創作


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......天が涙を流すとき......



 雨が降る。
 雨は天の流す涙だと、誰かがいつか教えてくれた。

 ――誰が。誰に?


「あああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああぁ――――――――!!!」

 とめどない絶叫。
 気が狂うほどの苦悶。
 緑の長い髪を振り乱し、一向に止まる気配のない涙を撒き散らし、蛇は哭いた。

 哭き続けた。

 周りの魔法使いたちは、いったい何がしたいのか。
 この魂を捕え、身体を人に近しい形に造り替えて何がしたいのか。
 苦しみつづける自分を見て、ひたすらになにやら書き留めて。
 何を。望んでいる?

 捕えられた最初のうちこそ、考えるだけの余裕はあったけれど、今やそれも過去。

 人の形に変えられた器に戻された魂は、ひどい拒絶反応を起こし、昼も夜もなく蛇は哭きつづける。

 痛みと不快と嫌悪と――
 押し寄せる、ありとあらゆる負の感覚。
 それに抗するべく哭くけれど、結局は蝕まれていく。徐々に。徐々に。

 自分が自分ではなくなる。

    膨れ上がった何かは、爆発するべく時を待っていた。



 雨が降る。
 雨は天の流す涙だと、遠い昔に誰かが話してくれた。

 天は何に涙する?

 少なくとも。わたしは目の前の情景に涙しよう。

 哭きつづける、蛇であったもの。
 魔道技術の追求を求める者たちによって、造り変えられた哀しい子。

 哭きつづける。蛇は。

     膨れ上がった何かを見て、その魂は自分のきょうだいなのだと気がついた。



 表にまわりこみ、無造作に扉を開けてその場に足を踏み入れた。
 ぎょっとした顔でこちらを見た魔道士たちは、入り込んだ者が幼いこどもの姿であることに気づいてか、せせら笑うような表情になる。
 ・・・その魂がなんたるかに気づかずに。
 その存在が、何と呼ばれるひとなのか気づかずに。

 蛇が、気づいてこちらを見る。
 こぼれつづける涙で濡れた瞳に、安堵するような光が浮かぶ。
 ・・・気がついた。同じものだと気がついた。
 その存在は、自分と同じものを抱いているのだと。


 微笑んで。
 脹らみつづけたそれを解放させるべく、引き金となることばを口にする。


「いいよ」


 雨が降る。
 天の流す涙は透明な、地上の穢れを洗い流すものだけれど。

 雨が降る。
 さして広くないその一室は、真紅の雨で洗われた。



 ふたりとも身体のあちこちを真っ赤に染め、それでもふたりとも笑う。
 最後の山を越えた蛇は、体力も気力も尽きた様子で、それでもふらりと歩み寄る。
 伸ばされた手をとるために。

 ぴちゃ、ぴちゃり、

 池みたいになった床を歩き、館を抜けた。


 ぱしゃ、ばしゃばしゃ、

 地面に叩きつける強い雨も、蛇にとっては禊の儀式。
 ようやく魂と同化した、変容した自分の身体を器用に操り、嬉しそうにあたりを駆ける。
 壁に寄りかかり、その光景を見ることしばらく。
 ふと、なにやら気づいた様子で、蛇が駆け戻ってきた。

「あり、がと」

 慣れない舌をなんとか動かし、ひとのことばで礼を云う。

「遅くなってすまなかったね」

 聴き取れるように、ゆっくり、はっきり、雨の音に負けないくらいの声で云った。

「・・・ありがとう」

 謝罪されたのは判っているはずだろうけど、蛇は不器用に笑みを浮かべてそう告げた。
 それから手をとり手をとられ、今度はふたりして雨のなか。

 雨が降る。
 それは天の涙だと、いつか誰かが教えてくれた。

 誰が――誰に?

 わたしが。君に。 今、教えよう。
            これからも、たくさんのことを教えよう。

 その姿でも生きてくために。


「いっしょに来るかい? 隠居先に行く途中なんだ」
「うん。いく」 
「よし、行こう」

 互いに手をとり手をとられ、降りしきる天の涙のなか、歩いて行く影ふたつ。

「なまえは?」
「名前?」
「にんげんは、なまえ、がある。でしょう?」
「んー」、

 そういえば、おまえにも名前をつけなきゃね。
 嬉しそうに頷く蛇を見て、かすかに口の端持ち上げて。

「アル、だよ」

 世界中でただひとり、賢者と呼ばれるその人は、にこりと笑ってそう告げた。


   それは、蛇と賢者の出逢った、天の泣いたある日の記憶



地球遊戯で、みどり君と呼ばれルシアという名を持っている、金色の環の管理人。
彼と、賢者の出逢いはけっこう凄絶な光景のなかで果たされました。

ちゃんとシチュエーション書くと、ひどくどろどろになりそうな気がしたので、
簡潔にと心がけてみたのですけれど。
”その単語”は使っていないのに、気づいていただけたでしょうか。

―まだ、狼と出逢うずいぶんと前のおはなしです。



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