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たぶん、変わらない景色



 ダーク一行のメンバーは、男性二名女性四名で計六名。
 内訳は、
 男性にダークとヴォルク。
 女性にデルマとカトレアとベベドアとちょこ。

 故に、宿屋では男性部屋と女性部屋で二部屋用意する。
 ダークやヴォルクが何か女性陣に間違いを起こすことはないだろうが、逆にカトレアが何するか判らないというのが、カトレア除く全員の見解だ。
 本人は失礼なとか憤っていたようだが、これまでがこれまでだし。
 他にもあれこれ事情はあるが、何はともあれ宿屋は二部屋。

 その日も、それは例外ではなかった。

 ただひとつ例外があったとするなら、昨日の戦闘で毒を受けたダークが、ちょっと疲れていたということだろうか。



 とんとん。
「ダーくん寝てるのー?」
 かちゃ。
「……寝てるの」
 すたすたすた。
「もうお日様は天高く舞い上がってるのー」

 シャッ

 まどろんでいたまぶたの上から、さぁっと強い光が降り注ぐ。
 ゆさゆさと、身体を揺さぶられる。

「ダーくん、ダーくん」
「う……」
 ゆさゆさゆさ。
「ダーくんてばー」
「……うるさい」
 分かったから、
「ダーくーん」
「分かったから揺さぶるな!」

 ぴた。
 がば。

 ……はあ。

 揺する手が止まったと同時に上体を起こし、犯人を見下ろしてため息をつく。
 犯人と形容するのもおこがましいが。
「ちょこ、おまえな」
「ダーくんケガしたの?」
 だが、ダークが何か云うより先に、ちょこが眉を八の字にしてそう云った。
 視線はまっすぐに、ダークの胸元に行っている。
 今の今まで寝ていたのだから、当然鎧など着けていないダークの身体には、ギドに虐待されていた頃の傷跡が未だに残っていた。

「……ああ」

 今さら思い出したかのように、そこに手を添える。
 小さく皮膚が引きつるような痛みが走ったのは、現実か果たして過去の記憶か。

「昔の傷だ、気にするな」
「傷物なのね、ダーくん」
「意味が違う!」

「いたいのいたいの、とんでいけー!」

 …………

「……は?」

 ばっと手を上げたポーズのまま、ちょこが数度またたきした。
 いぶかしげなダークの表情を見て首を傾げ、もう一度、

「いたいのいたいの、とんでいけー!」

 …………

「ダーくん、いたくなくなった?」
「……だから昔の傷だと……」

 輝くまなざしで見つめるちょこの手を、あきれ返ったまま下ろさせる。
 何かと思えば、子供じみたまじないだったらしい。
 本当にこいつは伝説の魔族、天界の魔王セゼクの娘なのか。
 こめかみに手を当てようとして、ふと。
「ヴォルクはどうした?」
「お外で訓練してるのー」
 同室だったはずのウーファー族について問えば、即座に答えが返ってきた。
 改めて見てみれば、窓から差し込む太陽の光がやけに高い。
「ダーくん疲れてるからね、ゆっくり寝かせてあげようってみんなでお話したの。だから、今日は一日ゆっくりするのー」
「何をバカな! 勝手に決めるな!」
「でもダーくん、いつもよりずっと遅れても目を覚まさなかったの。それはつまり、ダーくんはいかれてるってことなの!」
「誰がいかれてるんだ! 少し疲れてるだけだ!」
「ほーら、なの」
 ・・・・・・
「おまえ、謀ったな?」
「何を計るのー?」
「いや。いい。計量器をとりにいくな。」

