登山道にて
-カナーン東・竜の住む山-
「……セラ兄ってつくづく、お節介だよね」 山頂につづく道。 迫りくる魔物と戦いながら、不意に妹のもらしたひとことで、セラの背中に冷や汗一筋。 「風の欠片よ 空を汚すものたちを 絡めとれ――エアロ!」 「おらあぁぁッ!!」 フィンの放った白魔法がおさまるや否や、飛び出したカルが鳥の変異した魔物を叩きのめした。 異質な力で魔に染まったそれは、命絶たれると同時に光の粒子となって霧散する。 周囲の魔物を一掃したことを確かめて、4人はその場で小休止。 カナーンを出るときにシドの奥さんが持たせてくれた弁当などぱくつきつつ、しばしの休息に身をひたす。 「ってさぁ、どういう意味だよお節介って」 「そのまんまの意味よ」 ころころ笑いながら、フィンが答える。 「サリーナさんがかわいそうだから、デッシュって人を山から連れ戻してくる、なーんて。ねぇ?」 最後の『ね』は隣に座ったリーオーに向けたもの。 銀糸のような長いくせっ毛を風に流しながら、黒魔法を使うきょうだいは笑ってうなずいた。 そしてセラいじめ(?)になると、必ず参加してくるのがカルだ。 「だよなだよなー。もしかしてセラって、サリーナさんに気があるんじゃねーの? 『デッシュを助けて恩を売って、あわよくば彼女の気持ちを俺に』なーんて……いてッ!」 ごんっ、と小気味のいい音がする。 セラが手入れ途中の剣の腹で、カルの頭をどついたのだ。 「いてーなぁ、何すんだよっ」 相当痛かったらしく、涙をにじませて詰め寄るカルに、セラはひきつった笑み浮かべ、 「俺はおまえみたいにそーいうヨコシマなことは考えてねーのっ!」 「おまえみたいに、ってなんだよー!? 俺がいつもヨコシマなコト考えてるみたいじゃねーか、この剣術莫迦ッ!!」 「誰が剣術莫迦だッ、この器用貧乏ッ!!」 「それは禁句だっつってんだろーっ!」 いつものやりとりいつもの風景。 そして始まるとっくみあい。 齢も15を越したというのに、相も変わらずこどもっぽい兄弟を、眺めて笑うきょうだいがふたり。 「どっちもどっちよねぇ」 「だな」 そうして、半日ほどもえっちらおっちら山を登ったころだろうか。 それまでの、崖にはさまれた登山道から、急に視界の開ける場所にやってきた彼ら。 「魔物の気配はないな?」 「もう出てこないでほしいもんだが」 リーオーとフィンは体力があまりないうえに、これまでの連戦で魔力はすでに尽きかけていた。 体力莫迦のセラとカルにしたって、治癒できていない生傷が目立つ。 「たぶん、だいじょうぶだろ……」 そう云いかけたリーオーが、普段の無表情ぶりからはめずらしく、ぎょっとした顔で空を仰いだ。 とたんに、彼らのいる場所が陰り、太陽の光がさえぎられる。 「なっ!!?」 「ドラゴンッ!?」 つられて見上げた3人も、こぼれるほどに目を丸くする。 艶やかな漆黒の巨大な体躯巨大な翼。 あたり一帯の陽光をさえぎるほどに大きなドラゴンが、彼らの頭上に羽ばたいていた。 ―――ばさあぁぁぁぁっ! 「きゃああぁぁっ!?」 それのひとはばたきで起こった風で、フィンが危うく飛ばされかける。 「フィンっ!?」 「ってちょっとまてーーーーーーっ!!」 飛ばされかけたフィンをつかんだのは、セラでもカルでもリーオーでもなく。 「まてドラゴンッ! フィンを放せッ!」 セラが、ミスリルソードを抜き放って、ドラゴンに切りかかった。 ぎぃんッ! 硬質な音が響き、あっさりとセラの剣が弾かれる。 ――それどころか。 「うわあぁぁっ!?」 近づいたセラを、ここぞとばかりにドラゴンが捕まえる。 「セラっ!」 そうして、動けないでいるうちに、カルもリーオーも一気に捕獲され、そうしてドラゴンは天空高く舞い上がった。 ――どれくらい、意識を失っていたのか。 ふと気がつけばそこは、でっかい木の枝だの土だのでつくられた何かの巣のような場所だった。 しかも、あちこちに転がるでっかいたまご。 おまけにさっきのドラゴンの、ミニチュア版とも云えそうな、赤ん坊らしいドラゴンが数匹、すぐそばで眠っていた。 「みんな無事かー?」 ドラゴンを起こさないように、小声で小声で。 「おー」 「うん」 「なんとか」 セラの呼びかけに、きょうだいたちがなんとかかんとか身を起こす。 「はーい」 「…………?」 ひぃふぅみぃ。 思わず全員で指差し確認。 全然別の方向から聞こえた声に、一様に首を傾げ、それからおそるおそるその方向へと歩み寄る。 と。 ばさぁッ、とわらくずが舞い上がり、そこからにょっきり、一人の人間がわいてでた。 長い黒い髪をおおざっぱにひとまとめにした、細身の青年。 彼は4人を面白そうに眺めると、口の両端つりあげて笑み作り、 「あんたたちもドラゴンにつかまったのかい? 間抜けだねーっ」 「そういうあんただって……」 ぼそりと。眼を半眼にしてリーオーが突っ込む。 