創作 |
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いざや願えよただそのひとつ 妾はそれを叶えよう? おまえたちのその願い 魂からの願いだと 知っているから叶えよう? いざや叶えよただそのひとつ 願い果たしたその先に 待ち受ける歪みも崩壊も 知っていながら願うのだから いざや願えよただそのひとつ いざや祈れよただそのひとつ 妾がそれを叶えてあげる 大 和 最初に見たものは、綺麗な金の髪だった。 透き通った絹のようなその輝きに、感心した。 それと同時に、ちょっと不思議にも思った。 与えられた記憶が正しいなら、ここは大和。 人種としては、黒い髪と黒い瞳の人間が殆ど全部を占めると聞いていたから。 色つきは、大和に共存するもうひとつの種族にしか生まれないと聞いていたから。 けれど一応、少なくとも自身はその原則から外れた例外だ、という認識はあった。 自分のことについては、別に不思議にも思わなかった。 ※ ゆっくりと。 見守る自分の目の前で、横たわっていた子が目を開く。 心もち、長いまつげに縁どられた瞳は、紅のかかった金色で。 それは寝台に広がるみどりの髪とあいまって、とてもとても綺麗だと、思わずため息がこぼれ出た。 焦点を合わせるように数度、ぱちぱちその子は目をまたたかせ。 そうしてふっと視線をずらし、視界に彼女をとらえて、 笑んだ みどりの瞳に朱金が映る。 朱金の瞳にみどりが映る。 それが、ふたりの最初の出逢い。 ※ 「兄様、兄様」 身体の弱い妹が、小走りにやってくるのを認め。 浅葱はその場に足を止め、にっこり笑って出迎えた。 「翡翠。どうかしたのかい?」 「アルを見なかった?」 彼女の大事なお人形の名を聞いて、浅葱はしばし記憶をたどる。 「あぁごめん、私がお遣いを頼んでたんだ」 えー!? と、ふてくされる妹姫を、なだめるように頭を撫でて。 すっと視線を合わせてみせて、 「すぐに戻ってくるよ、だからそれまで待ってるといい……あんまり部屋から出ては駄目だよ」 病弱な妹姫のため、彼女の居室は空気を清浄に保つための、特殊な障壁で覆われている。 部屋から一歩でも出たらばそこは。 通常の人々が暮らす場であるそこは、彼女の身体を蝕むばかり。 「……うん」 とても残念そうに翡翠は笑い、兄様お仕事がんばって、と可愛い応援残してくるりと身を翻す。 通りかかった傍居の者に、翡翠の様子をみるよう頼み、浅葱も執務室へと歩き出す。 ※ 結局アルが帰ってきたのは、翡翠が寝床に横になり、半刻ほど過ぎてからだった。 「ただいま」 「おかえりなさい」 窓から入ってきたアルを、翡翠は笑顔で迎えいれる。 その手に大量に抱えられた、シロツメクサに驚きながら。 どうしたの? 問うてみたらば朱金の瞳、楽しそうに微笑んで。 大きく広げられたその手から、入り込む風に乗せられて、雪のようにそれらが部屋に舞い散った。 「うわぁ……」 初めて見るその光景に、ただただ目を見開いた。 いつか絵本の挿絵にあった、雪が降るのもこんな感じなんだろうか。 風に乗ってふわふわと、落ちそうで落ちずに部屋のなか、舞い踊る白い小さな花。 この子が翡翠の傍に着てから、こんなふうに、嬉しく驚くことばかり。 夢のような光景のうれしさを伝えようと、アルに視線を転じると。 どきっと心臓が鼓動を増した。 優しく優しく、ふぅわりと。 まるで翡翠を包むように、朱金の瞳細めて心から嬉しげに。 微笑むアルがそこにいた。 白い舞い散る花々に、霞むアルはなんだかとても儚くて、だけどとても綺麗に見えて。 感動のため息をつく姫君の、背後から厳しい声ひとつ。 「何をしているんですか!!」 「きゃっ!?」 突然の声に驚いて、翡翠の喉からとめどなく、小さな咳がもれだした。 けほけほ、けほけほ 苦しそうな姫君の、背中をせめてさすろうと。 伸ばされた人形の細い手を、たった今部屋にきたばかりの、傍居の女性は乱暴に払う。 「外界のものを持ち込むのではないとあれほど云っておいたでしょう! 姫様はお身体が弱いのよ!? こんなものを入れては部屋の空気が穢れてしまう!!」 だいじょうぶですかと心配そうに、姫の背中を撫でながら。 「でもそれは、骸王が清めて――」 戸惑いながら発された、人形のことばはけれど最後までつむがれず。 再び叫ぶ、傍居の女性。今度は少々いらだったように。 「骸王ですって!? おまえは鬼の集落に行ってきたというの!?」 「……あ、うん」 「汚らわしい……! そんな身体で姫様の部屋に入らないでちょうだい!」 まるでごみでも見るような、冷たい視線を向けられる。 「やはり下賎な鬼の創った人形ね、姫様の傍を離れて創り主のところへうつつをぬかしに行くなんて」 「それは浅葱の……」 「浅葱様を言い訳に使うのではない! 早く出て行きなさい、姫様が落ち着くまで、入ってはなりませんよ!」 最初に翡翠を驚かしたのはおまえだろう、と。 