創作
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 うちには悪魔が一匹いた。
 こないだ天使が一匹きた。

 ついでに本日先祖がわいた。

 おかげで人外が三匹になった。




 もうそろそろ、日付も変わろうという時間帯。
 あまり広いとも云えないわたしの部屋――わたしひとりが使ってたはずの部屋には、現在、四名様が鎮座している。
 うち一名は、当然わたし。
 残り二匹は、河原でおまわりさんにラブアタックを受けた後、延々と街を捜索していた悪魔と天使。
 どこ探してもいないもんだから、半泣きで帰ってきた。アホだ。

 で、残り一匹は。

「はっはっはっはっは。面白いことになっているじゃないか、我が子孫」

 ――誰か、この、わたしの椅子にふんぞりかえった挙句、大上段に構えて鷹揚に手を振りつつ高笑いをあげてる自称先祖をどうにかして。

 というか、面白いわけがない。
 全身全霊、面白くない。
 問答無用、厄介ごと以外のなにものでもない。

 この、人外三匹は。

 床に座り込んだ姿勢のまま、わたしは頭を抱えつづける。
 悪魔と天使だけでいっぱいいっぱいなのに、なんだって、こんなわけの判らん自称先祖までわいて出るのか。

 やっぱ、あのおまじない本、永久封印しといたほうがいいのかも。

「なあ、おっちゃん」

 戻ってくるなり高笑いする自称先祖に出くわし、さすがにことばをなくしていたらしい悪魔が、ぽかんとした間抜け面のまま口を開いた。

「誰がおっちゃんだ! 我が名は観音崎破魔弥、この観音崎家の偉大な先祖なのだぞッ!!」

 自称先祖ののたまった名前を耳にすると同時、わたしは小さく項垂れる。
 苗字はともかく名前、そのアクセント、たしかに幼いころから聞いてきたそれと同一だ。
 何しろ、この名前は、両親がわたしの名前を決めるときにあやかったものである。由縁として聞かされたこと多数、すでに耳タコ。

 ……ってことは認めたくない。

 あらぬ方向に走りかけた思考を、コンマさえ間をおかず引き戻す。
 などとわたしが苦労してるというのに、悪魔はのんきに自称先祖とコミュニケーションとろうとしてた。

「んー、じゃあ、偉大な先祖」
「うむ、なんだ?」

 ……あー、聴いてるだけで頭痛い。

 耐性の差というものだろうか、単に、あの二匹よりはもう少し常識派ということなのか、天使は未だ、硬直したまま。

「なんで、いきなり出てきたんだよ。今生を生きてる奴の傍に霊とかいると、ろくなことになんねーんだぞ」

「……ッ!?」

 なんか、悪魔がまっとうなコト云ってる気がするんだけど!?
 空耳!?
 昼間からの騒動で疲れたわたしの脳みそが、奴の発言を自分に都合よく改ざんしてるとかだろうか。
 ありえる。
 ありえすぎて怖い。

 だが、天使の硬直具合がますます強化されてるのを見るに、幻聴ではなさそうだ。

「うーむ、そりゃそうなんだが。呼ばれたもんはしょうがないのだ」
「喚ばれた? 喚んだの?」
「…………そんな覚えはない」

 首の後ろに冷や汗を感じながら、わたしは、ついっと視線を逸らした。

 その先では、天使が、置きっぱなしだった『ひみつの☆おまじない』を開いて頁をめくっている。
 って待て。
 あんたいつ硬直から復活した。

 そして天使の手が止まる。

「……“他人に見つかりにくくなるおまじない”」

 朗読が始まる。

 わたしはすっくと立ち上がり、自称先祖を押しのけて、机に立てた辞書を手に取った。
 動きに気づいた天使が、びくりと身を震わせ、そのまま固まる。
 普段なら、横から覗き込んで先を読んでるだろう悪魔も、わたしの動きに気づいて以降は、ひきつった顔して浮いたまま。

