創作
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 他愛のない話をしよう。
 本当に、他愛のない話だ。

 宇宙の片隅、銀河系のド辺境、太陽系第三惑星地球上、南北に長いと云われつつも、実は北東と南西に長い島国こと日本の田舎にある何の変哲もない、

 悪魔と天使が同居決め込んでる一般住宅における、夏のとある一日である。




 みーんみーんみーんみーんみーん、
 じじじじじじじじじじじじじじじ、
 みーんみーんみーんみーんみーん、
 じじじじじじじじじじじじいじじ、

 りりりりりりりりりりりりりりりりりん、

 あばばばばばばばばばばばばばばばばば、

 みーんみーんみーん、
 じじじじじじじじじ、

 りりりりりりり、
 あばばばばばば、

「えええぇぇぇい暑ッ苦しい――――――――!!!」

 ずだッ!

 スイカ切ってた包丁は、狙い過たず真っ直ぐに飛び、たった今までそこにいた悪魔の残像をすり抜けた。
 ちっ。
 舌打ちひとつ鳴らして、咄嗟に上空へと回避した悪魔を見上げる。

「アス! 包丁!!」
「は、はーい!」

 一歩遅れれば自分に刺さるとこだった包丁を、悪魔はちょっとためらいがちに抜き取って、わたしに手渡した。
 そのまま、さくっと刃を返して眉間に突き立てたろうかと思わなかったわけではないが、わたしは、黙って包丁を受け取り、ついた汚れを拭き取る。
 そこに、恨みがましい声が横手から。
「ひどいです、ちーさん……私は何もしていないじゃないですか」
「いや、あんたもうるさい」
「そんなっ! 私はただ風鈴の音色に惹かれてッ!!」
「惹かれたはともかく、あんなりりりりりりりり鳴らすんじゃ、立派に騒音公害よ!!」
「美しい音色ではありませんか!」
「限度を知れ限度をッ!!」

 ちりーん、

 わたしが再び繰り出した包丁を、天使が真剣白羽取りで食い止めたと同時。
 それまで天使が怒涛のように羽で風を送り込んだため、鳴らされまくっていた風鈴が、ようやっと、自然本来の風に触れ、小さなかわいい音をたてる。

 包丁に込めていた力を抜いて手元に戻すと、わたしは、ちらりと天使を睨みつけた。

「あれが、ほんとの風鈴の音よ。たまに小さくかわいく鳴るからいいんじゃない」
 あんたみたいにりりりりりりりり鳴らすのは、ただのガキ。つかバカ。
「うう、ひどいです……ただ珍しかっただけですのに……」

 しょぼーん、と項垂れる天使。

 あばばばばばば、

「ゼルっち、ばっかで――――」 すこッ 「はうっ!?」

「人の振り見て我が振り直せあんたは!」

 こっちはこっちで、扇風機に向かって変声楽しんでる悪魔がいるし。

 日本の夏が初めてで、浮かれてるのは判ってやらないでもないんだけど。

 ――暑苦しいのだけは、勘弁してほしい。

 ただでさえ、この二匹、この炎天下でさえ普段とまったく変わらない服装なのだ。
 悪魔は例の黒ずくめ、スーツっぽいやつにでかい黒羽。
 天使は逆に白ずくめ、僧服みたいな印象にでかい白羽。
 ちなみに双方長袖だ。肌の露出は春秋なみに少ない。
 あまつさえ、視界面積を大幅に占有する、でか羽持ちだ。

 ……もう、存在自体が暑苦しい。
 そのまま暑さに溶けて、どっか流れて行ってくれないもんだろうか。

 なんて無駄なことを考えるわたしの脳みそも、いい具合に煮えているようだ。

 スライム状態になるのを避けるため、わたしは、暑苦しい二匹から目を逸らす。
 手元、縁側に腰を下ろした自分の傍らに置いてる、切りかけのスイカへ切り替える意識。
 赤く瑞々しい果肉――スイカって野菜なんだけどね――を見ると、少しだけ、暑苦しさも減じる気がした。
 ……やれやれ。
 気を取り直し、きれいに拭った包丁でもって、再度スイカを切り分ける。
 すとん、すとん、と小気味いい音と手応えもまた、気持ちいい。