思わずつむぎかけた口閉ざし、 ごめんね、 そう苦笑して手を振って、人形は部屋を後にする。 「ひどいわ、アルになんてこと云うの?」 苦しい咳のなかから必死に、翡翠も援護したけれど。 「さぁさぁ、姫様はゆっくりお休みになってくださいまし。……まったく、浅葱様も何を考えておられるのやら」 いくら姫様にご友人が必要だからと云って、あんな鬼の手を借りてまで人形を創らなくても…… ぶつぶつ云いながら、強い力で寝床に寝かしつけられて。 咳込んで体力を減らしていた姫君は、そのまま眠りに落ちてしまった。 ※ やれやれ、と。 しくしく痛みを訴える、胸の信号はあえて無視。 かすかにため息つきながら、アルは浅葱の部屋の戸を叩く。 「おかえり……またやられたのかい?」 腕に走るみみずばれに目を留めた、皇子さまの目ざとさに、内心苦笑しながらも、 「まぁ、ちょっとね」 心安げに答えてそして、遣いの成果をその手に渡す。 ぽんぽん、 と、昼間妹にそうしたように。浅葱はアルの頭を撫でる。 「浅葱?」 「すまないね、私たちの我侭なのに、責められて然るは私たちなのに」 おまえばかりが辛くなる 先ほどのことだけではなく、これまでの、そしてこれからの。 事象を見通しているかのような、浅葱の漆黒の瞳は憂いに染められて。 アルは、朱金の瞳を細めて笑んだ。 「おまえと翡翠とそれから――あの子たちがわたしを嫌いにならない限り、わたしはだいじょうぶだよ」 おまえたちに望まれて、わたしはここに在るから それをわたしは望んでるから わたしがわたしになる前に、刷り込まれた想いとしても、今のわたしはそれを良しとしてる 誰が決めた道であれ、このわたしの意識がそれを願うなら 「……だいじょうぶ」 逆に皇子様の頭を撫でて、アルは小さく笑ってみせた。 ※ 翡翠、寝ちゃってるから、あとで見に行ってやってくれないかな。 わたし? 今晩は鬼里に泊まってくるから。 そう云って、アルが出て行ったそのあとに、撫でられた頭のその箇所に、何ぞ違和感感じた皇子が触れたなら。 先ほど翡翠を喜ばせた、白い小さな花ひとつ。 指でそれをつまみとり、くるくる回して嬉しそうに、けれど少し寂しそうに、 皇子は静かに微笑むと、再び政務に取りかかる。 先ほどアルに手渡された、遣いの成果を流し読む。 一文字に引き結ばれた、皇子の口の端がほころんだ。 ことばにならないことばがするり、部屋のなかに漏れ出でる。 「託せる、かな」 すべてを。 あの子に。 大和を構成するすべて、世界を形作る欠片たちを、集めて創造された子に。 この大陸の記憶と、大事な少女の魂を。 ※ そのときおまえは苦しむだろうか 私たちを恨むだろうか 目覚めたときにはもうすでに、選ばされていたその道の 果てを覗いたそのときに、おまえは我らをどう思うだろう だいじょうぶ、と おまえがそう、口癖のように告げるのは、それを知っているからなのだろうか ※ 「あ、アルーっ」 「やぁ焔朱、紫紺」 「お昼ぶりです、アル。わざわざ泊まりにきてくれてうれしいです」 「相変わらずちびっこのくせに、硬い話し口だなこの子はー」 「ひたひ、ひはひれすっ」 「紫紺だけ遊んでもらってるのずるいー! おれもー!」 「これが遊んでるように見えるのかっ」 ほほえましいその光景を、遠見玉越しにふと覗き、微笑む鬼の長が居た。 「妾も……託すことに、させてもらおうか」 すべてを。 あの子に。 大和を構成するすべて、世界を形作る欠片たちを、集めて創造された子に。 この大陸とともに滅ぶ、我らが種族の最後の子たちを。 ※ いざや願えよただそのひとつ 妾はそれを叶えよう? おまえたちのその願い 魂からの願いだと 知っているから叶えよう? いざや叶えよただそのひとつ 願い果たしたその先に 待ち受ける歪みも崩壊も 知っていながら願うのだから いざや願えよただそのひとつ いざや祈れよただそのひとつ 妾がそれを叶えてあげる だけどたったひとつだけ、あの子のそれだけは叶わない ※ 「ねぇ、アルはお願いがひとつ叶うとしたら何を願う?」 「焔朱は?」 「おれはね、ずーっとアルと一緒にいたい!」 「僕も以下同文で」 「紫紺、おまえほんとにおれと同い年?」 「鬼族で久々に生まれたこどもで同じ年に生まれたんだから同い年でしょうが」 「まぁ、生まれた季節も属性も違うしなぁ、いいんじゃないの?」 「そうだねっ。で、アルのお願いは?」 「わたし? わたしは……」 ずぅっと、大好きな人たちと一緒にいることかな だけどたったひとつだけ、あの子のそれだけは叶わない 「叶わなくても」 「叶わなくても願い続けること」 「それを女々しいと笑う? 弱いと罵る? 情けないと憤る?」 だけどそれは、わたしがわたしで在るために、どうしても願い続けたいただひとつ―― だけどたったひとつだけ、あの子のそれだけは叶わない |
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