 ……フ。
 躾はやはり、徹底的に。

 と、思ったのも束の間だった。

「あーそれそれ。“ご先祖様お守りください”って。それで呼ばれたのだ」

 躾どころか、ある意味野放し状態である自称先祖が、からっとした声でそう宣言。

 わたしはノーモーションで辞書を放った。

 ――ごッ

「え?」
「うわ、怖い子孫だ」

 だが、辞書は自称先祖をすり抜け、その向こうの壁に激突する。
 これまで幾度となく悪魔と天使を黙らせてきた技は――この自称先祖には通用しない、そういうことらしい。

「っ」

 耳を澄ます。
 階下で寝てるだろう両親が起きた気配は、今のとこしない。
 胸をなでおろして、わたしは自称先祖に向き直った。

「どうして……」
「霊的生物じゃなくて、霊だからなのだよ」

 自称先祖は、そう云って、指を左右にメトロノーム。

 ……って、どういうことよ。

「あのさ。俺たちって、一応生物なんだよ」
「『霊的』と付きますし、人とは違いますが生命活動もしているのです」

 再び頭を抱えかけたわたしの後ろから、悪魔と天使が二匹して、おそるおそる話しかけてきた。

「理論は違いますが実体はある、そう思ってください。――対して、そちらのご先祖は」
「霊。生命活動なし、ただ意識が雲みたいにあるだけの、本当に、すかすかってこと」

「……つまり」

 直接攻撃が、一切通用しない?

「はい」
「うん」

「ちょっと待ってよ! それじゃどうやってしつけろって!?」

 思わず叫んだその直後、わたしは、はっと口を押さえた。
 再び階下の気配を確認。

 ――よかった、起きた様子はない。

「こら、先祖相手に躾かい」

 どこか引き気味に云う、自称先祖。

「え。あれ、躾!? 俺てっきりお仕置きかと」
「あの仕打ちは躾だったのですか!? ……人間界とはおそろしいところです……」

 人外限定の躾よ。

 と、訂正するのも面倒で、わたしは、天使の手から『ひみつの☆おまじない』を奪い取る。
 急ぎ足に頁をめくるが、不幸にも、飛び出てきた先祖を追い返すようなおまじないは乗っていなかった。

「……」

 どうしよう。

 途方に暮れる。
 これで、人外、三匹目?

 いつまで増えるんだ、うちの人外。

「……やれ、困ったのだ」

 嘆くわたしの気など知らぬげに、自称先祖がつぶやいた。

「さっきそこの属魔も云ったが、我も本来、こんなとこまで出てきちゃいかんのだ。こら子孫、子孫ももう少し、力をちゃんと制御するのだ」

 ……そんなこと云われてもなあ。――――って。

「力ぁ?」

 平凡な女子高生に何をほざく。
 胡散臭さ絶好調の声でおうむ返しするわたしに、自称先祖は鷹揚な頷きを返す。

「そう、力。といっても、霊界探偵になれるとか世紀末救世主になれるとかあまつさえ三千世界の支配者になれるとかそういう力を子孫が持ってるというわけじゃないのだが」
「が?」

 そこで、ちらりと、自称先祖は悪魔と天使に目を向けた。

 二匹はふらり、まったく反対の方向に視線を逸らす。

 ……何、こいつら。
 ちらり。
 昼間以上に嫌な予感が、脳裏を掠めた。

「どうやら説明したくなさそだな。では、何も知らぬ子孫のために、我が懇切丁寧に解説してやるのだ」
「……はあ、どうも」
「属魔も意天もそれでよいのか?」

 悪魔と天使は、

「…………よくない」
「云わぬが、幸です」

 消極的な否定をするが、

「じゃあ解説よろしく」

 右手に厚みナンバーワン辞書、左手に厚みナンバーツー辞書。
 それぞれ携えたわたしのことばで、つぅ、と額に冷や汗を流した。

 だが、逃走しないところを見るに、覚悟は出来てるんだろね。
 何のって、そりゃ、訊くだけ野暮ってもんだ。

 右手に辞書、左手に辞書。
 そして、周囲にはこれまで幾度となく使用されたカッターナイフやら画鋲やら安全ピンやら。

 ……なんかそう見ると、わたしの部屋って危険物ばかりのような。

 そうこうするうち、ややあって、自称先祖はおもむろに顎へ手を当てた。
 悪魔と天使を均等に眺め、最後にわたしへ目を戻す。

「まず――大きな風船のなかに、この人界という小風船、その上に天界風船、下に魔界風船がある、そう考えるのだ」

 突っ込んでしまえば、その大風船の向こうにだって、もっともっとたくさんの世界が、もっともっと多種多様な在り様で存在しているわけなのだが。

「うちとその近辺の場合、このみっつで一組なのだ。そう覚えておけばよいのだ」
「……はあ」
「なんで一組なのに区分けされて行き来出来ないのかというと、簡単。相容れないからなのだ」

