周囲に何も気配がないコトを確認して(それも異常ではあるけれど)、一行は、短時間の休憩をとることにした。
目的は当然、を休ませるためだ。それから、血に汚れてしまった衣服の洗浄。と、戦闘に出た人間の休息も。
着替えなど持ってきていないから、血で濡れた服のまま進まなければならないかと、なんか思っていたのだけれど、
「メイトルパの同胞が願います。――きてください、ローレライ」
若草色のサモナイト石を両手に抱え、レシィが、メイトルパの人魚を喚び出した。
一言二言ことばを交わし、彼女はの方へ向きを変える。
一同から離れた場所に座っていたの頭上に、ふわりと出現する水球。
ローレライが杖を一振りすると、それは砕け、当然、真下にいたは水浸しになる。
まだ乾ききってはいなかった血が、そのおかげで殆ど流れ去った。
とりあえず髪を軽くしぼり、服の裾をあちこち、こちらはぎゅうぎゅうとしぼりあげ水を切る。トリスとルウがやってきて、手伝ってくれた。
「、こっちこっち」
まだ水をきってる途中だというのに、マグナがの手を引っ張って連れて行った。
どうやら気を利かせて、火を焚いてくれてたらしい。
ふう、と。
炎に手をかざし、ひとつ息をつく。
悪魔の衝撃発言からこっち、固まっていた身体と思考が、火のぬくもりでやっと弛緩したような感覚。
それが全員に伝わったのか、息を飲んで見守っていた空気が、霧散した。
「……寒くはないか?」
「ううん、平気です」
気遣うルヴァイドのことばにも、笑みをつくって返事が出来る。
そうしてその横から、真剣な顔して話しかけるイオス。
「」
「……何?」
「さっきの、悪魔の云っていたことだが……」
「あ、うん」
知らず、背筋が伸びる。
けれど。
「とりあえず、は前世でなんかの守護者をしてたってことにしようと思うんだけど」
そんな改まったトコロに飛び込んできたのは、にぱっと笑顔のマグナのことば。
「は?」
「そうよね。そうとしか思えないわ」
「……ル、ルウ?」
うんうん頷くルウ。
っていうか待って。あの深刻な告白シーンに比べるべくもない、このいつもどおりの空気は何なんですか?
口をぱくぱくさせるの髪を、トリスが、どこぞから喚び出したタオルで拭い出す。
「が水浴びしてる間、みんなで考えてみたんだけど、やっぱりそういう結論にしかならないのよ」
水浴びなのか。あの水量はむしろ滝かと思ったぞ。
「じゃあ、さっきの悪魔は?」
「前世の知り合い」
「あの方、とか、ちから、とか、穢れた何かってのは?」
「前世の知り合いその2とその3、あと前世の力」
「……身もフタもないんだけどそれ……」
あれよあれよという間に、前世、前世、の、単純な一言で一気に片付けられてしまった。だが、そんなふうに云われても、前世だなんて知りもしない。いったいどうすればいいとゆーのだ。
ことばをなくしたを、ちらりとリューグが見やって云った。
「おまえが知らないコトだろ。でもって、それは今のおまえには関係ねえことなんだろ」
「……」
思考。そう、たしかに今も、考えたこと。
「……うん……まあ……」、
だから、のろのろと、うなずいた。
「さっきのは――あんまり、記憶喪失のときに、ひっかかったコトみたいまでに、じんとくるよーなモノは、ない……」
と、思う。
なくした記憶が霞の向こうだったとするなら、今そのことばに反応している自分は、どこか遠く、まるで深い谷間を挟んだ位置にいるような。それは距離感。
自分という谷のこちら側、他人という谷のあちら側、そんなふうな。
そう――あれはむしろ、自分ではない、誰かに告げられるべきことばであるような。
ことば自体に動揺していたさっきは判らなかったけれど、今、落ち着いて考えてみたら、そんな、感覚だった。
「もしかしたらさんは、サプレスの天使様だったのかもしれませんね」
ほのぼの、微笑んでレシィが云った。
「どうして天使が悪魔とあんな親密そうな知り合いになるんだ」
そこに真顔でイオスがツッコむ。
が、レシィもさるもので、
「さんはお優しいですから、きっと、みんなと仲良しだったんですよ」
「あー、そっか」
「納得すんのかよそれで!?」
ぽん、と手を打ったを、愕然とリューグが振り返る。
だが実は、納得したのはちょっと違う部分。
いつかバルレルと話した。
『オレはオマエを知ってたぜ』
もしもがサプレスの――天使でなくても、関係者なら、バルレルのあのことばも。
鎖だとか光だとか、判らないコトはまだあって。それでも。
「……結局」、
吐息混じりのルヴァイドのことば。
「情報が足りず、推測してもその信を確認しようがないのなら――いちばん納得できる推測で、その場はおさめておいた方がいいのかもしれんな」
精神の安定のためにも。
でなくば、堂々巡りの思考に飲まれる。
答えの出ないと判っている思考ほど、意味のないものはあるまい。
答えが出ないかもしれない、とは、違って。
「うん……そんなもんだよな」」
云って、マグナが立ち上がる。
つかつか、と、歩いてきて、の横に着くとまたしゃがみこんだ。
そのまま覗き込むように、こちらを注視する。
「もう大丈夫?」
何が、と訊きかけて、その意に思い至り、頷いた。
それから、土を払いつつ立ち上がる。
マグナと、隣と後ろに座っていた、ルウとトリスが一緒に腰を上げた。
続いて全員が立ち上がったコトを確認して、は森の奥に視線を向ける。
「……じゃあ、行こうか」
そう。答えが出ないのなら、出ないままでいい。
足は動く。この意志は進む。
あのことばの意味を、結局、正確に知ることはないまま。――それでも、すべてを知らねば進めないなんて云って、うずくまってはいられない。