ふうむ……、と、思い出したようにキュラーがつぶやいたのは、デグレア王城の最奥、常ならば元老院議会の行なわれる一室へと向かう途中だった。
なになに? そう顔に書いて声にも出して尋ねてくるビーニャを、少々静かにしなさい、と、諌める。
それから、同じように隣で疑問顔をしているガレアノを見、
「あのお方がおかしなことを仰っておられたのを、何となし、思い出したのですよ」
「レイム様が? 何なに、なーに?」
その名前を出した瞬間、さらに勢い良く食いついてくるビーニャ。
さすがに今度は苦笑するだけに留めて、キュラーは続きを口にする。
「一度怪我を負った場所は、絶対に完治することはないのだそうですよ。他の部分に比べて、脆くなるのが常なのだそうです」
「ふーん? つまりナニ、一度壊れちゃったコレを――」
ほくそえんで、ビーニャが傍にあった花瓶をつついた。
つつく、というには多少強すぎる力で。
案の定、
ガシャーン!
と。
彼ら以外誰もいない廊下に、大きな音が響き渡る。
「――ニンゲンの接着剤なんかでくっつけて直しても、あちこちひび割れてるままなのと同じってコトぉ?」
「ビーニャ……それは判りましたから器物破損はやめなさい、器物破損は」
ため息をついたキュラーが指を鳴らすと、奥の部屋から女官がひとり、片付けのために走ってきた。
よく教育されているのか、いきなり割れた花瓶の残骸を目にしても、何も訊こうとはしない。いやさ、表情さえも変えぬまま、片づけをはじめる。
「……それで?」
女官などすでに意識にはなさそうに、そう云うのはガレアノだ。
「あのお方は何を仰りたかったのか考えていたのか?」
問いかけの意味は判ったものの、それを何の例えにしたのかが判らない。
考えていたのか、との問いには頷いたキュラーだったが、それにはやはり首をひねった。
「いえいえ……未だその意図はつかめておりませんな。何故、このような謎かけをなさったのか……」
今ごろは、ファナンで人々に恐怖を振り撒いているだろう、自分たちの主を思って、キュラーはふと窓から外を眺めた。
もしかしたら、これもまた、あの少女に関係してのものなのだろうかと、とりとめもなく考えながら。