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第60夜【破鏡】 四
lll 戦いの、音高く lll




 サプレスの悪魔王としての力と、ロレイラルの究極ともいえる機械技術。
 機械魔メルギトスの力は、さすがに、そのふたつを手中におさめたと豪語するだけはあった。
「ひとところに固まるな! レーザー浴びたら間違いなしに死ぬぞ!! ……ってうぉ!!」
 叫ぶフォルテのすぐ横の空間を、当のレーザーが灼き払う。
 が、レーザーというほど、それはかわいいものじゃない。
 成人男性の身長ほどの直径を持つ、巨大な光の柱だ。
 幸いにもそれは限定二ヶ所からしか発されず、軌道も直線のため、避けることは難しくない。
 だがそれは、回避だけを考えた場合の話だ。攻撃に転じる際にこそ、そのレーザーは大問題である。なにしろ、その射程内にいなければ、メルギトス本体に攻撃が出来ないというのだから。
 しかも遠距離攻撃が出来る人間が射程外から攻撃しようとすれば、触手がうにょんとちょっかい出してくるありさま。
「ああんもうっ! 触手プレイは公共良俗に反してるんですよっ!?」
 ちなみに良い子は意味わからなくっていいです!
 微妙に意味不明のことを叫びながら、出現する端から次々触手をなぎ払うのはパッフェル。
「姉ちゃん……あんたがオレ様の世界にいたら、いっぺんは職質されてるかもなぁ」
 ちょっぴり遠い目になりつつ、レナードも銃を連射していた。
 現役として鍛えた結果か、負けず劣らず見事な早撃ちである。
 そんな、どこかマイペースを保つ彼らをため息ついて視界におさめつつ、ケイナやシオンが冷静に、矢や手裏剣で援護する。
 実に戦力の半分は、そちらにかかずらっているのだが、そのおかげで、メルギトスの本体にアタックかけてる人間が集中できているのも事実だった。
「……ッ、いい加減くたばれ、テメエ!!」
「小賢シい!」
 リューグの振り下ろした斧は、だけど、魔力の障壁だかなんだかで防がれる。多少はダメージが通っているようだが、本体への決定的な一撃を与えられないでいるのはそのせいだ。
 それは、他の攻撃メンバーも似たようなものだ。
 が。
「おらおらおらおらおらおらおらァッ!!」
 ざくざくざくざくざくざく。
 無造作に乱暴にこの上なく大味にバノッサが切り刻んでいる箇所だけは、他よりも大きな傷がついている……ような気がする。
 とはいっても、決定打というわけではない。他と比較して、というくらい。
 それでも、そこから突破口を、とは誰もが思うことだ。
「右、半歩ずれろ!」
 怒鳴りつつ、イオスが一点狙いで槍を突き立てる。
「オイ! 何、人の獲物横取ろうとしてやがる!」
「文句ならあとで聞く!!」
 バノッサの場違いないちゃもんにも負けず、彼は、ぎりりっ、と腕に力をこめた。

 ぎゅりっ、と、耳障りな軋みが聞こえ、……手ごたえが、ほんの少し。

「……よし!」
 一瞬、その快挙に気をとられたイオスは、横手から来る光弾に気づかない。
「イオスさんっ!!」
 少し離れた場所から、それに気づいたレシィが叫んだ。
 だが、はっと振り返ったイオスの、もう目前にそれはあって。
 間に合わない。
 ――そう、見ていた人間誰もが思った。

 爆音を立てて、光弾が炸裂する。
 けれど――そのあとには、人影ひとつ、残っていなかった。

「細いくせに重てェぞテメエ!」
「当たり前だッ!! おまえに抱えられるほど軽いつもりはない!!」

「バルレル!!」

 咄嗟に突っ込んだらしいバルレルが、かなり危うくふらつきながらも、イオスを抱えて舞い上がっていた。
 その口論どおり、長い時間抱えておけるわけでもなく、すぐに舞い下り、着地させる。放り出さないだけマシか。
「……手ぇしびれたっつーの、ったく」
 ぶつぶつ云いつつ、けれど、すぐにバルレルは己の武器を構えて、再び攻撃に移る。
 遅れてなるものかとばかりに、イオスも前線に復帰した。
 その頃には、ルヴァイドやフォルテらが、先刻崩れた一角に猛攻を仕掛けている最中。
 カイナの喚んだ鬼神斬までもが、その援護に入っていた。
 勿論メルギトスの邪魔が入るものの、光弾は周囲に位置したロッカやシャムロックがなぎ払っている。
 本体を巻き込んでは不都合なのか、厄介なレーザーはここには届かない。

 それでも。
 敵が削れるのに比例して――いや、それ以上に、疲労や怪我が彼らに累積していく。

「もうだめっ! 次のプラーマで魔力切れるからねっ!?」
 ルウが叫んだ。
 トリスのそれと並んで、メインの回復役として頑張っていた彼女のことばに、数名がぎょっとする。
「君は!? トリス!」
「あたしだって辛いわよッ! ――あと2回くらいならなんとかなるけど!!」
 ヘキサボルテージを放ちつつ叫ぶネスティの問いに、トリスが疲労を隠せない声で応じた。

