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            こえがきこえる



 声が聞こえる。
 遠い、近い彼方から、わたしを呼ぶ声。
 近く・・・遠く・・・わたしが願いつづけることを・・・

       ――――――叶えてやろうか?

     望みはなぁに?
          首をかしげて自分に問うて。
 守ること。
  見届けること。
   最後まで、傍にあること。
         それから・・・・・・

 おこがましいのかもしれない。
 そんな力ないのに、勝手に『できる』と信じていたかったのかもしれない。

          ・・・・だけど・・・・

          一番の、願いも祈りもきっと、ただ・・・


貴方を救いたい。



『聞こえるか?』
 ――――――――声が聞こえる・・・
『おい・・・』
 何処から?
『俺の声が聞こえるか?』
 ―――――――わたしの・・中から・・・・?―――――

 閉じていた瞳をゆっくりと開いて、アヤは周囲を見渡した。
 そうして認識できたのは、どこまでも続く、昏い闇。
 ・・・夢・・・・?
 そう思って、ふと、首を傾げた。
 夢だと自覚している夢をみたことがないせいもあるが、いつの間にか目の前に、自分とそっくり同じ姿をしたものが現れたから。
 この空間に戸惑っている自分とは反対に、悠然と、そこに在るもの。
『よォ』
 乱暴な口調に、アヤはちょっとだけ眉をひそめた。
 姿が同じでも自分とは違う個体なのだということは判る。
 判るが―――そんな姿で(つまりアヤと同じ姿で)、そんなふうにしゃべってもらうのは、あまり気分のいいことではない。
 光の加減か、表情は口のあたりしか見えなかったが、その口の端が、くぅっと吊り上げられているのは見て取れた。
 笑っているのだ。
 ・・・わたしも、あんな意地悪そうな感じで笑ったりしたのかしら・・・?
『あのなぁ』
 あきれたような声が、その口からこぼれた。
 今更気づくのもどうかという気もするが、男の声だった。
『なぁに、のんきなこと考えてやがる?』
 どうやら、『彼』はアヤの思考を読んでいるらしい。
 ・・・やっぱりこれも、あまり気持ちのいい状態ではないですね、などとつい思ってしまったアヤである。
『・・・・・・・・・・』
 表情は見えずとも、すさまじくあきれられているのは判った。
 だったら初めから他人の考えを読まないでほしいものなのだが、
『仕方ないだろうがっ! 中にいると勝手に聞こえてくるんだからよっ!』
 ―――などと叫ぶところを見ると、どうやら『彼』もこの状態に不自由なものを感じているらしかった。
 お互い様、というような状態なのかもしれない。
 ふん、と息をついて、『彼』は気を取り直したようにこちらを見た。
『まぁいいさ。本題に入るぞ』
「・・・本題?」
 いきなりの話の展開である。
 ついていけずに戸惑ったアヤの問いに、『彼』はまた、唇の端を吊り上げる笑い方で応えてみせた。
『おまえが、ずううぅぅぅぅっと気にしてる、『あれ』のことだよ』
「・・・あれ・・・?」
 やっぱり、まだ判らない。
『決まってんだろ』
 アヤの自解を待つ気はないらしく、『彼』が指先で虚空に円を描く。
 うすい、水の幕――――スクリーンのようなものが、その空間に生じた。
 そして。
 ぼんやりと映し出される人影を見るにいたって、アヤは目を丸くし――そして、息をついた。
 気にしている・・・というよりは、心に重しのようにのしかかっている存在だった。
 判りあいたいのに、話しあいたいと思うのに、結局いつも戦うこと以外の関わりを持とうとしない人だった。
『戦いたくない、っていつも悲鳴あげてるしな。おまえ』
 妙に嫌味に聞こえることば。
「・・・だって・・・」
 ――――戦いたくない。戦いたくなかった。
 初めてその眼を覗いたときに、見えてしまったから。
 流れる―――不可視の血。
 心が、哭いているのだと。
 理解する前に感じていた。
 祈るように願うように。
 剣を受けるたびに、いつも―――叫んでいたのだけれど。
 それはけっして声にはならず・・・また、あの人に届くはずもなく。
 届かせるためには、声にしなければいけなかったのに。
 けれど、声にしてももはや聞いてもらえないのではないかというその思いが、最後までことばを紡ぐことを牽制して。

