創作 |
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とりあえず、道端に落ちているものは拾ってみてもいいだろう。 しかもその道端がゴミ捨て場も兼ねているのなら、なおさら拾ってみてもいいだろう。 ――セコい、と呼ばれることを気にしなければの話だが。 人 形 師 そうしてここに、セコいと呼ばれようが貧乏と云われようがまったく気にしない男がいる。 髪も黒なら服も黒、ついでに黒手袋に黒い靴。黒一色でまとめた影法師みたいな姿の彼は、胡散臭げな通行人の視線も気にせず、さっきから一心不乱にゴミ捨て場を漁っていた。 もっとも、無秩序なひっくり返しかたではない。 何か目的の物を探している、そんな感じのひっくり返し方だ。 男は、無言でゴミをひっくり返す。 腐ったリンゴが出た。 ボロボロの服も出た。 カビの生えたパンも出た。 どれもこれも、男にとっては不要なものばかりのようだ。 取り出しては落胆し、丁寧に脇に置いて、再び捜索に戻る。 「……お?」 疲れの見えていたその表情が、初めて輝いた。 肩までずっぽりゴミの山に突っ込んだ右腕で、がさごそと中をひっかきまわす。 ひっかきまわす。 ひっかきまわ―― 「あった!!」 手応えあり。 発見に疲れも吹き飛んだ様子で、男は、手に触れたそれをわしづかみ。 そのまま、ぐぐっとゴミの底から引っ張りあげる。 引っ張りあげる。 引っ張り―― 「よっしゃぁぁ! 大当たりー!!」 釣りで大物を引っかけたときのような喜びようだが、あいにく、男の趣味は釣りではなかった。 がぼっ、と、周囲のゴミをはねのけて、男の引っ張りあげた物体が姿を現す。 そうして時を同じくして、底から無理矢理掘り返されたゴミの山がぐらついた。 「お?」 ぐらぐら。 「おお?」 ぐらぐらぐらぐらぐら。 「おおおおおおお――――!?」 ずざざざああぁぁぁぁぁぁ――――ッ! 未曾有の大津波が男を襲った。ただし、ゴミの津波だったが。 それでも発見したそれを手放さなかったのは、ひとえに、男の根性故だと云えるだろう。 あちこち黒ずんだ服、傷だらけの肌の、かわいらしい人形は、しっかりと男の腕に捕まえられていたのだった。 ……ここで、『ゲッ、人形マニアかよ』と踵を返そうとしたお客さん、それはちょっと間違っている。 男は人形マニアではなく、人形師なのだから。 「よしよしよし。なんかいい拾い物したな」 崩れたゴミ山もそのままに、男はいそいそと自宅兼作業場に戻ってきた。 コトの始まりは、彼が街で定められたゴミの日に、正直にゴミ捨て場を訪れた朝に起因する。 どこぞの清掃団体がやってきて、男の目の前で、馬車から山のようなゴミをぶちまけていったのだ。 そして男は見た。 そのゴミのなかに、今目の前に鎮座している人形が紛れていたことを。 男はすぐさま動いた。 埋もれているだろう、その人形を求めて。 くどいようだが、それは今朝のことである。 そして今、すでに太陽は赤く染まろうとしていた。 大した根性である。というか、男の情熱は、もはや常軌を逸しているのかもしれない。 人形用のパーツやら塗料やらが散らばった作業場を、男は手早く片付ける。 ある程度の空間が出来てから、そこにゴミ捨て場から拾った人形を置いた。 部屋が少し暗くなっていたので、ランプをつける。 「へえ……」 灯りの下で人形を見て、男は感嘆の息をこぼした。 ゴミやら手垢やらで汚れまくっているけれど、男の印象どおり、とても精巧な人形だった。 ぱっと見ただけでは、人間と区別がつかないほど。 伏せたまぶた、自然に脱力している四肢、関節。 肩から背中を流れて床にこぼれる緑の髪など、まるで絹糸のようなやわらかさ。ためしに一本刃物を当ててみたけれど、見た目に反してとても強靭。 しばらく髪と格闘して、男は結局切るのを諦めた。 刃物を放り出し、改めて人形の検分にかかる。 皮膚や髪に使われているだろう材質をざっと走り書きして、それとしばらくにらめっこ。 「――よし、風呂に入れてだいじょうぶだな」 そしてそんな結論を出したのち、男は風呂場に抱えていくために人形へ手を伸ばし―― ぱちん。 