TOP


【突然か、必然か】

- おいてきたことば -



「……」

 判っている。
 判っていても、感情は、理性と相反して鬩ぎあう。


 深く項垂れた少女を、レックスとアティはそうして見つめる。
 見つめるだけしか出来ない。
 彼女が何を抱えているのか、そもそも、変わらぬ姿で二度自分たちの前に現れた理由は何なのか、判らないから。
 何を云えるだろう。
 彼女の事情など、知りもしないのに。
 何を知っているのだ。
 彼女が自分たちと、この島の戦いに決着をつけたいと思ってくれていること。それから、それと引き換えにしなければ帰れないのだろうということ。
 知っているのは、ただそれだけ。

 それでも――云わなければ、彼女は動けない。

 それもまた、理解出来た。
 ああ――だから、嬉しい。とても、今、嬉しい。

 彼女が動けないでいるのは、天秤の重さが等しいからなんだと。
 願いと。
 “今”と。
 量りにかけてにっちもさっちも行かない、その逡巡を思うと申し訳ないけれど……うん、やっぱり嬉しいんだ。

 こんなに、大事に、思ってくれていることが。ただ、嬉しくて。しあわせな気持ち。


 そっと声をかけると、彼女は小さく身を震わせた。
「……じゃないか。今ここでだけ、もう一度呼ばせて」
 おかあさん。
 そう告げて、自分よりずっと細い肩に手のひらを置いた。

 まだ先なのだと思ってた。
 あの日交わすだった、もうひとつのことば。
 それを、今、告げるべきなのだと、自分のどこかが教えてくれる。

「――おかあさん」
 レックスの意図を察して、アティもまた、同じように手のひらを添える。
 遠い赤い日とは逆に、見下ろす形になるそのひとの肩へ。

 そしてもう、彼女からは、そのことばをもらってた。
 だから、応えるべきは自分たち。
 立ち止まっていた自分たちを前へと向かせてくれたこのひとを、今度は、自分たちが前に踏み出させてあげられる。


 告げよう。あなたに。ことばをひとつ。
 あの日おいてきた、もうひとつ。


 ――――さようなら。


 ……今さらに――実感する。
 本当に、ことばっていうのは、時に何にも増して強い力をたたえてる。

 たったひとつのそれだけでさえ、俺をわたしを貴方をあたしを、そうして動かすことが出来るんだから――


←前 - TOP - 次→