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【突然か、必然か】

- へそくり -



 ――――そして、またたきをひとつ。

「、」

 開けたままにしてたわけでもないのに、乾ききった喉をまず、唾飲み込んで湿らせた。
 触れていた、レックスとアティの手を解放する。とん、と軽く叩けば、ふたりは名残惜しそうに身をかがめ、の肩口に額を押しつけて――離れた。
 その頭を、わしゃわしゃと撫でくりまわしてやりたい衝動にかられたけれど、しなかった。代わりに思ったのは、ルヴァイド様、あたし割と親バカみたいです――と、そんな他愛のない、養い親への届かぬ報告。
「メイメイさん、――?」
 呼びかけて、目をぱちくり。
「ど、どうしたんですか?」
 いくら視界に難ありと云えど、メイメイの頬が濡れているのくらいは見てとれる。
 呆気にとられたのことばを聞いたメイメイは、「――あ――」と、今気づいたように自分の頬に手を当て、そっと拭うとこう云った。
「……にゃ。もぉやだわ〜。年取るとイロイロ脆くなっちゃって……本人たちには自覚ないし〜」
 なんの自覚だ。
 レックス、アティと顔を見合わせ、三人揃って首をかしげる。
 ああもういいからいいから、と、当のメイメイが、普段どおりの口調と態度で手をひらひらさせたので、疑問はそこで霧になった。
「で、なあに?」
 そもそもの呼びかけの理由を促され、はい、と頷いて話を戻す。
「さっき云ってた、バネの期限、あとどれくらいか判りますか?」
 道を手放したもといブチ壊したのは、遺跡における戦いのあとだ。あれから帰り道で亡霊が出て、集落のひとたちを避難させることに明け暮れて、てんやわんやと食事を終えたあとには、もう、日も暮れていた。
 だから、正確な時間など覚えていない。情けない話だが。
「ん……そうねえ。あと、5時間くらいかな?」
 5時間。心に刻む。
 それから、重ねてもうひとつ。
「今のあたしが無限界廊突破する時間、予想出来ますか?」
「……難しいこと訊くわねえ。それってば、占いの領分だわよ」
 やる? と、取り出された御神籤箱を、謹んで辞退する。ダイレクトに何時間、て書いてあるとは思えないし、第一、また大告とか出たら今度こそ泣いちゃいそうだ。
 無限回廊? と、首を傾げるアティに、レックスがそっと耳打ちした。何を云ったのかは判らないが、どこか寂しそうに頷くアティを見るに、いつぞの事実をそのまま告げたのだろうと窺い知れる。
 そうしてメイメイは、の反応を予想してたのか、ごねることもなく箱をしまう。しまいながら、「あ」とこちらを振り返った。
「そうそう。無限界廊の門開けるの、ちゃんも協力してちょうだいね」
「え?」
 唐突な要請に、目をぱちぱち。またたき。
 だが、云うだけ云ったあと、メイメイは再びこちらに背を向ける形になったため、視線に乗せた疑問符には気づいてくれなかった。
 そのまま、ことばだけがたちに向けて紡がれる。
「つまり、ほら。今、島がこんなんで大騒ぎでしょう。集いの泉に流れる力も乱れちゃってるのよ。門を開くのは、あれで結構繊細な作業だから、僅かな乱れが致命的な失敗になりかねないのね」
「……はあ」
「理屈は、判りますけど……」
 いまいち煮え切らない口調で、レックスとアティが相槌を打った。双方から、ひしひしと困惑した気分が流れてくる。それはも同じだ。プニムだって、頭の上で首ひねってる。
 箱を棚にしまい終えたメイメイが、立ち上がって振り返る。
 一同の様子を見て、「だからぁ」と、いたってのんきにお笑いあそばされた。