 ―――結局、云えずにここまできてしまった――――――

『俺ならできるぜ』
 不意に。声音に優しささえにじませ、『彼』が告げた。
 自責の念にひたりかけていたアヤだったが、そのことばにがばりと顔をあげる。
 彼女の眼からあふれかけていたものを止めるのに、十分すぎる響きを持ったことば。
「・・・・・・ほんとうに?」
 何を、と、アヤは問わない。
 目の前の映像。自分の悲鳴を知っていると云った『彼』。
 その『彼』が『できる』と告げた―――――
 導き出せることは、ひとつしかなく。
「ほんとうに・・・?」
 繰り返し、アヤは問う。
 彼女の、彼女の仲間の願いを。
『あれの負の感情は、不自然な方向に歪められてるからな』
 まぁ、もともと歪みかけてたが―――
 面白がっている素振りで『彼』は云い、アヤの視線に気がつくと、『気にすんな』と手を振ってみせる。
 ・・・この存在の口の悪さはなんとなく判ったつもりになっていたので、それ以上追求するのは諦めておいた。
『奴らはそれを媒介に、――を召喚しようとしてやがる』
「え?」
 わざと小声にしたのか、それともアヤの意識が散漫だったのか。
 零れ落ちた単語を補完したい彼女の、問いに視線に気づかないわけがなかろうに、『彼』は自分の用件だけを進めている。
『判るな? 媒介さえなくしちまえばいい』
 『彼』の手のひらに光が現れ、収束する。
『そうすれば、依り代をなくしたそれは、『あれ』からはがれ落ちるって理屈だ』
 光がはじけ飛ぶ。
「・・・できるんですか?」
 アヤにサモナイトソードを託したウィゼルは云った。
 その憎しみは何年にもわたって積み重ねられたものだろう、と。
 長い・・・長い間かけて凝ったものが、今の光のようにあっさり消滅するなんて、果たしてありえるのだろうか?
『だから云ってるだろうが』
 苛立たしげに、けれど、確固たるものを持って『彼』は再び告げる。
『俺になら、それが『できる』んだよ』

 アヤは、うなずいていた。
 今、わかった。
 『彼』は姿形こそ彼女だが、その在り様は違う。
 彼女とは―――――人間とは、まったく違うものだ。
 力を・・持つものだ。
『ようやく判ったかよ?』
 出来の悪い生徒に、長い間かけて何かを教えたような、と表現すればいいだろうか? そんな雰囲気を、『彼』はまとっていた。
 表情が見えないアヤにとっては、『彼』の仕草と雰囲気だけで相手の気分を推し量るしかない。
 ただ、口調は乱暴だが、そう不機嫌ではないらしく、むしろ機嫌はいいほうなのではないだろうか、ということは判る。
 ―――それにしても――――
 こんな存在が、ほんとうに、本人の云うように自分の中にいたのだろうか?
 思わず肩を抱くアヤを、『彼』は苦笑して眺める。
『しょうがねぇ。こっちだってショックでしばらく眠ってたんだ。
 お前が散々、俺の力を使ったおかげで目が覚めた、ようなもんだしな』
 力。
 彼女がこの世界に落ちてきたときから、無意識に使っていた謎の力。
「―――あなたは・・・まさか・・?」
 脳裏に浮かぶのは、いつか見た光。
 4つの輝き、世界の意志。
 そして、彼女に深く関わる事故で失われたと告げられた、5つめの――――
『選択肢は与えてやったぜ』
 アヤの思考を断ち切るようなタイミングで、『彼』が告げた。
『最後に選ぶのはおまえだ』
 云っておくが、それなりの代償というやつは覚悟してもらうぜ・・・
 そうして、用が終わったとみるや、自分をさっさと夢の外へと放り出そうとする。
 それでも。
 アヤに届く『彼』の声はむしろ、優しいままで。