 庭でじりじり焦げてる悪魔と天使をそっちのけで、わたしはしばし、包丁でもってスイカとの対話に没頭する。

 そうして、そろそろ切り終えようかという頃合いになって、

「ちーちゃんちーちゃん、俺の分ある?」

 虫眼鏡でも当ててやれば、即、太陽光で発火しそうだった悪魔が復活した。
 続けて、天使も身を起こす。

「これも人間界の調査の一環として――」

 食べてみたいんなら素直に云え。

 包丁をぎらつかせると、天使は一瞬引きつって、「……私も、いただけますか?」と、真っ赤になりつつお伺い。

 ま、及第点にしてあげますか。

「あるわよ。食べるなら、手、洗ってきてよね」

 わざわざ洗面所まで行かせるのも面倒で、わたしは庭にある水道を指差した。
 悪魔と天使は頷くと、先を競ってそこへ飛ぶ。
 いつか、ふたりがケンカの末にうちの植木を一部破損させたことがあったため、お仕置きした記憶はまだ健在のようだ。
 俺が先だ私が先です、そんな云い合いに終始して、実力行使にまで至ってはいない。

 学習能力はあるようだ。
 よきかなよきかな。

 りりーん、

 心地好く響く風鈴の下、わたしは悪魔と天使が戻るのを待つ。

 そんな、他愛のない、ある夏の一日。


 ……そして。

「はい、このお皿がアスの分。こっちのお皿はゼルの分」
「わーい!」
「いただきます」

 悪魔と天使は嬉しそうに、スイカがてんこ盛りになってる皿を受け取って、さっそく口に運んでいく。

「あまーい! おいしー!」
「よく冷えたこのしゃっきり感、甘味、瑞々しさ……絶品です……」

 うん、気に入ったようで何よりだ。
 スイカ好きとしては、単純に嬉しい。

「なんつーか、この、今にも滴りそうな血っぽい感じがいいよな」

 ……は?

「またおかしなことを云う。貴様はどうして、そういうグロテスクな想像しかしないのだ」
「えー? だってほら、こう、ぽた、ぽた、って感じがさ」

 悪魔はスイカを食べるのが下手くそのようだ。
 汁気で真っ赤になった手のひらを、「ほら」と天使の前に掲げてみせる。

 ……って、そういう問題でもないわ。

 とりあえず無言のまま、まだ切り分けてない、丸々とした直径30センチほどのスイカを片手で掴み上げる。


 ごづ。


 りーん、


 庭に響いた重低音をかき消して、風鈴の涼やかな音が響き渡った。


「スイカを貶める奴はスイカの肥やしになっとけ」
「……植えるのですか? というより、奴を肥料にしたら、おそらくスイカどころかこの世のものとも云えぬ代物に成長しますよ」
「そのときは、あんたも入れて相殺するってことで」

「やだー! ちーちゃんそれだけは勘弁して! こいつと一緒の墓になんか入りたくないっ!!」
「ちーさん! いくら天使といえども耐えられることと耐えられないことがありますっ!!」

 喧々轟々、わめきちらかす悪魔と天使。
 もう何か攻撃するのも億劫で、わたしは縁側に寝転んだ。

「ちーちゃん?」
「ちーさん?」

 殺気がないことに気づいてか、二匹は、おずおずと近寄ってくる。
 なんとなく閉じた瞼の向こうから透ける光、それが、二匹分の影で少し薄暗い。

「昼寝。起こしたら肥料」

 ……

 沈黙。

 さらに二匹はおずおずと、わたしの傍に身を落ち着けた。

「俺もいい?」
 ちーちゃんと昼寝してみたい。
「私もいいですか?」
 堕落もまた研究の一環。

 どうぞご勝手に。ケンカさえしなければ。

 果たして、すでに眠りの妖精さんとランデブー始めてたわたしは、ちゃんと二匹へそれを云えただろうか。
 左側へ寝転ぶ悪魔から、少しひやりとした冷気。
 右側へ寝転ぶ天使は、熱も冷えもない、無体温。
 外見のわりに便利な効能だ。

 そしてわたしは午睡に落ちる。


 ――まあわりと。炎天下、うだる真夏の昼下がり。そんな、他愛のないお話である。




番外編です。
悪魔の夜、昼、それからさらにしばらく過ぎた設定。
名前を互い知る経緯は、別のお話にて。

夏はやっぱり、スイカと風鈴とセミ。あとカキ氷があればベター。
クーラー? 邪道ですよ邪道。と、やせ我慢。

蛇足。
本文中の呼び名と人物について。
アス→悪魔
ゼルっち→天使
ちーちゃん→『わたし』

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