 その瞬間。

 発射の挙動を見せたレーザーの真正面に、あろうことか触手の攻撃を飛んで避けたユエルが、着地する。
「ユエルさん!!」
 パッフェルが、咄嗟に彼女へ向かう。
 けれど、一瞬遅かった。

「きゃあああぁッ!?」

「……ユエル! パッフェルさんッ!!」

 じゅうぅ、と、肉の焼ける嫌な匂いが、付近の人間の鼻孔を刺激する。
「……ッ」
 間一髪――命を救うだけは、間に合ったらしい。
 横抱きにユエルを抱えて飛んだパッフェルの肩口が特に酷いものの、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込むほどではない。
 ただ、そうして救出されたユエルのほうも、無傷とは云えなかった。逃げ遅れた片足が、ひどい火傷のような様相を呈している。かわいらしいストライプのソックスが黒焦げになり、皮膚にべたりと張りついていた。
 これはさすがに、回復を温存するなどと云えない。ルウがすかさずプラーマを喚んだ。……これで、彼女の魔力は枯渇したことになる。
 完全にとは云えないが、動ける程度には回復したパッフェルが、ユエルを抱えたまま後方に下がった。
 レーザーも光弾も射程外の、時折触手が顔を出す程度の位置。
 そうしてその頃には、すでに全員が、決して軽いとは云えない傷を負っていた。
「兄さん! ネスっ!!」
「僕たちはまだいい! 他の奴に使ってやれ!!」
 プラーマを召喚しようとしたトリスの動作は、そのネスティのことばで中断される。
 そういう自分たちの傷も、決して浅くなどないというのに。


 淡く輝く魔力の結界を展開しながら、アヤたちもまた、歯噛みしつつそれを見ていた。
 戦いに加勢したいのはやまやまだったけれど、敵のほぼ正面に当たるこの位置、いつ流れ弾が飛んでくるか判らない。
 現に数度、軌道の狂った光弾が結界にぶつかっては消滅するのを繰り返している。
 ただ、それでも希望がないわけじゃない。
 の回復を阻もうとしていたメルギトスの攻撃が、ここ数分のことではあるが、とんと途絶えているということだ。皆の攻撃のおかげで、こちらにまで意識を割いている余裕がないということだろうか。
 余裕のなさでは、結局決定的なダメージを与えていないこちらも、似たようなものかもしれないが。
「……なんて強さだ」
「嫌な既視感だな……」
 一年前の戦いを思い出してか、4人の表情は険しかった。
 そうして4人に囲まれたその中央では、アメルが懸命に治癒の力をに注いでいる。
 流れ出す血は止まったようだが、失われてしまった生命力の補完は、生半可なことではないのだろう。
 すでに、と同じくらい、アメルの身体から血の気が引いている。
「アメルさん、どうですか?」
「……ええ、もう少し……」
 けれども、アヤの問いに、ようやくアメルの表情が少し和らいだ。
「俺たちの召喚術で間に合うなら、代わるぞ。……エルエルなら喚べるから」
「はい。でももう少しだから」
 気遣わしげなソルのことばに、再びアメルは応じ――
「……」
 ふ、と、それまでずっとに添えていた手のひらをどかす。
 少し白くなった指先、手のひら。
 それをの頬に移動させ、数度、軽く叩いて、彼女は、倒れ伏す少女へ呼びかけた。

「……

 ぴくり、と、指先が小さく動いた。筋肉の反射か――否。
……」
 呼びかける。
 今度は、身じろぎ。ちゃんとした、反応だ。
 むずがるこどものように、は、頭を床に押し付けたまま左右に振っている。


 そうして、
「……アメル?」
 彼女は目を覚ます。

 まだ身体の感覚が戻らないらしく、妙に緩慢な動作で起き上がったへ、だけど、アメルはがばっと抱きついた。
!」
「わ、わわ!?」
 その勢いは、当然のようにだけで支えきれるものではなかった。一度浮かしかけた腰がまた、床に落ちる。
 その拍子に流れたままの血だまりに手をついて、彼女はぎょっとした顔で、床に目をやった。
 ついで、そこへついた手のひらの血を見、
「……」
 アメルに起きてもらい、おそるおそる、見下ろしているのは、先刻貫かれた腹部。――服が、直径10センチほど破けていた。
 ということは、つまり。
「……うわあ。」
 ぐろっきーな想像をしたらしく、は遠い目になどなっていたが、ずっとそうするような暇はなかった。
ちゃん! 良かった……!」
「綾姉ちゃん……」
 やっぱり感極まったらしいアヤが、結界の維持もそっちのけで、に飛びついていったからである。

 ――が、そこを見逃すメルギトスではないわけで。

 無言のまま。
 レーザーを発射していたふたつのうちのひとつが、無理矢理にねじまげられて射程を変えた。
「逃げろ、おまえら――――!!」
 視界の端にそれを映し、ばっと振り返ったリューグが、叫ぶ。
 誓約者たちの張っていた結界が薄れた今、その一角は完全に無防備だった。
 アヤ以外の3人が、レーザーの飛んでくる方向に盾のようなものをつくろうとするけれど、それよりも一瞬早く。

 そちらを見た全員の視界を、光が灼いた。

 先刻、パッフェルとユエルを灼き尽くそうとしたそれが、今度はたちを着弾地として発されたのである。


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