軽い音と一緒に、男の手にじんわりと痺れが伝わった。 「へ?」 間抜けな声をあげて固まった男を、橙がかった金色の瞳が非難の色を乗せて見上げていた。 男の手を引っぱたいて、風呂への搬送を拒んだ人形は、ぷぅっとむくれて口を開く。 「変態」 「そう、『へ』とくれば変態……って待てコラ」 男は思わず、昔鍛えたノリツッコミの腕を発揮していた。 当時日雇いで働いていた小劇場を、3日でクビになった腕前である。 人形も、つまらなさそうに男を一瞥した。 それから、少し頬を染めてこう云った。 「お風呂があるなら自分で入れる。わたし、一応女性体だから、男に風呂入れられるのは勘弁してほしい」 えーと。 男は考えた。 えーっと。 人形は男の返事を待っている。 えぇっと…… 男は考える。 人形は黙って立っている。 えーとー…… とりあえず。 「じゃ、廊下出て左に進んだ突き当たりの扉から出たら、温泉湧いてるから」 「判った」 結構恵まれた環境であるこの住居の一端を明かすと、人形は、緑の髪を揺らして頷いた。 ぼろぼろの服を引きずって、作業場を後にしようとする。 男はふと思い立って、傍の箱をひっくり返した。 「ちょっと待て。これ着替えろ」 先日の依頼でつくった人形の、試作品の服を箱から取り出す。結局納品されずにお蔵入りになったものだ。 ついでに壁からタオルもとって、ぽーんと人形に投げ渡した。 人形は、右手で服をキャッチ。つづいて左手でタオルをキャッチ。実に器用なものである。 えーっとそれから。 「さっぱりしたら、とりあえずここ戻ってこい」 「判った」 さっきと同じことばで返して、人形は再び身をひるがえす。 「ありがとう」 一度だけ振り向いて、はにかんだ笑みを浮かべた。 それから、扉が開いて閉まる。 廊下を歩く軽やかな足音は、男が教えた方向へ向けて遠くなっていった。 もう一度、扉が開いて閉まる音。 その木霊も消えた頃、男はどさりと床に座り込んだ。 「で……なんで人形が自分で動いてしゃべってるんですか、神様?」 もちろん、答えは誰もくれない。 さて、人形が風呂に入っている間に男の紹介をしよう。 男の名前はラウディ・ホーン。代々人形師という家系に生まれ、自身も人形師の道を選んだ根っからの人形師だ。 黒髪に黒ずくめ、ついでに片眼鏡がトレードマーク。眼鏡というより倍率が切り替えられる拡大鏡であり、普段は等倍で使用している。つまり伊達だ。 生活のためというよりも、自身の技術の研鑽のために人形師をつづけている。 もっとも、人形一体が売れれば1年は材料費まで補えるほどの収入があるため、生業と云っても差し支えないようだ。 無償で子供の人形の修繕なんかもしていたりするので、街の人たちからはちょっと変ないい人という目で見られている。 以上、経歴である。 そして、そんな人形師である彼でさえ、自分の意志で動いて喋る人形を見るのは初めてのことだった。 たまに彷徨う霊などが乗り移った人形の始末を頼まれたりもしたが、さっきの人形はそういったものとは違っていた。 なぜ判るのかといわれると、ただの勘だ。 ただの勘とは云うなかれ。長年培った経験そのものが、ラウディに告げるのだ。 あれはもはや、ひとつの生き物。 もちろん、常識的に考えてそんなことはありえない。 物体が生物になるなど、聞いたこともない。 でも。 結局。 どう考えても、最後にはそう結論付けざるを得なかった。 風呂から上がった人形を見て、男はとりあえず感嘆した。 人形は元々、ゴミとして捨てられていたずたぼろの状態でも、目を奪われるほどだった。 のが、汚れを落としてきた今となっては、男など及びもしない熟達者が手がけた作品だと云ってもおかしくない――いや、そのとおりなのだろう。 一言断って、男は改めて人形の手足等の検分に入る。 肘を曲げさせたり伸ばしたり、足を振らせてみたりと、普通の人間なら厭な表情のひとつもしそうなものだったが、人形は快くそれを受け入れていた。 ただ、さすがに、 「うわー。