 判るか? と問われ、わたしはわずかに首を傾げた。

「悪魔となら判らないでもないけど、天使もなの?」
「そうなのだ」

 あっさり返る肯定に、少し、意外の念を禁じえない。

「何故かというと、根本的に“違う”からなのだ。たしかに外見からすれば羽とかあるだけだし、人からすれば便利な力が使えるだけだし、それくらいのことかもしれないのだが」

 自称先祖は、そこで、ことばを探すように少し視線を彷徨わせた。

「――が、“違う”のだ。実際に魔界と天界を目にすれば判るかもしれないのだが……訪れる自体、生身では無理なのだ」

 かといって、死んで見に行くのでは本末転倒なのだ。

 腕組みしてそう云う自称先祖に、わたしは「当たり前でしょうが」と、当然のツッコミを入れておいた。

「じゃあ、あんたは見たの?」
「見た」
 自称先祖はあっさり頷くが、
「が、それを人界のコトバという形にするのは、至難なのだ。故に、我が子孫に要求するのは、“人間と属魔、意天はそれぞれ、根本的に相容れぬ”ということを認識することなのだ」

「……りょーかい。認識はした」

 うむ、と自称先祖は破顔する。

「さて、長くなるがもう少しまわり道なのだ。子孫は、その属魔と意天が何故人界へ至るか知っているか?」

 魂集めのためでしょ、と云うわたし。
 そのとおり、と頷く自称先祖。

「では、何故、属魔と意天は、相容れぬはずの人の魂が必要なのか――」

「危なっかしいから」

 どこかむくれた表情のまま、悪魔がぽつりと割り込んだ。
 諦めたというか、自棄というか。
 それは、傍らというにはちょっと距離を置き過ぎて座る、天使も同じようなもの。

「一組、みっつの世界ん中で、人界が一番安定してんだよ」
「争い絶えぬ魔界も、平穏にひたされる天界も――人界に比べれば、いつ崩壊するか判らないのです」

「なんで?」

「続く争いは停滞」
「続く平穏は停滞」

 悪魔と天使の声が重なる。

「人界の変転が、かろうじて、一組のみっつぶんを、支えてるのだ」

 自称先祖がそれに続けた。

 ……っていうか、なんで世界の破滅とかそういう話になるかな。

 と、どうやらわたし、かなりうんざりした顔になったようだ。
 悪魔と天使が顔を見合わせる。
 まわりくどい自称先祖の話に合わせていられないとでも思ったのだろう、二匹は急に身を乗り出してきた。

「だ、だからさ!? 人界の変転で鍛えられた魂って、本当強いんだ。俺ら、それが必要なんだよ!」
「何のためによ」
「本来は自由である輪廻、つまり次の生を天界に決定していただくためです」

 ――――はあ?

「ちがーう! 千破夜は魔界に来てもらうんだ!!」
「いーえ! 天界に来ていただくのです!!」

「やかましい。」

 ごすずこッ

 ……まあ、用意してた辞書が無駄にならなかったのは、良いことだけど。

 床に伏す二匹にタオルならぬ雑巾を投げ、わたしは、現在唯一口を利く体力が残ってるであろう先祖をちらり。
 なんで、怯えた目でこっちを見てるんだろう。

「……ま、まあ、つまり、そういうことなのだ。属魔も意天も、各々の世界を守るためにこそ、この人界の魂を所望するわけなのだ」
「えーと……質問コーナー、いい?」

 どうぞなのだ。
 頷く自称先祖に、まず、指をひとつ立てた。

「つれてかれた魂って、何がどうなって、魔界やら天界やらを守るのよ」
「属魔、もしくは、意天として転生するのだ。人界の変転を知る者であるからして、何某かの形で、戦いや平穏以外のものをもたらす。その変転の一部でもって、魔界と天界は停滞を揺らし、存在を保つのだ」

