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一番たしかな約束 |
あんたとあたし、人形と人間。 君と僕、人間と人形。 抱いた心に同じ気持ち。 だけど、違いすぎる存在。 基になるものも、その在り様も、それから。 生きていける時間も。 穏やかな午後、と云って差し支えない光景だった。 台風娘(妹曰く魔王的クラッシャー)との呼び名も高いミントだけれど、今は無造作に手足を投げ出して、健やかな寝息を立てている。 ちなみにここがどこかというと、ルウの家の傍の野原。 クレアとルネスは、午後のお茶の片付け。 せっかくきてくれたんだから、と、半ば追い出されるように外に出されて。 ルウは遊びに来た彼女と一緒に、日向ぼっこなどに勤しんでいた。 いつの間にか、ふたりそろって眠りこけていたらしい。 先に目を覚ましたのはルウだった。 胸に手を当てて息をつき、少し慌てた様子で隣に眠っているはずの人を振り返る。 寝転んだミントは、ルウとは反対の方向を向いていた。 上身を起こしただけでは、その表情は見えなかった。 草の上に放り出された手足と、腕に身体にからみつくように広がった、夕焼けの色の髪。 規則正しく上下する胸――生きてる証。 どれだけ。続く。 鼓動ひとつ打つたびに、人としての寿命に近づく。 どれだけ。こうして。 触れた先の、人肌のぬくみ。 どれだけ。 ……一緒にいられる? 僕が生きる時間の、果たしてどれほどの間、君は傍にいてくれる? ルウの兄たるドールマスターは、100年を生きたのだという。 当時の彼の姿を、記憶のないルウが知る由もないけれど。 おそらく、そう変化はないだろう。 ――人形なのだから。彼も、自分も。 食事はする。呼吸だってしている。 だけどそれは、あくまで人間を模してつくられた人形としての。 ・・・僕は、どれだけをこの姿で生きる? 永い時間を生きることは、たぶん、怖くない。 だけど。 そのとき、隣にミントがいないだろうことが、たぶん、怖い。 僕は人形で。 君は人間で。 ・・・君は、どれだけの間、僕の傍にいてくれる? 「何、泣きそうな顔してんのよ……?」 ざぁ、と。 梢を揺らして吹きぬけた風で、目を覚ましたらしい。 まだ眠たげな目をこすって、ミントがルウを見上げていた。 「あ……」 「どしたの? なんか怖ーい夢でも見ちゃったわけ?」 からかうような口ぶりで、そう云いながら。 ミントがゆっくり、身体を起こし―― 「・・・うん」 えらくあっさり頷いたルウに、逆に驚いて動きを止めた。 「……マジでどうしたの?」 クレアさん助けてから結構ぽわわんとしてたのに、今のあんたってば、また切羽詰った顔してるわよ? 目を丸くして、ミントは云う。 「・・・・・・うん」 「ちょっとちょっと何よ何よ? せーっかくクレアさんの美味しいお茶とお菓子で満腹で満足してたのに!」 怒っている――というよりは、あきれ返っていると云ったほうが正しいのかもしれない。 「うん、ごめんね」 「……あんた、何かあったの?」 びしっとデコピンされてもただ謝るだけのルウに、さすがに不審なものを感じたのだろう。 表情を改めて覗き込んでくるミント。 呆れた感じだった表情に、ちょっとだけ心配そうな色が混じって。 「ミントは――」 「うん?」 いつもなら、『早く云いなさいよ!』とかくるのに。 本気で落ち込んでいる人間には、たまに、天地がひっくり返ったくらい優しい。 すっかり聞き体勢にまわったミントをじっと見て。 少しだけ。 その紅い双眸が、しっかりと自分を見ていて。 少しだけ。不安が薄れた。 「・・・ミントは、永遠の命ってほしい?」 「要らない」 即答ですか。 がく、と肩を落としたルウの頭上から、いつもどおりのミントの声が降る。 「あーそれで判ったわ。あんたどーせ、あと何十年もしたらみんな死んで自分だけになるとか思ってるんでしょ!」 「・・・そんなストレートに云わなくても・・・」 「うるさい。つまり、そーいうコトなんでしょ?」 バカねえ。 ますますうなだれて、もはや苦笑するしかないルウの。 帽子を、無造作にはぎとって。 「ミント!?」 露になった、白い髪。 そして、額に輝くデュープリズムの欠片。 まだ生きているそれは、一定の間隔で淡い光を放っていた。 「バカね、あんたも。あんたひとりじゃないでしょ? ルネスがちゃーんといるじゃない」 ちゃんと自分の道を知ってる、あんたの弟が。 「……」 「それに、あたしだっているんだからね」 何気なく。 告げられたそのことばに。 目が丸くなったルウを、責められる人間はいないだろう。 「え、だってミント……」 永遠の命なんて要らない、って。 「勿論要らないわよ。でも、あんたたちだって永遠に生きつづけられるわけじゃないでしょ」 「でも、人間からすれば永遠に近い時間――」 「だけど、それは永遠じゃないわ」 少なくとも、あんたたちがその終わりを迎えるくらいまでなら、付き合ってあげるわよ? 「つまり! ウィーラーフのじーさんにも勝ったこのあたしの魔力をもってすれば、まず不可能はないってコトよ!」 すっく! と、ミントは立ち上がり。 空を指差して勇ましく笑う。 最初は呆然と。次にはぽかんと。 彼女を見ていたルウは――最後には笑い出していた。 「あ、はははっ……」 「何がおかしいのよ」 「ううん……、……やっぱり、ミントは強いね」 「べっつにー」 軽やかに。 笑って。 「第一、あたしはいずれ世界を征服するのよ? これくらい出来なきゃ、メルにさえ負けてるってコトじゃないのよ」 ……トンデモナイことを仰る。 つまり、なんですか。 自分たちが生きるのと同じくらいの期間、世界の覇者として君臨するんですか。 問うたら、即行頷きが返ってきそうで。 さりとて反対したら血の雨が降りそうで。 何も云えなくなって、別の意味で固まってしまったルウの前で。 やっぱり、ミントは笑っていた。 「だから安心しなさいよ。そんなくっだらないコト考えてられないくらい、家来としてこき使ってあげるからさ!」 「・・・お手柔らかにお願いします」 「お、いい返事ね! ルウも世の中ってもんが判ってきたじゃない!」 ミントが笑って、ルウが笑う。 人間の少女が笑って、人形の少年が笑う。 ――同じ笑顔で、ふたりが笑う。 一緒にいるよ。 在り様が違っても、本来に定められた時間が異なっても。 我侭な僕の願いを、あっさり叶えようとしてくれる、君と一緒に。 「ミント」 「何?」 君が何を目指しても。僕がどこに迷っても。 「一緒にいこうね」 「勿論よ!」 ――それはたぶん、遠い未来の約束だけど。 きっと、一番たしかな約束。 |