 ぽてぽてと調理場に向かおうとしたちょこは、ぽてぽてと方向転換して戻ってきた。
 髪を結わえた黄色のリボンが、ぴこぴこと揺れる。

 そのまま、ダークの寝ているベッドの横にぺたんと座り、ふちに肘をかけて見上げてきた。

「でね、そんなだから今日は一日お休みなのー。だから、ヴォルくんは特訓して遊んでるのよ」

「デルマとカトレアおばあちゃんはね、なんだか口ゲンカしながらダーくんのお見舞いのお料理の材料買いに遊びに出かけたの」

「ベベドアは、おばあちゃんと一緒に山に芝刈りに出かけたの。あれ、ちがう。お買い物についていったの」

 ……それでおまえは何をしている。

 ダークがそう訊く前に、ちょこはにっこり微笑んだ。

「でねー。ちょこはダーくんが無理しないよーに、見張りの兵隊さんをやるのー!」

 …………

 それはたしかに適任だ。

 はっきり云って、ちょこは強い。
 頭に花が咲きそうな掛け声で敵を蹴り倒し、あたりに花畑でも生み出しそうな感じで繰り出される魔法は一撃必殺。
 今何か仕掛けられたら、間違いなく死ねる。

 つまり、今日は一日ベッドに縛り付けられる羽目になるということか?
 たかが毒を受けて、ちょっと疲れが出てる程度で。

 別の意味で頭痛を覚えたダークを、けれどちょこはお伺いを立てるように見上げている。

「でね、えっとね。ダーくん動ける?」
「なんだ? 寝てろと云うんじゃなかったのか?」
「そうなの。寝かすの。子守唄歌うのー」

 ねーむれーねーむれー、すりーぷくらっかーでー♪

「動けるか訊いたのはなんなんだ!」

 いつの間にかちょこの手に握られていたスリープクラッカーを取り上げて云うと、両手の空いたちょこは、ぽん、と手を打った。

「そうなの。動かすの。ダーくんをいいところにつれていくのー!」
「いいところ?」
「そうなの! アーくんたちやエルくんたちとよく行った場所、まだ残ってたのっ!!」

 似た景色なだけじゃないのか、それは。

 思わずそうツッコミそうになったが、ギリギリで止める。
 アークとエルク。
 ちょこが楽しそうに話す、かつて共に旅をした仲間たちのこと。

 馬鹿馬鹿しい。

 人間が、魔族と共に旅をした?
 人間が、モンスターと心を通わせていた?

 それでは、今の世界の在り様はなんだというんだ。


 だけど、ちょこの眼にもことばにも、嘘の欠片は見当たらない。
 第一この娘が、嘘をつくような性格だとは思えない。

 それでも、今の世界の在り様はそんな話とは違いすぎているのだ。




 そんなこんなで宿の外。
 鼻歌混じりでスキップしているちょこの後ろを歩く、鎧と剣装備のダークの姿がそこにあった。
 まるで、妹に無理矢理付き合わされている兄のようである。
 むしろそのものだ。

「どこに行くんだ?」
「すぐ着くのー」

 ダークとちょこ、ある意味最強のコンビを恐れているのか、モンスターはちらとも姿を見せなかった。
 道ともいえない道を歩き、野を越えて、辿り着いたのは切り立った崖の上。
 それにしては珍しく、緑が多い。
 足元はほどよく伸びた下草に覆われているし、木々も豊かに葉を茂らせている。

 けれど、何より目を疑ったのは、崖の下に見える空間。

「ここなのー」

 ちょこが駆け出して、崖のふちに立つ。
「おい、あまり乗り出すと落ちるぞ」
 以前ならまだしも、今の自分に翼はない。
 そんなことを自嘲気味に思いながら、ダークもちょこの隣に立って――

「……!」

 今ダークたちの立つ崖の上が緑の世界なら、崖の下に広がる空間はまるで色彩の泉だった。
 数えるのもばかばかしいくらいの色が、まるで絨毯のように一帯を覆っている。
 正体はすぐに分かった。花だ。
 ただ咲くだけの、なんの力もない、踏み潰されてゆくだけのはずの、花が。
 そこだけは自分達の世界だとでも云いたげに、誇らしげに。
 地面を埋め尽くし、咲き乱れていた。