「……そうなって、悪魔か天使として死んだとしたら、そのあとは?」
「また転生なのだ。親切な属魔か意天にコネをつくっておくと、1、2回の輪廻の後に人界へ帰してくれるのだ」

 ……親切な悪魔って何よ。
 いや、バカな悪魔も天使もいるから、親切なのもいるんだろうな。

「わざわざ帰してくれるわけ?」
「うむ。というのも、魂を引っこ抜いてばかりでは、人界のほうがすっかすかになってしまうからなのだな。畑も何年かおきに休ませてやるだろう、あれと似たようなものなのだ」

 大幅に違う気がするけど、あえて黙っておく。

 うえー、と、半泣きで床を拭い終えた悪魔が、ぐすっ、と鼻をすすって、わたしと自称先祖の傍らにやってきた。
 雑巾を丁寧にたたんだ天使が、逆方向に鎮座する。

 二匹が座るのを待って、自称先祖は改めて云った。

「――とまあ、これが、属魔と意天が、本来相容れぬ地である人界へ至る事情なのだ。了解したかね?」
「ま……ある程度は……」

 それでは、本題に入ろう。
 自称先祖のことばに、やっとか、と、わたしは肩の力を抜いた。

「だがまあ、先ほどから連呼していることのなぞりになるのだが。基本、みっつの行き来は死を迎えた魂、つまり我のような存在しか出来ぬが原則なのだ」

「あー……なんとなく読めてきたわ」

 行儀悪くも胡座をかいて片肘をつき、わたしは、自分の目が据わるのを悟る。
 ついでに声も低くなり、悪魔と天使が、ぴくりと震えた。

「そこを無理して、生きてるこいつらが来るもんだから、なんかおかしな現象が起こってるわけでしょ?」
「それもあるのだ。ちなみに、おかしな現象というのは文字通り、神秘の領域に属する出来事が発生しやすいということなのだ。ゆえに、我もまた、些細な呼び声でここに訪れたのであるからして」
 そうか、それでか。頷くわたし。
 要は悪魔が最初に応えたのが問題なのであって、チンケなまじない本は、やっぱり子供だましの代物だったということか。
 数度頷いて、
「それも?」
 今度は首をかしげる。

 “も”ってことは、理由はひとつじゃないってこと?

「問題のひとつは、滞在期間が長すぎるだろうことなのだ」
「……」

 思わず黙り込むわたし。

 そこに、恨みがましい悪魔の声。

「……だって、千破夜、願い事云ってくれないし」
「魂の代償を叶えないことには、どうしようも出来ません」

「帰ればいいじゃない」

「叶えないと帰れねーのっ! 喚ばれた時点でそういう仕組みで繋がっちゃってるんだよ、俺たちっ! それをたよりに、こっち入るんだからっ!」
「以下同文、です……」

 わめく悪魔、沈痛な面持ちの天使。

 かといって、今の話は――ちょっと、どうかと。
 悪魔に食われるとか天使の仲間になって戦わされるとか、そういうんじゃないのは判るんだけど、でも、ちょっと。いや、マジで。

「だいたいさー」

 悪魔が愚痴る。

「今までの奴って、たいていすぐ願い事云ってくれたから、千破夜も楽勝だって思ったのに……」
「あれだけ逼迫した願い、撤回するような方がいるとは思いませんでしたし……」

 はあ。
 ふう。

 悪魔と天使の盛大なため息は、ちょっぴり針のようにわたしに突き刺さる。
 まあ、精神論だから別に痛くも痒くもないが。

 そんな一人と二匹のやりとりを尻目に、自称先祖はさらに告げた。

「ふたつめは、そこの属魔と意天、共に高位の者であるということ」

 ……

 高位?