解体してみたいなー」 という男のことばには、 「それはやめてくれ」 と、至極当然の反応をしてのけた。 その表情の変化も、さんざん曲げ伸ばししてみた関節も、実に実に、人間そのものの動き。 もったいない。 最終的に男が出した結論は、その一言に尽きた。 この人形を捨てたのは、主に西の海岸で活動している清掃団体だった。 どこぞで捨てられたこの人形が、流されて浜辺に流れ着いたのを拾って、集積場に運んだのだろう。 思い出してみたら、掘り出したときの人形にはフジツボとかがぽつぽつついて、砂もまといついていた気がする。 「俺だったら、一生遊んで暮らさせてやるとか云われても手放したくないけどなぁ」 食事も摂れるというので、というか食べないとエネルギーが切れると云われたので、二人分の夕食が用意されたテーブルで。 ふぅふぅとミルクを冷ましている人形を見ながら、男はぽつりとつぶやいた。 人形はそんな男をちらりと見て、口の端だけで笑うという器用なことをする。 「わたしの目が覚めたのは、あそこに捨てられてからだよ。それまでは、寝てた」 「は?」 「だから――ラウディが拾う前は、寝てたんだ」 「寝てたぁ? 起きなかったのか?」 『寝る』 その単語の意味するところは、ひどく明白。 意識を手放して、深い部分へと沈む。 その間夢を見るか闇でたゆたうか、それは差があるかもしれないが。 が、いくらなんでも海に流されっぱなしで寝たままでいれる、なんてことがあるのか。 人間ならない。 絶対にない。 が、これは人形なのだ。 「うん」 そして、人形は困ったように笑う。 「寝るっていうより、封印っていうの? 意識がそれまで凍ってて、解けたら君に担がれて運ばれてるところだった。それで身体がうまく動かせなかったから、風呂発言までおとなしくしてた」 さすがに初対面の相手に服剥かれるのもいやだったしね。 そう云って、ごくん、と、ミルクを喉に流し込む。 「熱」 ちょっと顔をしかめて、それでも味自体は気に入ったのか、猫のように水面をぺろぺろ舐める。 「封印ねぇ……」 穏やかでない単語を口の中で転がして、男もとりあえず、食事を口に運んだ。 魂自体は、その身体に元から在ったということだ。 それが何がしかの理由で、奥で凍りついていたのだ。 で、時間が経ったか何かの原因で、それが解けた。 タイミングよく、男が拾った時点で。 あれ? ふと思いついて、男は、食事から人形に目を戻した。 ミルクを半分ほど飲んだ人形は、一心に食事を続けている。 男独自の味付けは、どうやら気に入ってくれたようだ。 ジャマをして悪いなと思ったが、それより男は、自分の疑問を解消したかった。 「なあ。それじゃ、凍る前のことって覚えてるのか?」 「覚えてるよ」 あっさり返事は返ってくる。 ただ、人形は男を見ない。 食事をする手は止めているのに、視線は手元に落としたまま。 「じゃあさ、えっと、おまえの製作者。名前わかるか?」 ――人形の視線は男に向けられない。 その代わり、ひやり、と、人形の周囲の温度が下がる。 地雷を踏んだかと嫌な汗が出たが、口に出た質問は取り消せない。 男は黙って、人形の反応を待った。 「訊いてどうするの?」 思ったよりは普通の声で、人形は問い返す。 「うん。おまえは力作だしさ。製作者も気合入ってたんだろうなと思う」 「で?」 「だから、海に流したりなんかしないと思うんだ。ってことは、事故かなにかで落ちたってことだよな?」 「…………」 「それなら、やっぱり製作者に返してやるのがスジってものだろ? まあ、近場ならともかく海越えて長距離きたっていうんなら、悪いけど小包扱いとかで――」 くすくす。 小さく笑う声は、目の前の人形からこぼれていた。 「あ。やっぱ小包はヤバイ?」 「ううん。違う」 くすくす。 人形は笑う。 視線は上げない。 肩を小刻みに震わせているせいで、おろしたままの緑の髪がいつスープに落ちるか、男がひやひやしたときだ。 人形は顔を上げた。 橙のかかった金色の眼――たしか朱金って云うんだったか、と、男はそのとき思い出した――が、真っ直ぐに男を見た。 なんの感情も浮かんでいない、それこそ人形と云うにふさわしい表情で。 