創作

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 くるり、くるくる、環を回す。
 くるり、くるくる、環が廻る。

 それは、時の彼方において、くるり、くるくる、輪廻をつむぐ。

 運命の環と、人は呼ぶ。


「いや、そんなもん、あってもなくても見えないし自分から干渉できないなら、どうでもいいんじゃないの?」
「実も蓋もねーな、おまえ。
 ……でもさ、そんな遠くのものに自分たちが踊らされてると思うと気分悪くならないか?」
「それこそどうでもいいだろ」
「やっぱりおまえ、ロマンとかそーいうの無縁だろっ!」
「当り前だああぁっ!
 おまえこそ仮にも傭兵名乗ってるなら現実を見つめやがれッ!」

 今自分たちが此処にいる。
 自分たちが選択したと信じた道にいる。
 踊らされていようと、この先どうなろうと。
 自分が自分で自分の進むべきこの道を選んだと。
 胸を張って云えるなら。
 他人がいくら、踊らされてる自分の滑稽さに笑おうと涙しようと。

 どうでもいいんじゃないの?




【世界の果てのその彼方で環が廻る】



 結構前から、それは有名な伝説もどきだったりする。
 何故『もどき』なんてつけるかというと、それは出来て間もない伝説だから。
 こだわりの人々の間では、伝説は最低三桁以上年前のことでないと駄目なんだそうで。
 故に、彼らは伝説『もどき』なのである。

「……くっだらねぇ」

 共通暦、465年。
 地図で云うなら、西の端。
 一番大きな大陸の、ハリアーから船でだいたい二十日ほど。
 セフィルという名の大陸は、今まさに現在進行形で、戦乱の歴史を刻んでいた。
 ひとつ前の季節の巡りまでは、一つの国家が大陸を治めていたのだけれど。
 強く賢く、戦も政治も任せなさいの、王様がある日死んでしまった。
 老衰だったから苦しまずに逝けたんだよ、とかいう話はおいておこう。
 とにかく。
 王様は実はかなりの好色家だった。
 嫡子の数もさることながら、甥や姪の名を借りた、実子の数もそれはもう、呆れるほどに多かった。
 しかも王様、自分はまだまだ現役だとかのたまって、後継者を誰にするかなんてこと、全然決めていなかった。
 その王様が死んだ。
 次に国を治めるべき者は決まっていない。
 それぞれに、大なり小なり野心を持った子どもたちは色めき立って、我が我がと主張した。
 火花がびしばし飛び散ったのは、容易に想像できるだろう。
 ここで一部は退いたものの、権利を主張する子どもたちはまだ腐るほど。

 セフィルはそうして各王子王女の派閥ごとに分断され、戦乱の時代に突入したのである。


 それから季節がふたつ巡ったあたりから、戦場で囁かれ始めた噂があった。
 紅と蒼が居ると云う。
 つねに二人一緒に見かけられ、彼らが居るほうの軍は、いついかなる状況でも、いかに不利な戦端を開いても。
 必ず勝利するという。
 彼らは傭兵なのだという。
 昨日はあちらの軍にいた、今日はそっちの軍にいる。
 そうして必ず、味方した軍へ勝利の女神を呼び寄せるという。
 一度噂になったなら、それは風の速さで広がった。
 今やあちこちの派閥が彼らを得ようとし、まるで犯罪者のような、指名手配の紙まで貼られ。

「はた迷惑極まりないったら」

 けれどもけして、彼らは意に添わぬ戦いに身を投じる事はない。
 金銭で彼らは得られない。
 力を以っても得られない。
 彼らを手にしようとする者は、自ら赴き阿ねばならぬ。
  力を貸してくれますか?
 受けるかどうかは気分次第。
 今日はこちらで明日はあちら。
 いつどこに流れるものか判らねど、それでも貴方は雇いますか?
  力を貸してください。
 彼らがにっこり笑ったら、ほっと胸をなでおろし、よろしくとその手を差し出しそう。
 握り交わされたその手こそ、彼らとの誓約になるのだから。
 紙の契約書なぞ出したらそこで、彼らは笑みをすっと消し、ひらりと姿を消すだろう。
 どこまでも。
 不可思議な不明瞭な、気分次第の彼らを味方にできたなら。
 その間だけ貴方の軍は、最強の名を得るだろう。

「どーこーが、最強だ。負け戦もあるだろうが、伝わってないだけで」

「人が詠ってる横でッ! ぐだぐだぐだぐだうっせぇんだよおまえはっ!!」
 べこッ
 弦楽器の柄がクリーンヒット。
 こぶさえ出来た頭をなでて、さっきからぶつぶつ云っていた、紅い少女はあっかんべーと舌を出す。
「他人の作った詩を詠っていい気分になってるんじゃないっつの」
「……おまえと付き合ってると、世の中の女ってみーんなはかなく可憐に見えてくるよ」
 あんなのでも。
 半眼になった蒼い青年に、ひょいっと窓の外指され、なんだなんだと見下ろせば。
 云っちゃ悪いが樽にも思えるおばさんが、気弱な八百屋の青年に、雷と思える勢いで値切り交渉してるとこ。
「……」
 思わずぢとぉっ、と相棒をにらみ、たんこぶの御返ししてやろうかと、壁の大剣に手を伸ばす。
「はいはーい、そこまでー」
 楽器をすぐさま放り投げ、両手をあげて降参のポーズ。
 蒼い髪の青年が、戦意喪失示してみれば、少女も剣をどさりと放る。
 そして、ふっと何かを感じたように、扉の方へと視線を向けた。

 とんとん、と軽いノックの音。 

「どうぞ」
 紅と蒼、顔を見合わせ笑みかわし、声を揃わせ呼びかけて、客を部屋に招きいれた。
「わたくし、シャイリーデ王女に仕えております……」
 口上述べつつその客は、部屋へ足を踏み入れた。
 ぱたりと扉が閉められる。


  くるり、くるくる、環が廻る。
  くるり、くるくる、環を回す。

   それは、時の彼方において、まわされるのを待っている。
   すべてはそのときそのときに。
   そのとき選んだものこそが、時の彼方で環をまわす。

  選択次第でどちらにも、まわることする輪廻の環。

      くるり、くるくる、環を回す。
      くるり、くるくる、環が廻る。

    封じられた先に手を伸ばし、回しているのは紛れもなくも、選んだ君のその力。

「自分に踊らされてるって云い方もあるんじゃないかなーって思うんだよな、
 過去の自分の選んだ道に、今の自分が踊らされてるって」
「それなら問題ないだろーが」
「だって過去の自分って、結局他人みたいに感じる部分あるじゃん?」
「それでも、それは自分だろ」

 今自分たちが此処にいる。
 自分たちが選択したと信じた先の、この道にいる。
 踊らされていようと、この先どうなろうと。
 自分が自分で自分の進むべきこの道を選んだと。
 胸を張って云えるなら。
 他人がいくら、踊らされてる自分の滑稽さに涙しようと笑おうと。

   そんなことどうでもいいんじゃないの?


  くるり、くるくる、廻る輪を。
  くるり、くるくる、逆回転。
 
 くるり、くるくる弄びつつ、聞こえた他愛のない会話。
 番人くすくす微笑ってた。



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