「こいつらが!?」

 意識してボリューム落としたとはいえ、わたしの驚愕はかなりのもの。
 二匹指さし、自称先祖へ向ける視線は、嘘でしょオイ、のでかい岩文字。

 あちゃあ、と、悪魔が額を押さえた。天使は両手で顔を覆う。

 そして自称先祖は頷いて、

「そこの」、

 悪魔を示してまず一発目、

「属魔の名はアスタロト。魔界での地位とかもあるけど、まあそれははしょっておくのだ」

 次に、と天使を示して二発目。

「意天の名はゼルエル。――ふたりとも、立派な名前があるのだな。そして、属魔も意天も、名を持つ時点でお偉いさんだと思っていいのだ」

 つまり、持ってる力が尋常でないのだな、と、自称先祖はことばを〆る。

 あー、つまり何か。
 逃走前にわたしの感じた嫌な予感は、やっぱ間違ってなかったってことか。

「――――あ」

 不意に。とくん、と、胸が小さく弾んだ。

 とくん。
 とくんとくん。

 なんだろう、何か――何、これ。この主張。

「…………う、あ」
「や……やってしまいました……」

 不意に胸を押さえたわたしを見、悪魔と天使、なぜかぎちぎち金属化。

 ……て。
 ちょい待て。

 高鳴る胸の鼓動を放り出し、わたしの意識は急速回転。
 昼間の記憶を、まだ浅い位置にある引出しからつかみ出す。

 ――“名前の交換は正式に契約を交わす条件ですから”
 よみがえる天使のセリフ。

 おまけのように引っ張り出される、夕方の光景。
 わたしの名前を両親から聞き出した悪魔。

 そしてたった今、自称先祖から告げられた、こいつらの名前。

 ……
 …………
 ……………………

「はい、契約完了なのだッ」

 完全に彫像と化した、わたしたちを見渡して、自称先祖がにっこりと、満面の笑顔を浮かべてみせた。

「――ってちょっと待て!! 完了なのだ、って、あんた……!」

「でもこれで、安定したのだっ」

 首ねっこ掴もうとしたわたしの手は、空しく宙をすり抜けた。
 そのまま直進した手のひらを、ばしっと壁に張り付かせた姿勢のそのまま、勢い殺さず振り返る。

 自称先祖は、やっぱりにこにこ笑ってる。

「……安定?」

 怪訝に復唱したわたしの向こう、悪魔がぽつりとつぶやいた。

「あのさ、千破夜」

 えらく真面目なその声音に、わたしはひとつ深呼吸。
 とりあえず――落ち着け、わたし。

「真面目な話。俺たちが長期、いるだけで、不自然なんだよな。契約、名前、取り交わさずにいるなら、なおのことさ」
「幸い、それは悪魔で私は天使ですから、ちょうど相殺する形になっていたのですが……それでも、異端がいるという事実は、人界のこの地点をたわませます」

 そして二匹は云った。

「ええと、つまり、このままですと一年以内に人界が消滅、余波を受けて天界も魔界も消滅する可能性が濃厚でした」
「そうなったら、千破夜は世界クラッシャーだったってわけ」

「……」

 やだ。
 そんな不名誉な称号。

 口を閉ざした悪魔と天使のことばを受けて、反射的に浮かんだのは、そんなしょーもない感想だった。

「……」

 とりあえず、ほったらかしてた辞書を拾って机に戻す。

「……」

 『ひみつの☆おまじない』も一緒に戻す。

「……」

 頭のなかでわんわんと、ひとつの単語が木霊していた。

「自業自得ですって……?」

 そりゃあ、しょうもないおまじないに頼ったのはわたしだ。
 暇こいてた悪魔に道を開いて便乗させたのはわたしだ。
 その場のノリで呼びかけて天使出してしまったのもわたしだ。

 ――だからって。

 なんでそれが、今になって世界の破滅とかなんとかそーいう話になったりするのかしらね――?

「――千破夜」
「うるさい。」
「千破夜ってば」
「黙って」
「……千破夜」
「だから――!」

 夜だからか人外だからか。
 振り返ったわたしの頭を撫でる悪魔の手は、しごく、ひんやり。
 そして、二冊重ねて持った辞書を見た悪魔の顔色は、ひんやり以上に真っ青だった。

 だけど。

 にぱ。
 すぐに悪魔が浮かべた笑みは、見慣れたいつもの間抜けな笑顔。

「千破夜、契約しよう契約」
「あんたこの期に及んで何云ってんのよ」
 つーか、あの自称先祖の企みのせいで、契約完了したんじゃないのか。
「そだな。でも、他人通じてだしさ。俺、ちゃんと千破夜と名前交換したい」
 こういうのって、気持ちが大事じゃん?
 と、さわやか青春なことをほざきつつ、悪魔は視線を横へと向けた。笑いながら。
「ゼルっちもだよなー?」
 脳天気な呼称で水を向けられた天使は、先を越された悔しさか、どこか苦々しい顔で頷いた。