「いやまぁ、そこはそれ」 にっこり笑って、何が『そこはそれ』なのやら。 さらにリーオーの突っ込みが入ろうとしたその瞬間、 ぎゃおおぉぉぉん!! 「げっ」 ついさっき聞き覚えた咆哮に、4人+青年の顔が一気にひきつる。 「かっ、隠れる場所隠れる場所ッ!!」 「あるかッ!」 こんな開けた巣の上で、隠れる場所など果たしてあろうはずもなく、だからと云って、まさかあのドラゴンと戦う力など持っているわけもなく。 「逃げるぞッ!」 わてわてしていた4人組の耳に、青年の声が届く。 「どうやって!?」 「ここから飛び降りるッ」 「嘘ッ!?」 「あんた白魔法使うんだろ? エアロは?」 「う、うん使えるけど」 不意に話をふられて、フィンがどもりながらも頷いた。 「だったら、それを弱めて俺たちの身体を包むようにかけるんだ。クッションにはなるはずだから」 それに下は森だから、うまく行けば衝撃もだいぶ減るはずだ。 「そっ、そんな器用な魔法のかけ方したことないよっ!?」 「為せば為るッ! 気合でごーだ!」 「無茶よーっ!」 「気合はともかく、俺も手伝う。試して損はないよ、フィン」 リーオーが、慌てまくったフィンの頭をぽんっと叩いて落ち着かせる。 「伊達に風の神殿の神官目指してたわけじゃない、術の補助くらいしてやれる」 「……うん」 「じゃあ飛び降りた直後に俺が合図するから、全員にかけてくれよ」 「ドラゴンがくるぞッ!」 切羽詰ったカルの叫びに、5人は顔を見合わせて。 勢い良く、宙にその身を投げ出した。 さわさわ、さわさわ。 優しい葉ずれの音がする。 ウルの村の片隅の、花畑でのお昼寝も、こんな優しい音に包まれていた。 今までのことは夢だったのかな。 そんなわけがないのは判っていたけれど。 この森は、回復の森。 ここに湧き出る泉には、クリスタルの啓示を受けた者たちを癒す力があるという。 この水を汲みに来ていた小人が教えてくれたのは、南に彼らの村があるということと、ここから陸伝いにカナーンに戻るのは難しいということ。 「サリーナが?」 「そうだよ。カナーンであんたを待ってるぞ?」 青年はデッシュと名乗った。 カナーンで4人の出逢った、サリーナと云う女性が帰りを待ちわびているその人である。 「だけど、ここから陸伝いにカナーンに帰るっていうなら、あのドラゴンの縄張りの山を越えないといけないんだろ?」 「さっきの小人の話じゃ、そうらしいな」 「それは勘弁してほしいぞ、俺ー……」 力なくつぶやくデッシュに、4人も大きく頷いた。 森の泉の力によって、たしかに体力は戻ったが、もうどの山だろうと登る気力などあるわけがない。 それに、登ろうとしても見事なまでの断崖絶壁がそびえたっている。 無茶、の二文字が脳裏に浮かんでもしょうがない状態だった。 「じゃあ小人さんの村に行ってみない?」 「ん?」 「もしかしたら、カナーンに帰るいい方法を教えてくれるかも知れないよ?」 「そうだなー……一度サリーナには逢わないとな」 「帰る気はないのか?」 眉をひそめて問いかけた、セラのことばにデッシュは小さく苦笑する。 「やるべきことが。あるような気がするんだよ。 俺、記憶なくしててさ、昔の事は全然わからねーんだけど……それだけが、強く思ってることなんだ。 記憶の手がかりもない以上、その『やるべきこと』を見つけたいんだよな」 「ふぅん……旦那も大変なんだな」 頬杖ついて、カルが相槌。 「あ、そうそう。小人の村に行くんなら、これフィンちゃんにあげるよ」 「え?」 ころり、と魔法を封じたオーブがフィンの手のひらに転がり込む。 「これ、ミニマムの魔法!?」 「小人の村には小人でないと入れない……ってね」 「いいの!?」 嬉々として訊ねるフィンに、デッシュがにっこり笑ってみせる。 「いいよ。珍しくてつい買っちまったんだけど、どうせ俺には使えないし。 その代わりと云っちゃなんだけど……俺もしばらく、一緒に行動させてくれないか?」 クリスタルの啓示を受けた人間と一緒に行動出来るなんて、そうそうない機会だしー 茶化すように云われたことばを、4人は笑いながら受け入れた。 おまけ。 「それに、フィンちゃん可愛いしさー、めっちゃ俺好みだしー なんかもうはきだめにツル? こんな可愛い子に逢えるなんて俺って幸せものっ」 「え? やだもー、デッシュさんてば」 「……フィン、こっちこい」 「セラ兄? リーオー? 怖い顔してどうしたの?」 「あっはっは、気にしない気にしなーい、さぁフィンちゃん、行こうねー」 「……」 「いい根性してんな、あの旦那」 「……ブリザドぶっ放してやりたいくらいにはな……」 |
リーオーとフィンの仲は、お兄ちゃんのセラも悔しいながら認めてますが、 デッシュはそれをひっかきまわして楽しんでいたようです。 やきもきさせるふたりがかわいくてつい、手出ししちゃうって感じで(笑) 4人組の小説は初めて世に出しますが、楽しんでいただければ、幸い。 |