですか、メイメイさん……?」
「やっだぁ、冗談よ、冗談〜♪」
「……」
常なら微笑ましいが、今、那智はただ脱力するばかり。
けど、バルレルでさえ儀式の魔力とかその他もろもろとか寄せ集めて、ようやく穴を空けてたくらいだから――それは、しょうがないのかもしんない。
「じゃあ、メイメイさんの力が戻ったら、帰れますか?」
「うんうん♪ それはまっかしといて♪」
次なる期待を込めた問いには、頼もしいブイサイン。
「しばらくここでのんびりお店やってるから……那智ちゃんをつれて帰る力が戻ったら、すぐに連絡したげるわね」
「はいっ、お願いしますっ!」
「――でも、いいの?」
へ?
そう見上げた先には、にんまり微笑むメイメイさんがいる。
「狭間の狭間から飛び出した挙句に唐突に姿消しちゃったら、那智ちゃんほんと〜に不可思議世界の住人になっちゃうわよぉ?」
…………
「そ……それわ……」
思わず、硬直しきった那智を見て。
クスクス、メイメイは笑う。
「ま、なんだったら船が直って聖王都に着いて彼らと笑顔でお別れして。その後で跳躍してもいいんだわよね〜」
実際、力が戻るまでにそのくらいの時間は余裕でかかっちゃいそうだから。
「適当に折り合いつけて、しばらくこの時代を楽しんでみちゃったら?」
「……歴史、変わったら、どーするんです?」
あたしとバルレル、サイジェントでも苦心したんですけど……結果はあんななっちゃったけど。
悲喜こもごもだった――主に喜っつーかユカイなことが多かったような――時間旅行その1を思い出し、思わず遠い目になりかけた那智だったけど。
「……それをこそ」、
メイメイの静かなことばに、息を飲んだ。
「――それをこそ、あの人たちは望んだのだもの……」
どこか。
遠くを見つめるメイメイの独白に。
ことばはことばにならず、ただ、呼気としてこぼれ落ちた。
「巡る悲劇の螺旋を断ち切るために」
切ない。
辛い。
痛み。嘆き。
そうして――深い、深い、それは哀しみだった。
……いつだったろう――フォルテとたしか、こんな会話をした。
「シャムロックさん、下戸なのに。なんで豊漁祭のとき、あんなにお酒飲んだんでしょうねえ」
心底疑問だったのだが、フォルテはそれを思いっきり笑い飛ばしてくれた。
「はははははっ、理由なんかねえって!」
単に、周りのノリに押し負けて、勧められるだけガバ飲みしちまっただけだっつの!
そう笑い飛ばして――
「ただ……」
ちょっと苦い顔になって、フォルテは云った。
「酒ってのはよ、実に都合のいい魔法なんだな」
「魔法?」
「おう。飲んでる間は感覚がぼやけちまうから――嫌なこと辛いこと、それをいっときでも忘れるには、ちょうどいい……手っ取り早い魔法なんだよ」
トライドラもローウェン砦も、あんなことになっちまったし。
もしかしたら、シャムロックの奴は、少しばかり魔法に頼ってみたかったのかもしんねぇな。
告げるフォルテも、同じようにして気を逸らしたことがあったのだろうか?
那智にそう思わせるに充分だった、彼のそのときの表情は。今も、心に残ってる。
どうしようかと少し迷って。
那智は、ゆっくり問いかける。
「……メイメイさん……」
彼女が、常に酔っているのはもしかして。
――もしかして――
だけど、メイメイが露にしてた哀しさは、那智の問いと同時に霧散した。
「にゃふ?」
いつもの、笑い声ともため息ともつかぬそれをこぼして、メイメイの双眸に再び笑みが浮かぶ。
「こらこら那智ちゃん? 眉間にシワ寄せちゃってぇ、もぉ。かわいいお顔が台無しよ?」
むにっ。
細い指が、那智の頬をつかんで伸ばす。
最初に逢った、あのファナンでも。
この人は、同じように笑って。そう、云ってくれた。
ひとしきり引っ張って遊んで、メイメイは、されるがままになってた那智を解放した。
「……那智ちゃん?」
「――――」
一度。
そう思ってしまったら、そうだとしか思えなくなる。
さっき見た、この人の哀しみは、とても深くて大きくて。
今浮かべてる笑みももしかして、それらを誤魔化そうとしてるんじゃないかと。
じっと自分を見つめる那智を見て、メイメイが息をつく。
それは、根負けのしるし。
「……だぁいじょぉぶ、よ」
「…………」
「那智ちゃんが、那智ちゃんの思うとおりに動いてくれたら、メイメイさん、すっごく嬉しくなっちゃうから」
哀しさなんてどっちらけ! だわよ?
「あたし、が……?」
思うとおりも何も。
今、自分がいる時間を。ここに在る異端としての、義務を。
那智は忘れたつもりなどない。
ここは、すでに紡がれ終わった過去のひととき。
ここは、明日からの干渉を行ってはならない昨日。
紡がれる、彼らの歩みに深くかかわることなく――
……などと。
こんな状態で、好き勝手に動けるわけなど、ないのだけど。
「紡がれる糸を見届けるのは、星を読む者としてのメイメイさんのお仕事」
それなのに、メイメイは笑うのだ。
「いーい? 那智ちゃん」
どぉも、魔公子クンも勘違いしてたっぽいから云っちゃうんだけど。
晴れやかに、あでやかに。
「どんな場所でも時間でも、そこへ訪れた時点で、あなたもまた、糸紡ぐ者のひとりになるのよ」
……きっぱり、はっきり……占い師さんは、そう断言してくれた。