 そして悪魔はこう続ける。

「そしたらみんな最初に戻る。俺とゼルっちがいるのは仕方ないけど、破滅とかなんとか関係なくなるし、千破夜が自力で夢かなえたら、手ぶらで帰るってのも有効だ」
「……何、その有利すぎる展開は」
「そう?」
 ジト目で睨み上げると、悪魔はきょとんと首をかたげた。
「夢見つけるの、大変なんだろ? だったら、やっぱ千破夜がいっちゃん大変なのは変わらないぞ」

 死後の自由をつかみたければ、生涯かけうる夢を見つけて叶えるべし。

 ……まあね。
 そりゃ大変だわよ大事だわよ。
 日々も時間も出来事も何も、欠片ひとつと見逃さず、生きてく覚悟が必要よ。

 でもそれは。
 きっとそれは、誰もが本来。

 ……なんにせよ。
 わたしは悪魔を喚び出して、ついでに天使も喚び出した。
 このリセットがかなわないなら、あまつさえ不名誉すぎる称号をもらうわけにいかないなら。

 ……ああもう、いいわ、覚悟は決めた。

 驚け悪魔。人間、開き直りだけはすごいんだから。

「じゃあ契約する。名乗ればいいの?」

 悪魔は、

「うん!」

 驚くどころか、嬉しそうに笑いやがった。

 ゼルっちゼルっち。
 手招かれ、天使も傍らにやってくる。
 彼らの差し出した手のひらに、応えてわたしも手をおいた。

 左手に悪魔、右手に天使。

 触れた場所から小さな鼓動。

「魔の理において」、
 悪魔が告げる。
「天の和において」、
 天使が告げる。

「捧ぐは我が名、アスタロト。ここに汝と汝が名、汝が魂により契約を結ぶ」
「捧ぐは我が名、ゼルエル。ここに汝と汝が名、汝の魂において契約を結ぶ」

 わたしもつぶやいた。

「……観音崎、千破夜」


 ――――そして契約は締結された。……らしい。



「……で。自称先祖。なんであんたはいつまでもいるの」

 眠気とか疲れとか、糸の切れた人形のようにベッドに座り込んだわたしは、じとり、漂ったままの自称先祖を睨みつけた。
 だがしかし、奴はしれっと目をまたたかせ、
「だから自力じゃ難しいのだ。子孫、どうにかするのだ」
「出来るか!!」
 叫んでそのまま、さっきから、ほーっと安堵しっぱなしの悪魔と天使に目を向ける。
 が、二匹も二匹で役立たず。
「ごめん。願いごとじゃないかぎり、千破夜以外って無理」
「契約するといささか誓約もかかるんですよね。神秘領域も薄れますし」

 ……この野郎ども。

「――――わかった。わかったわよ、もう」

 起き上がって辞書とって、投げる体力ももはやない。
 ぼすりとベッドに伏したわたしに、自称先祖があわてて話しかけて来た。

「こ、こらこら子孫! 属魔と意天ほどでなくても、我を置いておくのも危ないのだぞ!?」
「……そんな気、ないわよ」
「じゃあ、それ願いごとにすんの?」
「しない」
「それでは、どうやって?」

 矢継ぎ早の質問に、睡魔押しのけ、どうにかこうにかわたしは答えた。

「うちの学校、そういうの得意な奴等がいるから――明日、相談してみるわよ」

 これ以上の質問は無視。
 金髪サングラスの長身と、琥珀髪ちびっこの凸凹コンビを脳裏に浮かべ、わたしはそのまま眠りに落ちた。




 うちには悪魔が一匹いた。
 こないだ天使が一匹きた。

 ついでに本日先祖がわいた。

 おかげで人外が三匹になった。


 だけどどうにかとりあえず、人外は二匹で落ち着きそうです。
 もとい。落ち着かせてみせるわよ。




やばい続いた。愕然。
しかしどうあっても真面目な話は出来ませんね、このひとたち。

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