創作 |
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ある夜悪魔が現れて、願いを叶えてくれると云った。 何も要らんから帰れと云ったら、何故かそのまま居座った。 ……これは、一種、詐欺といわんか? 今日も今日とて悪魔は元気。 あれからすでに3ヶ月、お日様の下で生活してる。 真面目に宿題中の学生の、肩に乗っかり勉学妨害。 「なあなあなあ」 「うるさい」 「願い事ー願い事ー願い事ー」 「だまれ」 重みはないものの影はある。 手元の暗さが嫌になって、手で払ったと同時、悪魔はぱたぱた舞い上がる。 翼がはためいてるわりに、そよとの風も吹きやしない。 どう見ても実体なさげなのに、なんで影だけ出来るんだかね。 「そりゃあ、俺自体が影みたいなもんだし」 「思考を読むな、節操なし」 「ひーどーいー!!」 じたばたわめく悪魔は無視して、わたしは宿題に思考を戻す。 明日までの英作文、これを万が一忘れたら、昔なつかし立たされ坊主。 ……ああ、でも。 英語の苦手なわたしには、もはや脳みそオーバーヒートのネタにしかならない。 いちいち辞書とにらめっこして、いちいち文法見直して。 本当に、これ、明後日の月曜までに終わるんだろか。 ふ、とため息ついた視界の端に、高校生のお部屋には場違いな本が映ってた。 『ひみつの☆おまじない』 かわいらしい丸文字の、ポップな感じのおまじないの本。 対象年齢は小学校中学年〜高学年。 どう考えても、5年前には卒業したはずの読み物だ。 「ねーがーいーごーとー!!」 「やかましいわッ!!」 ゴッ 振り向きもせずに投げた辞書は、いい音立てて当たったらしい。 今の音の具合からすると、たぶん、カドが命中したな。 足元に、紅い液体が流れてきた。 ……ふむ。悪魔も血は赤いのか。それとも脳漿とかいうモノなのか。 背後を振り向いて映るだろう、おぞましい現状を直視したくなくて、わたしは『ひみつの☆おまじない』を手にとって、くるりと机に向きを戻した。 ぺらりと表紙をめくった次には、厚手の紙の本文がある。 目次には、やっぱり丸文字で、いろんなおまじないが書かれてる。 曰く、 『好きな男の子のハートをキャッチ!』 『授業で当てられないようにするには』 『人前であがらないおまじない』 などなど。 そして、その一点で、わたしの視線は留まった。 『テストでよい点をとりたいあなたへ』 ……これ。 そう、これなのだ。 流れてきた方向に戻っていく紅い液体をちらりと見て、わたしは、それの示す頁を開いた。 消しゴムの消しクズちぎらずに丸々一個使い切れば、テストでいい点がとれますよっていう文章が書いてある。 余白には、もちろんかわいらしいアニメちっくキャラ。 おそらく、世の悪魔崇拝者が知ったら、泡吹いて卒倒するんじゃないか? 消しゴムの消しクズちぎらずに丸々一個使い切れば、悪魔が目の前に現れる、なんてさ。 「てゆーか、普通やんねって。消しゴムちぎらんで使いきるなんて」 「たしかにね」 額に真っ赤な流血跡を残したまま覗き込んでくる悪魔に、今度は素直に返答してみた。 だって、それは本当だしね。 未だに我ながらびっくりよ、たかだか60円の安消しゴムを、本当に、クズ千切らずに使い切った、なんてさ。 ちなみにその消しクズは、悪魔を追い返せないか試すために、庭で火刑に処してみた。 結果はご覧のとおりである。 「だいたい、なんであんた、また願い事コールが再発してんのよ」 「なんでって? 俺、元々それが仕事なんだぞ?」 袖口で額をぬぐって、悪魔はきょとんと目を丸くする。 紅がこびりつくかと思われた袖口には、汚れどころか埃ひとつありゃしない。 やっぱこいつ、この世の奴じゃないわ。 などと改めて実感したあと、わたしは悪魔に指突きつけた。 「云ったじゃない。わたしが自力で願い叶えるとこ見るって」 つまるとこ、ここでわたしが願いを云えば、それは、こいつの目的に反することになる。 おまけに、願いを叶えてもらったら、わたしは死ぬとき魂を持っていかれる羽目になる。 ――――冗談じゃねえ。 「えー、だって。ここんとこ見てたけどさ」、 すっかり身奇麗になった悪魔は、むう、と頬を膨らませた。 ええい、いい年こいた兄ちゃん姿の奴が、そんな子供めいたことするんじゃないわ。 「おまえ、別に死に物狂いで何かの願い叶えようとかしてるわけじゃないし、それだったら俺が何か叶えたほうが早いかなーって」 「――――――――」 ……何云ってんだろか、このバカ。 「うわ! バカって云うほうがバカなんだぞ!?」 「幼稚園児かあんたは!!」 先刻辞書が命中したろう場所にペーパーナイフを繰り出すと、それは音高く止められた。 噂に名高い白刃取り。 悪魔が使えるとは思わなんだ。 うー、とうめいて、悪魔はわたしから距離をとる。 