人形は、男を見る。 「送り返すのは、無理だと思うな」 そんなに遠いところなのかと、男は首をかしげた。 そして、人形は云う。 「だって、大和はもうないだろ?」 「……はい?」 首をかしげたまま、男は固まった。 一歩間違えば、筋を痛めそうな姿勢のままで。 大和の名は男も知っている。 というか、人形師の間では有名な地だ。 世界地図の真ん中にある小さな点、それが大和を示している。 独立した軍事力があるわけでもなく、実に穏やかで平和な、小さな大陸。 かつて世界が戦乱に満ちていた頃、例外なく領土を狙われたらしいが、すべてそれを退けてきたらしい。 今の平和な時代にあっては、周辺国家への先端技術の提供と、卓越した外交手腕でもって、独立を保っている――いた。 過去形だ。 たった数日前、大和に関することは、すべて過去形で語られるようになった。 なぜなら、人形師を最初に輩出したといわれるその大陸国家は、前触れもなしに一晩で、海に沈んでしまったのだから。 と、上記のような経緯が脳裏によみがえり、ゆっくりと思考回路に染み渡ったのち。 「なにー!?」 椅子を蹴飛ばして、男は立ち上がった。 「おまえ、大和の人形師がつくったのか!?」 「そうだよ。自分で云うのもなんだけど、こんな人間そっくりな人形つくる技術、まだ広まってないと思う」 「……あ、ああ。こんなんが出回ったら、たぶん大騒ぎだろうしな」 改めて、男は人形を見た。 自然な肌の色、違和感のない腰かけ方、かすかに上下している肩や胸、人間の食事を摂る機能。 「……大騒ぎどころじゃないな。暴動が起きるぞ」 人形師だからこそ。 人形は人形であるべきだと思う。 最初に感じたことだが、この人形はもう、人形ということばの範疇におさまらない。 身体の造りだけなら、精巧に精巧を極めたと云えば、おそらく問題ないだろう。 けれど。 そこに、人形だけの心があるとなると、話は違う。 「……」 男は、一度、ごくりと唾を飲み込んだ。 いつの間にか乾いていた喉を湿らせて、人形に問いかける。 「あのさ」 「うん」 「その……おまえみたいなのは、他にもいるのか? そんな、自分が在る人形、っていうのは」 「いや、わたしが最初の一体のはず」 「そ、そうか……」 こんなのが他の街なんかにも流れ着いていたら、それこそ騒ぎになるところだ。 人間が作り出したものが動く。 しかも、命令に従うなどといったものでなく、自らの意志を持ち、自らの思考で決定する。 そんなものが在るなんて、たぶん、誰も認めない。 そんなものを人間がつくったなんて、たぶん、誰も認めたがらない。 そんなものが――人間に造られた、人間と同等のモノがあるなんて、たぶん、誰も認めたりしない。 だって。 いくら人間に似せた人形を造っても、最後にはボロボロになって捨てられる。 稀に墓にまで連れて行かれることもあると訊くが、そんなの千回に一回もない。 男は、それを知ってる。 だけど、それでいいと思ってる。 それらのパーツを再利用して、新しい人形を造ったりもするから。 共に歩くこともなく、共に年をとるわけでもない、それは物体だから。 同じ姿でありながら、決定的な部分が違う。 生体と物体。 切っても悲鳴をあげない。 叩いても逃げない。 そのことを、人間は知ってる。 そして、それが当然だと判ってる。 でも。 そこに、この人形が現れたらどうなる? 『当然』が崩れる。 人々は――たぶん、畏れる。 物体が、生体になるということを、知る。 自分たちと違う、同等が、現れると知る。 そうなったら―― もう、考えるまでもない。 「……云い方悪いけど、異端狩りだな」 「だな」 頭を抱えてつぶやいた男に、人形が重ねて告げた。 意外にも、心なし慰めるような声音で。 「認めたがらないだろうね。自分たちと違う存在で、けれど、思考能力や身体能力はほぼ同等のモノが、現れたなんてことは。それを生み出す技術が編み出された、ってことは」 「うん。俺も正直認めづらい」 でも、おまえは人間って云っても通じるよ。 男はそう云って、頭を抱えていた腕をはずす。 