それまでのように、レーザーは空間を薙いだだけで終わらなかった。
奇妙に捻じ曲げられた発射口は、まるで蛇が鎌首をもたげたような様相を呈していた。
つまり、高部から床に向けて狙いを定めるような位置取りをしていたのだ。
故に、発されたレーザーは、床に着弾した。
その結果、それまでは全然傷などつかなかった床の表面さえも溶かす高熱と光、爆音を発したのである。
「アメル!? さん!?」
金属の溶けたような、嫌な匂いの混じった煙の只中に向けて、ロッカが叫ぶ。
たった今、ほんの一瞬の出来事に、全員が放心していた。
あれほど攻め立てていた近接組でさえ、各々の武器を下ろして振り返っている。
もし今メルギトスが攻撃すれば、一網打尽に出来るだろう。――彼はそうしなかったけれど。
「ひゃは、あはハははハッ!!」
攻撃する代わりに、メルギトスは、狂ったような――もはや狂っているのかもしれない――哄笑を響かせた。
この空間でもっとも歪んでいる彼の本体が、ぐにゃりぐにゃりとそれに合わせ、脈動する。
けれど、誰もその光景に反応しなかった。
誰もがただただ呆然と、未だ煙の舞い上がる、その場所を見る。
――否。
そこに舞い上がるのは、煙だけではなかった。
白い煙に混じって、むしろそれを押しのけて。……白い陽炎、いや、焔とさえ云えそうな光が噴き上がる。
「……?」
その焔でもって、レーザーを防いだらしい彼女の姿が露になったとき、誰かがつぶやいた。
と同時、
「アハハハハ……ハーっはハはハハ!!」
メルギトスの哄笑が一層高まる。
「判りまス……判りますよ、その力! その魂……!!」
空間を埋め尽くし、一同の聴覚を覆い尽くし。
「懐かシい……長イ永い間、欲しタ……貴女ガようやく目覚めタのですね……!!」
ぐにゃりと、触手の一本が彼女に向けて伸びた。
それに、攻撃の意志はない。
もしその物体が手のひらであれば、差し伸べた、と云っても差し支えなかったろう。
さわさわ、さわさわ。世界が騒ぐ。……騒ぎ出す。
メルギトスに飲み込まれているこの空間に、それでも届く、世界の声。
呼ぶ声。喚ぶ声。呼びかける、声。
欲する声。願う声。せがむ声。
――来た? 還ってきた? 還ってきて?
守護者? 守護者が。ここに、還ってきた……?
いつかも感じたその呼びかけに、先日と同行した数人が目を見張った。
初めてそれを耳にする人々も、メルギトスのことばと現在の状況から、ひとつの結論を推測し、戸惑いを隠せないでいる。
――が、
「やかまシイ!」
それは、メルギトスの一喝によって遮断された。
ここは彼の空間。干渉を及ぼそうとしていた世界の声は、それだけで、あっさりと途切れてしまう。
「さあ」
打って変わった優しさを備えて、再び、メルギトスの声が彼女にかけられる。
「私ハ、ちからを手に入レましタよ……貴女の鎖ヲ断ち切りましょう?」
共に、世界を壊しましょう――
ハッ!
「やなこった、ですね!!」
――――
――――――――
………………………………………
「……ナイス、」
腰に両手を当てて、仁王立ちして、ぐいっと胸張って。
怒ってます! と大文字で顔に書いたのことばに、まず真っ先にハヤトが親指を立てた。はっはっは、と、舞い下りた沈黙を打ち破る、ちょっぴり乾いた笑いをこぼして。
何故彼の復活が早かったか。まあ、それは当然だ。
レーザー着弾の直前、の焔に守られる形になった彼らはちゃんと、知っていた。
伏せて、と、叫んだの声を聞いていたのだ。
高まろうとしていたメルギトスの勝利感が、急速に戸惑いへと変じるのを、その場の誰もが感じ取った。
「何故……何故デす!? ドウして貴女がイルのですか!!」
その力。白い陽炎、輝き。――焔?
いやさ、それは彼女の光。彼女の陽炎。彼女のものでしか、ありえない。――だというのに。
判る。たしかに目覚めている。だというのに。何故、彼女は出てこない?
「まダ壊し足リナいというのですカアァァァッ!」
混乱、惑い、そのままに。
再び放たれたレーザーを、白い焔が防いだ。
先刻とは打って変わり、余裕を持ってそれを成したの表情は、だけど、はかばかしくなかった。
泣いている? ……涙を流しているわけではないのだけれど。
いや、それとも。
……哀れんでいる?
誰を。……レイムを?
かなしいね。
は、レイムをそう思う。
……かなしい、ひと。
禍々しい力に満ちたこの空間も、もはや哀しい印象しか抱けなかった。
どれだけの間。長い、長い――永い間。
アルミネの魂が彷徨っていたのと同じくらいの間。
この人は、どれほどの妄執とともに、淀みを膨張させつづけていたんだろう。
己を封じた調律者や融機人、天使への憎しみと、守護者の存在も知らぬ人たちへの侮蔑と、……たぶん、世界全部を怨みながら。
目的のために、気の遠くなるような時間を、費やして。
……目的。
それは、
「またしても、私ヲ拒むのですか。世界をとルのですか!!」
――絶叫。絶対の力を手に入れながらも、それは、ひどく悲痛だった。
も叫ぶ。
「違う!!」
まだ、彼女は何も選んでない!
続けて叫ぼうとした声は、だけど、連続して放たれた光弾の爆音で打ち消される。
狙いなど定めていないに等しいそれは、もはや空間中を飛び交っていた。
「綾姉ちゃん、勇人兄ちゃん、ソルさん、キールさんっ!!」
振り返ったの意を汲んでくれたか、キールが頷いた。
アヤが声を張り上げる。
「怪我をしている人はこちらに来てください!! もう一度結界を張ります!!」
応え、数名がそこに移動する。
怪我をおしてメルギトスに向かおうとする意地っ張りが数名、半ば無理矢理引っ張り込まれた。
が、それでもなお、出てくる人もいるわけで。
……バノッサとかリューグとかなんて、いい例だ。
「おねえちゃん……だいじょうぶ?」
「うん。アメルのおかげで全然。今この場でたぶん、一番元気!」
心配そうなハサハのことばに、にっこりは応じた。
そうして、そのことばに、集まってきた人間が、ほっとした顔になる。
その中には当然のように、ルヴァイドやイオスもいた。彼らもやっぱり、安堵を露にして立っている。……ふたりの怪我は、けっして軽くない。結界の中に蹴り戻そうかと一瞬思ったけれど、はそれをしなかった。
――見届けて、ほしいと。
思うそれを、ふたりは、知ってくれているんだろうか。
たしかめたくなった――けれど、そうして互いを見ていられるのも、ほんの一瞬の事。
すぐに全員が表情を改め、各々武器の握りを確かめる。
視線が巡り、皆が皆の意図を確かめて。
――一斉に、床を蹴った。