ちゃんのアレ。白い焔ね。それを、ちょちょーい、と、メイメイさんに貸してほしいんだなあ――」

 そんな、にこやかに告げられたメイメイのことばに、
「……えっ」
 は硬直した。
「にゃ?」
 突然動作を止めたを、メイメイが不思議そうに覗き込む。
 レックスとアティも、怪訝そうに首を傾げた。
 頭上に鎮座するプニムもまた、ぺしぺし、と頭頂部を叩いてくれる。
 三人分の視線と頭上の刺激に、けれど応える余裕もなく、思わずよろけた身体をどうにか立てなおす。それから、にっこり笑ってる――酒で感覚鈍ってるんじゃなかろうかこのひと――メイメイを見上げ、
「……あの、メイメイさん。メイメイさんも云ったけど、あの道、壊れちゃってるんですけど……」
 今度こそ完璧に。完膚なきまでに。残滓の一片さえなく。もう、焔通すことも感じることも出来ないんですけど。
 云うと、
「「ああっ!」」
 レックスとアティが真っ先に大合唱。
「え? 嘘?」
 メイメイは、どっか胡散臭そうに眉をしかめた。「だって」と、レックスたちが昨夜の会話を思い出して叫んでいるのを尻目にこちらを指し示し
「感じるわよ。焔の存在、ここに在るけど……これ、違うの?」
「ぷ?」
 ……持ち上げられた指は、をというより、プニムへと向けられていた。
「はあ!?」
「ぷ!」
 盛大な疑問符を打ち上げる、その頭上で“納得!”とばかりに頷くプニム。
「ぷい、ぷぷーぷーぷうぷぷぷぷっ!」
「ええい、だから発声言語のコミュニケーションを期待するなっ!!」
「あー、なるほど……」、がなるの横から、メイメイののんきな声が響く。「自分が、取り込んでたんですって。ほら、先生たちなら知ってるかな、プニム種やディング種って、魔力を吸収する性質があるの」
「……へ?」
 ディングって、たしか、サイジェントのモナティと一緒にいるガウムって子の種族名のはず。
「あ……うん」「たしかに、そう習いましたね」
 じゃあ何か。
 プニムって力持ちさのわりに殴る蹴るとかの攻撃しないなーと思ってたら……この子やガウムって、いわゆるひとつの魔力ぶん取り召喚師キラー?
「判った?」
 首をひねるの前に顔を突き出して、メイメイがにっこり微笑んだ。
「ぷぷぷっ、ぷーぷぷーぷぷっぷーぷぷぷぷー」
 そこに、またプニムの鳴き声。
 ふむふむ、数度頷いて、メイメイがそれを通訳してくれる。……すごいなこのひと、本当に多芸だ。
「でも、自分はちゃんとした形では出せないらしいわ。食べ物と同じね、排出するときには本来の力は失われてるんでしょう」
「……それ、意味ないんじゃ……?」
 がっくり項垂れるを、哀れみこめて見つめるレックスとアティ。けれども、メイメイは「最後まで聞きなさいね〜」と余裕綽々。
「だからぁ、取り出せる人に取り出してもらえばいいのよぅ。魔力を形なき媒介とするんじゃなく、実体を得て扱えるような……」
「――それって」
 を見ていたアティが、ぱっとメイメイを振り返る。
「それって、もしかして、わたしたちが出来るかもしれないってことですか!?」
 碧の賢帝にせよ、果てしなき蒼にせよ、身の裡にある魔力を引き出し形にする事実は同じ。
 意気込む彼女に対する返答は、だが、
「ん〜……ちょっと難しいかもぉ」
 という、否定に傾いたものだった。
「どうして?」
「だって、先生たちの裡には先生たちの力があるわけよ。果てしなき蒼がそれなんだけど……プニムから先生たちを通るときに、混ざらない保証ってないのよねえ」
 先生たちが、混ざらないよう上手に通過させられるっていうなら別だけど――云うメイメイ自身、彼らがそこまで器用だとは思ってないのだろう。はっきり口にはしないけど、表情や声音が雄弁にそれを告げている。
 とうのふたりはというと、こちらは曲がりなりにも自分のことだ。指摘にぐうの音も出ない様子。
 ちょっぴし悔しそうな表情になったふたりは、だが、次の瞬間「あ!」と手を打ち合わせた。
 奇しくもそれは、一連のやりとりを見守っていたが、とある人物の存在を思い出したときと同じ。
 だもので三人は、顔を見合わせ互いに指を突きつけて、その人物の名を叫んだのである。

『――イスラ!!』

 紅の暴君を振るった適格者。
 彼もまた、形得て扱うすべを心得ている。なおかつ、魔剣は現在力を発揮することは出来ず、ある意味開店休業状態というわけだ。これほどの適任はあるまい……!


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