こちらを見下ろす朱金の瞳に、苦笑いのような表情をつくってみせた。 「だったらおまえ、人間として生きればいいんじゃないか? 云わなきゃバレないさ、きっと。なんなら俺が、しばらく面倒見てもい――」 その提案は、途中で打ち切られる。 ぽろぽろ。 ぽろぽろ。 ぽろぽろぽろ…… 人形の双眸から、涙が零れ落ちた――錯覚。 ああ、泣けないんだ、こいつ。 今にも涙が溢れそうな表情をしているくせに、人形は、変なところで人形らしかった。 「出来ないんだ」 「なんでだ? 云わなきゃ――」 「あのね」 人形は哭く。 男が思わず伸ばした手のひらが頬をなでるのを、黙って受け入れて。 「年をとらない人間なんか、いないだろ」 「……あ」 「わたしは人形だよ。自分の身体がどうなってるか、判ってる」 年をとらない。 髪は切れば伸びるけど、造られた最初の長さ以上には伸びない。 身体を切っても、血さえ出ない。 泣くという感情はわかるのに、涙も流すことはない。 「ここに心があるんだ」 左手で、とん、と胸を叩いて、人形は云った。 「わたしを造ったひとは、ある目的のためにわたしを造った。で、それは叶った」 「おまえに心が生まれるのも、目的だったのか?」 「うん。この心があったから、その人の願いは叶ったんだ。わたしは、そのことはちゃんと嬉しいし、叶ってよかったと思ってる。今でもね」 「じゃあ……」 男は、その先を云えなかった。 目的が叶ったのなら、もう利用することもない人形は、しまうなり始末なりしてしまえばよかったのに、と。 他の人形だったら持ち主に自然に云えることを、この人形には云えなかった。 黙ってしまった男を見て、人形は小さく笑う。 「うん、同じこと云ってた。心を持たせてごめん、って、その人はいつも謝ってたよ」 おかしな話だね、と付け加えて、笑みを深くした。 「最後まで?」 「最期まで」 人形は、微笑みつづける。 何故だか見ていられなくなって、男は目をそらした。 人形は、ことばを続ける。 「でも、その人もいなくなって、大和も沈んじゃって……わたし、これからどうしたらいいんだろうって、海に流されて考えてた」 「ていうか、大陸沈むくらいの災害に巻き込まれて、よく無事だったな」 「大和の最先端技術の結晶だからね。なまなかなコトじゃ壊れないんだよ」 「それはまた、厄介なことで……」 なんだかもう、驚愕も憤りも通り越して、呆れさえ覚えながら男は応じた。 たしかに、大和の技術は優れていた。 大和の人形師と、他の地方の人形師の作品には、その違いが明確に現れていたからだ。 そこまで極端でなくとも、一度でも大和の人形師に師事すれば、その人形師の作品は明らかに以前と変わった。 男も、実はそんなひとりだった。 だからなおさら、呆れ果てる。 そんな技術を持っていながら、どうして、こんな存在を造ったのかと。 どうして、自分の一人勝手な願いのために、人形に心など持たせてしまったのかと。 どうして、最後にこの子を殺してやらなかったのかと。 道具として造り出しておいて、最後に情が移ったとでもいうのかと。 でも、男が一番呆れたのは。 この人形を、人形だと思えなかった自分自身だったらしい。 たぶん、この子が目覚めた最初から。 「まあ、昔のことは昔のことだ。とりあえずこれからを考えよう」 すっかり冷めてしまった食事を再開して男が云うと、彼女は首をかしげた。 「これから?」 「ああ。なんにしても、おまえを拾ったのは俺だから、一応所有権てものが発生するわけでして」 「……じゃあ、ラウディがわたしの持ち主になるってこと?」 「持ち主はやめてくれ」 真顔で抗議すると、彼女は真顔になってうなずく。 「でも、これからって云うけど、実際どうしたらいい?」 「それは……どうしようか」 「をい。」 残像さえない速さで投げられた皿を、男は見事にキャッチしてみせた。 おお、と彼女が手を叩く。 本心から賞賛しているらしく、まるで子供のようだ。 ……って実際、外見はしっかり子供なんだが。 「造った本人がもういないってことは、要するに、おまえは自由なんでしょ」 「自由?」 