 ――――どうして?
 問いかける。
 どうして、選ばせてくれるんですか?
 『彼』ならば。
 有無を言わさず、引き換えだというアヤの願いを叶えずに『代償』を得ることもできるだろうに。
 それだけの力を持っているだろうに。
 あえて選択を突きつけ、選択権を彼女に委ねて。
 ・・・何故?
『あいにく、そこまで答えてやるほど親切な性分じゃないんでな』

 ただ、と。小さくつぶやく声が聞こえた。


       俺を、『器』に留めておけた分くらいは評価してやってるだけさ


 ――――夢を、見ていた。
 微かに、普段より早い鼓動を刻む胸に手を当てて、アヤはベッドの上にゆっくりと上身を起こした。
 にぎやかな小鳥の声が聞こえる。
 視界に入るのは、見慣れた部屋の壁。
 扉を開けて部屋から出れば、朝の光が見れるだろう。
 それらをぼんやりながめながら、アヤは、ふっと意識を自分の内へと落とす。
「・・・・・・なんの夢だったかしら?」
 覚えているのはただ、夢を見た、その事実だけ。

「――――選べ――――と・・・?」
 自覚せずに口からもれたことばは、それを発したアヤの耳へ届く前に、朝の空気へ溶け消えた。


 食堂では、フラットの仲間たちが最後の話し合いをしている。
 無色の派閥の、砦の場所。街の守り等々―――――
 それらをただ眺めていたアヤを、ソルがふと覗きこんでいた。
「・・・だいじょうぶだ」
 彼は短くそれだけ云うと、彼女の肩を不器用な手つきで軽く叩く。
 そんなに不安そうな顔をしていたのかしら、と少々反省しつつも、応えてアヤはソルに微笑んでみせた。
「えぇ・・・だいじょうぶです」

        この世界が好きだと思う。
        痛みも悲しみも包み込み、そして優しく在れるこの世界の人たち。

「世界を救う、なんて大仰に考えなくてもいいぜ」
 真摯な光を宿したソルの眼が、正面からアヤを見る。
「俺たちはただ、守りに行くんだ。
 大切な人たちの居る場所を。それから、俺たちの帰る場所を」

それが結果として、世界を救う道につながっている、ただそれだけのこと。

「・・・えぇ」
 ゆっくり答えるアヤを見て、ソルが付け加えた。
「世界を救う、なんて云ったらおまえ、下手にプレッシャー抱え込みそうだからな」
 沈黙は一瞬。
 目を丸くしたアヤは、ソルのことばの意味するものを理解して、ちょっとだけまなじりを吊り上げた。
 けれど、長くはもたず、すぐに破顔する。
「からかわないでください、ソルさん」
 わたし、だいじょうぶですよ?
 ちゃんと釘をさしておくことは、忘れなかったけれど。

          ――――だいじょうぶ。
                もしもそうすることで、守りたいものすべて守れるというのなら

「じゃあ・・・行きましょう」

 自己犠牲だとか、そういうつもりはきっと、ない
 ただ、その瞬間に選ぶだけ

 歩き始めた彼女のなかで、くつくつ、『彼』が笑っていた。


・・・代償は、器としてのおまえ自身・・・

    そうして

    少女の意識は闇の眠りに誘われ、




        ここに、最後の戦いの幕が開く



サモンナイトでは魔王EDこそある意味ベストだと疑ってません。
バノッサとカノン生きてるし、みんな無事だし
主人公がどっか行っちゃったのを除けば……(除くな)

ゲーム開始当初、主人公のなかにはサプレスのエルゴと魔王の意思と。
ふたつの力があると思うのですよね。
で、ゲーム中の行動でどちらかの力が強まって行ってる、って感じで。