不老不死とかほざくわりに、攻撃されるのは嫌らしい。 だったら不用意なこと云わなきゃいいのに。 ペーパーナイフを刺したわけでもないのに痛み出したこめかみ押さえて、わたしは、悪魔をちらりと一瞥。 「あのね。わたし、いつ、必死になって叶えなきゃいけない願いがあるって云ったのよ」 「え?」 だって、と、悪魔は首を傾げて云った。 「縁側で日向ぼっこの似合う婆になるんだろ?」 「あのときも思考読んだのかあんたは――――――!!」 衝動的にデスクチェアを持ち上げたものの、壊れたら買い直しという理性が働いて、すんでのところで思いとどまる。 さっきから何度めの攻撃か、もう数えたくもないが、すでに悪魔は半泣きだ。 やだなあ、人間に泣かされる悪魔って。 別の意味で悪魔崇拝者が卒倒しそうよ、この光景。 まあいい。 とりあえず椅子に座りなおし、わたしは悪魔を促した。 「で。なんでそれで奔走してないからどうのになるのよ」 「……怒らねえ?」 「ノーコメント」 とりつくしまもないわたしの答えに、悪魔は、ひくっ、と引きつった。 が、自分の疑問を解消したいのが勝ったのだろう。 尻餅ついたような姿勢のまま、そろそろと壁際に這い寄って、 「だって、婆になるならまず母親にならなくちゃならないだろ?」 だから早く男見つけてやることやらないと―― * * * 「うっうっうっ、うぇっ、えぐっ、ひーん」 「……えーと、underground organizationだから、anがくる……と」 「ぐすっ、ひっく、ふええぇぇーん」 「あっと……beforeつけるの忘れてた……」 紅い染みのついた辞典をぺらぺらめくり、一応たしかめて付け加える。 半日てこずった甲斐があったか、それとも、途中で気分転換したのが効いたか。 なんにせよ、宿題は順調に終了への秒読み状態だった。 「……うっ、えぐっ、ひぅ〜……」 「……………………」 か細い奇声を発しているのは、先ほど失言をかまし、些細なお仕置きを受ける羽目になった悪魔。 もうこの際、泡吹いた悪魔崇拝者でもなんでもいいから、あそこで膝抱えて丸まっていじけてる悪魔を引き取ってほしい。 ただでさえいじけた男なんてうっとうしいだけだというのに、悪魔だからか、余計に周囲の空気がどんよりしてる気がする。 そのうち菌類が発生しそうで、別の意味でうんざりだ。 とりあえず最後の一行を書き終えて、作文書いてた紙を折りたたむ。 クリアファイルに突っ込んで、忘れないようにカバンに入れた。 さて、と。 あそこの菌類発生源を、どうやって動かすべきだろう。 ちょっと考えて、とりあえず、周囲に落ちたままになってる文具を片付ける。 わたしが動くのが判ったらしく、悪魔は奇声を止めて、ちらりとこちらを見上げてきた。 目じりには涙。 本物なのか嘘物なのか判らないが、まあ、水分であることに間違いはないだろう。 流れつづけたその水分は、悪魔の座った場所を中心に、浅い水溜りを作っていた。 ……一階に雨漏りしてないだろうな? 文具を片付け終えてから、もう一度悪魔に近づいた。 腕を伸ばして襟首つかみ、ひょいっと悪魔を持ち上げる。 それなりの体格してるくせに、まるで綿でも掴んでるような軽さ。 「………………」 そんな、好物のアイスクリームを肥溜めに落としちゃったような顔されてもね。 自業自得ってことばの意味、こいつ、知ってるんだろか。 「……過剰防衛……」 「ああそうリトライご希望?」 「!!!!!!」 人間、違う悪魔扇風機でもつくれそうな勢いで、悪魔は左右にかぶりを振る。 溜まったままだった水滴が、ぴぴっとあたりに飛び散った。 「ごめんなさいは?」 「……ごめんなさい」 「よし」 「はい」 鷹揚にうなずいて下ろしてやると、ぺたんと座り込んだ悪魔は、袖で乱暴に涙をぬぐう。 さっき血をぬぐったときと同じように、染みひとつだってつきやしてない。 「……じゃあさ」 そしてこりもせず、云ってくる。 「おまえ、願い事叶える気、ないってこと?」 「極大バカ」 「また云う!?」 縁側のおばあちゃんにこだわる悪魔の頭上に、岩石製の『バカ』字を落として、わたしは悪魔に視線をあわせてしゃがみこむ。 「それは将来こうなりたいなって夢。死ぬ気で叶える願いとは違うの」 人間社会のことに詳しいくせに、人間様の機微には全然なのよね、こいつ。 幼稚園児に諭すような気分で云うと、悪魔は、む、と考え込む。 「……じゃあ」、 「そう。そんなご大層な願い事なんて、まだ、見つけきれてもいないってこと」 第一、まだ高校生なんだぞ、わたし。 一生をかけてもいい願い事を見つけるには、まだまだ見てきたものが少なすぎる。 やっと、自分の世界周辺以外を認識し始めるレベルだというのに、安直にそんなの決められるか。 運命がジャジャジャジャーン、って鳴り響いて、その瞬間が来るわけじゃない。 