 崖の下で渦を巻くように吹く風が、花びらを巻き上げていく。
 まるで淡雪のように、舞い上がった花びらはふわりふらりとひるがえりながら、地に落ちる。
 白い花びらが、赤い花の上に落ちる。
 黄色の花びらが、淡い緑の絨毯に降る。

 色が混ざり合う。
 元々あった色などわからないほどに。

 混ざり合う。
 様々な色が自己主張しながら、ぶつかりあいながら。
 けれどそれは汚くにごるのではなく、混ざり合うことで澄み渡りながら。

 崖下へおりれば、その空間に包まれるだろう。
 けれど、それらの営みを真上から見下ろすことの出来るこの場もまた、捨て難いものだった。


「あそこの、滝でね。たまに水浴びしてたのー」

 ちょこの指差した先には、小さな滝壷。
 向かい側の崖のなかを通って湧き出ているらしく、さらさらと透明な水が花々の中に飲まれていた。
 おそらく、真下には泉が出来ているのだろう。
 本当に、千年前からこの光景は生き残っていたのかと、そんな錯覚にさえとらわれた。

 そして、ダークはブルッと首を左右に振る。
 景色に一瞬でも飲み込まれかけたことが、妙に恥ずかしかったからだ。

 戦いを至上とする魔族が。
 人間を滅ぼそうとしている魔族が。

 魔族を力で支配しようとしている俺が。

 こんな、脆弱な光景に心を奪われるなど。


  ……あってはならないと、思うのに。


「おまえは……魔族のくせに、こんな光景に感動してたのか?」
「それは点々なの!」
「『偏見』だろうが」
「そうなの、偏見なの! ちょこはきれいなもの好きなの。かわいいものも好きなの。しあわせなのが好きなの!」

「……しあわせ……」

 いつだったか。
 そんなことを賢しげに、誰かに語ったことがあった気がする。

「そーなの! みーんなみんな、しあわせになって、みーんなみんな、笑ってるのがちょこは好きっ!」

 ダーくんいっつも眉間にしわよってるから、しあわせじゃなく見えたの。
 だから、ここに連れてきてあげたのー!

 余計な世話だ。

「ダーくん?」

 だけど、思ったそれはことばにならなかった。
 柔らかい下草の上に座り込み、ダークはじっと崖下を見る。
 繰り返される花と風の乱舞。
 色と色が混ざり合い、互いに昇華していくその光景。

 もしかしたら、千年前からずっと、変わらずに在ったのかもしれないその景色。

「ちょこ」
「はーい?」
「・・・きれいだな」
「うん! きれいなの……わぷ?」

 満面の笑顔で応えるちょこの頭をわしづかみにして、自分の肩に押し付けた。
 しばらくちょこはじたばた暴れたが、人肌のぬくもりが気持ちよくなったのか、そのままお昼寝モードに移行してしまった。
 ……ドゥラゴ族の。ドラゴンの固い肌だというのに、よくもまあ。
 ずり落ちないように抱えなおして、ダークはもう一度視線を足元から頭上へ、頭上から崖下へ動かした。

 緑の世界、広がる蒼穹、色と色が飛び交う場所。


 ――こんなにも、

「……うん……」

 世界は。

「……きれいだ……」



 吹き抜ける風が水滴を弾いて、しあわせそうに眠っているちょこの頬を少し濡らした。


■BACK■



アークザラッド精霊の黄昏、いちおしカップリング。
ダークがロリコンになっちまうだろうがとかいうツッコミはおいといて(おくな)
かわいいじゃないですか、
天真爛漫な女の子と、純情一直線のヒネた少年って(笑)

わたしの解釈ですが、
ダークはたしかにヒネてますけど、根は素直な良い子だと思ってます。
ずっと肩肘張りっぱなしなのも疲れるだろうなーというわけで、
こんなお話を思い付いてみたのでした。