「うん。何してもいいってことだな。――もっとも、他人様に迷惑をかけない範囲で」 「自由?」 そのことばになじみがないのか、彼女は困った顔になる。 「う、いまいちうまく説明出来ないけど、要するに自分の意志で物事決めようってこと」 「何してもいいわけ?」 「自分で責任とれる範囲でね」 たとえば、人形師が人形に命令をする。 これは人形師の意志だ。 それによって引き起こされた事象が、他へ被害を及ぼしたなら、責をかぶるべきは人形師。 たとえば、人形が自身へこう動けと考える。 これは人形の意志になる。 それによって引き起こされたことへの責任は、間違いなく、選んだ人形自身が負うことになる。 「珍しい話ではあるけど」 目の前の彼女には、心がある。 自分の道を選ぶ、意志がある。 「その意志はそこに在るんだから、とりあえずそれと付き合っていくことを覚えないとな」 「……付き合うって、この心と? この意志は自分のものなのに?」 「そう。やりたいこと、やるべきこと、やっちゃいけないこと。そういうのと折り合いつけることが必要」 答えると、彼女は眉をしかめた。 「人間ってめんどうくさいね。人形なら、持ち主のことばに従ってればいいだけなのに」 「なんだ。おまえ、ずっとその製作者の云うとおりにしてたんだ」 それは、人形にしてみれば当然のことかもしれない。 が、目の前の彼女がそうしていたというのは、男にとって意外だった。 「うん……人形ってそういうもんでしょ? それにそうしてたらまず間違いなかったし」 「んー。でも、その人はもういないからな。自分で決めなきゃいけないんだからな?」 「……よく判らないなぁ。やっぱりめんどうそう」 「まあね。だから人間っておもしろいんだけど」 ため息をついた彼女に、男はにやりと笑って告げた。 「それとも、おまえ、俺の命令ならなんでも従う? ゴミあさってこい、とか云ったら、喜んで行く?」 ヒュッと音がして、今度はフォークが飛んできた。 「冗談。断固抗議する」 「うん、そういう感じでよろしく」 「あ、でも」 返したフォークで食事を再開しようとした彼女が、ふと目を上げて男を見た。 「ゴミあさってくれたから、わたし、発掘してもらったんだよね」 「そうなるね」 すでに空になった食器を押しのけつつ、男は答えた。 「人間って、ゴミあさるのが日課なの? だったらわたしもやってみるけど」 「ぶぴ。」 せっかく口に運んだ水を、男は思いっきり噴き出した。 飛んでいった水しぶきを、彼女はきれいに避ける。 あまつさえ、自分の食事をガードしたのも素晴らしい。 「違う違う。あれはおまえがまざってるのが見えたから」 傍のタオルで顔を拭きつつ、 「で、人形師としてはぜひ後学のためにと思ってね。ゴミで捨てられてるんなら、俺が拾っても文句なかったろうし」 「……ラウディさぁ」 「ん?」 「変な人間、って、よく云われない?」 「云われる」 真顔でそんなことを聞いた彼女は、だけど、次にはにっこり笑って食事を再開した。 「わたし、どうせ人間になるなら、君みたいな人間になりたいな」 そうして、そう聞かされた男はというと、逆に真顔になって首を振る。 「やめとけやめとけ」 「え? なんで?」 「誰かになりたいなんて思うなよ。どうせなるなら、自分になれ」 「――――」 動作を止めた彼女を見て、男は、思考回路がふっとんだかなー、と、のんきなことを考えた。 もしくは、わけの判らないこと云うな! と怒られるかなと思った。 云った男自身、なんでそんなことばが出てきたのか、いまいち理解していなかったからだ。 これも人間の特性だ、とかいう説明で納得してくれるかどうか、思わず不安になりかける。 が、 それはどうやら懸念に終わった。 「うん」 「わたしは、わたしになる」 特上の笑顔で、彼女はそう云ったからだ。 ――うん、やっぱり。 男は思った。 周囲の視線にめげずにゴミあさりつづけてよかったな。 そんなピント外れの感想を。 |
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