いつ見つけるか判らないし、見つけられるところまで行けるかも判らないし。 なら今やれることっていったら、とにかく、目の前の何かを一個一個片付けて、一歩一歩歩いていくだけ。 そしてせめてその瞬間を見逃したりなんてしないよう、気をつけるようにしておくだけ。 「そっか」 それじゃあ、時間かかるよな。 なんて、悪魔は数度、やけに素直にうなずいた。 頷いてから、小さくため息。 「おまえって面倒だな。今までの人間、みんな、その場で願い云ったのにさ」 「……わたしが面倒なんじゃなくて、むしろ、その『みんな』ってのが妙なんじゃないの?」 だって、魂持ってかれるってことは、死んだあと自由になれないってことだ。 それを承知で速攻何かを願えるなんて、それは、よほど切羽詰ってでもない限り、出来ないことだと思うんだけど。 そうかなあ、と悪魔は一瞬考えて、まあいいか、と顔を上げた。 「俺、おまえが願い叶えるまで見るって決めたもんな。うん、ちゃんとそうするよ」 「んなことせずに、この場で速攻帰ってほしいけどね」 「ああ、それ、もうムリ。俺が俺にそう契約したから。ちなみに違約した場合、代償はやっぱりおまえの魂――」 ゴッ ああ、辞書がどんどん紅くなる。 「ちょっと待て! それじゃあなに!? わたしは何が何でも死ぬ気で叶える願いを見つけて死ぬ気で叶えなきゃいけないってこと!?」 「わ……判ってるなら……、投げる、な……」 「投げいでかッ!! 何よその理不尽な契約は!?」 眉間からぼたぼたと紅い液体を滴らせる悪魔をひっつかみ、わたしは、それを窓から突き出した。 「な、何す……!?」 「こら――――!! 天使とか神様とか!! ここに悪魔がいますよ引きとってください――――!!」 「わー!? や、やめろってば!!」 「こーこーにーあーくーまーがー、いーまーすーよー!!!」 最後に、投げ飛ばしてやろうと思ったときだった。 カッ、と、真昼の太陽を吹き飛ばしかねない勢いで、光がわたしの視界を覆う。 「な、何……!?」 「ほらー! おまえがそんなこと云うから、来たじゃないかよー!!」 「本当ッ!? やった!!」 本当に来るとは思わなかったが、まあ、悪魔がいるんだから天使もいるか。 窓から捨てるだけで終わらせる予定だったのが、とんだ幸運。 このまま、天使だか神様だかにお持帰りもとい地獄に強制送還していただこうッ! 期待に胸を躍らせつつ、見やった先には、なにやら太陽をバックに佇むもとい宙に浮かぶ人影ひとつ。あれか!? まばゆさに目を細めていても、それがだんだんと近づいてくるのは見てとれた。 悪魔がじたばた暴れているが、先ほどのお仕置きの後遺症か、あんまり力が入らないっぽい。 今のうちにとっとと舞い下りて、さっさと回収してってほしい。 じっと待つそのうちに、やっと、人影は、わたしたちの目の前にまでやってきた。 「……おおう」 思わず漏れる感嘆の声。 光り輝く出で立ちに、背中から生えた純白の羽。 うん、これはまぎれもない天使。 煌々とした姿に息を呑まれるわたしに、天使は、優しく微笑みかけた。 「あなたの願いにお応えするために、参上いたしました」 「はい!」 「そこの悪魔を地獄へ突き落とせとのことですね」 「ち」 「はい!!」 ばしっ、と悪魔の口をふさぎ、わたしは、全力で頷いた。 天使は悪魔など目に入っていないように、さらに笑みを深くして、 「それでは、証として、死後、我らが神の軍の一員となる契約を――」 「結ぶかあぁぁぁぁぁぁッ!!」 ゴスッ 振りかぶって投げた悪魔は、見事、天使にヒットして。 彼らはふたり仲良く、庭に転がり落ちたのだった。 ……天使も悪魔も大ッきらいだ。 「帰れないー!?」 「はい。あなたの願いを叶えるまでは」 頭頂部のたんこぶをへとも思っていないのか、平然と天使は云い放った。 庭に落ちたあと、何故か帰ろうともしない天使に理由を聞いたら、云うにことかいてほざいたのがこれである。 「……願いをキャンセルするから帰れってのは」 「無効です。願いの取り消しは効きません」 「……………………」 「あーあ、だから云ったのに」 「やかましいー!!」 ある夜悪魔が現れて、願いを叶えてくれると云った。 何も要らんから帰れと云ったら、何故かそのまま居座った。 ある日天使が現れて、願いを叶えてくれようとした。 代償が要るなら撤回しますと断ったら、何故か居座ろうとしてる。 ……これは、一種、詐欺といわんか? 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なぜかつづいたこの話。情けない悪魔とたくましい彼女が好きみたいです。
そして、すかした天使も登場。あはははは。
書いてて楽しいのだけはたしかです。
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