創作
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 ある夜、悪魔が現れて。

 願いを叶えてくれるという。

 ……もしもそれが確実に、叶うものだといわれたら

 彼方は何を 望みます?




「いや、わたし別に今のとこそーいうの、ないですし」

 どきっぱり云ったわたしのことばに、目の前の彼は、盛大に肩を落としてため息をついた。
 すまないなぁとは思うけど、こっちだって困ってる。

 話せば長くなることながら、ベッドの横の窓に腰かけて、疲れた顔をしてる彼。
 何やら本物の悪魔だそうで。
 いわゆる、『魂と引き換えに願いを叶えてやる』んだそうで。
 わざわざわたしのトコまで出向いてきたのに、わたしがさっきみたいなコト云ったから、ほら、恨めしそうに睨んでる。
 あ、意外に短かくまとまった。
 だけどこっちだって困ってるのだ。

 だって、わたしが今手にしてるのは。
 いかにもポップなアニメのキャラクターたちが表紙を飾り、タイトルはかわいらしく丸文字で、『ひみつの☆おまじない』。
 しかもその上に、『対象年齢;小学生中学年〜高学年』。
 ちなみにわたしは高校1年生でございます。はい。
 挙句に開いたページはというと、消しゴムの消しクズをちぎらずに丸々一個使い切ればテストでいい点がとれると……

 はいすみません、テスト勉強があまりにもはかどらないもんで、現実逃避してみたくなっただけなんです。
 こんなことのためにコンビニまで走った自分に乾杯。


 ていうか。
 なんでこんなんで本物の、しかも悪魔が出てくるんですか。


 いや、最初は思いっきり不審者だと思った。
 窓からにょきっと生えてきたんだから。
 けど。
 電話をとろうと身体を起こしかければ、いきなり途中で固まるわ。
 大声を出そうと息を吸い込めば、声が急に出なくなるわ。
 傍に置いてた、厚さ15センチほどのでっかい辞書を投げてやろうと思えばいきなり手に電気みたいなのが走って痺れるわ。
 ことここに至ってようやく自覚。

 あぁ、本物だねぇお兄さん。

「悪魔に本物も偽者もあるかー!!」

 叫ぶとご近所に響きますけど。

「ここの空間だけ結界張ったから聞こえねーよ」

 用意周到ですね。

「で?」

 ……?

「だぁぁ、黙るなー!! 願い事とかねーのかよおまえはー!!」


「ないです」
「あっさり云うなー!!!!」

 だってほんとに、ないもんはない。

 そして話は冒頭に至る。



 いつまでにらみ合ってればいいんでしょう。
 先ほどから動こうとしない悪魔と、人に見られてるとどうにも安眠できないもんで、結局起きているわたし。

 困った。
 勉強云々以前に、このままじゃ寝不足で赤点確実だ。

「あの」
「なんだ、願いごと決まったのか?」
「とりあえずとっとと退散していただけると嬉しいです」

「願いっつーか要請だろうがそれは!」

「じゃあ、安眠をください」

「あ? 永遠の眠りか?」

「いや、一晩ぐっすり眠れればそれで」

 なおかつ、翌日爽やかな目覚めであれば尚オッケー。

「そんなん願いじゃねーっ!」

「……贅沢な」

「つかおまえ! 俺が願いごと叶えると死ぬときに魂持ってくんだぞ!? すげぇ苦しいんだぞ!?
 そんなのの代償が一晩の安眠とか試験でいい点とるとかでいいのか!」

 なんであんた如きに、わたしの試験に対する苦しみを読まれなければならないんですか。

「じゃあ帰れ」

「呼ばれた以上、願い叶えないと帰れねーんだっつの!!」

 勝手にわいて出たのはあんただろうが。
 蛆虫って呼ぶぞ。

「……それはヤだ」

 じゃあ素直にご帰宅ください。
 はいお帰りはそちらー。

「だから願い事叶えないと帰れないんだよ!
 おまえ人の話聞かない奴だって通知表に書かれてただろ、絶対!!」

 いやに人間界の事情に詳しいな、この悪魔。

「じゃあ一生そこで喚いてろ」

「おまっ……外道な奴だなー!」

「正真正銘の人外に云われたかないわ」


 悪魔は泣き落としに入った。

「なー、いいじゃねーかよー。どっかの国の王になるとか、不老……不死は無理だけど長寿とか。
 えっと、超能力っていうの? そーいうのが欲しいとか、気に入らない奴全員呪い殺すとかさー」

 目をうるうるさせて云うな。
 ていうかあんた、ほんとに悪魔ですか。

 いや、黒い翼も妙に白い肌も、何より血みたいな真っ赤な目も、人外の者だと如実に示してるんですが。

 今日日、こいつより悪魔らしい人間ばっかりだから。
 なんか、意外。
 悪魔って意外と人情家なんでしょうか。

「おまえ自身がよっぽど外道だっつの」

 あはははは。
 面白いことを云いますね悪魔君。
 この口が云うのか?

「ひへへへへ!! ひっひゃるひゃー!!!」

 あはははは。

 まぁそれはさておき。

 とりあえず、悪魔のほっぺたを限界まで伸ばしていた手を離し。
 真っ赤になったほっぺたを押さえて、さらに涙を溜めてる悪魔に、視線を合わせて座り込む。

「あのね」

「?」

「わたしは一般庶民でございます。毎日平和に暮らせればそれでいいんです」

 怠惰と云われようが停滞だと云われようが。

 将来の夢は、縁側で日向ぼっこの似合うおばあちゃんになることだ。
 小学生のころ、そう文集に書いたわたしを笑った某君、君のことは忘れない。
 覚えてろ。

「わたしが何かを本気で願うなら、それは丸々他人任せにするもんじゃなくて、自分で叶えるために願うの。

「それ以外はただの夢。

「あーなったらいいなこーなったらいいな、それで終わるだけの願いなら、叶わなくても支障はないの。

 だってさ。

「本当に叶えたいことなら、死に物狂いで頑張るでしょ。
 むしろ自分で頑張るから叶ったとき嬉しいんだってわかってるのに、なんで他人に任せる理由があるの。
 それをしないってことは叶わなくてもいいやってどこかで思ってることでしょ。
 叶わなくてもいいって思ってるだいそれた無駄な願いを叶えさせて、魂持ってかれるんじゃ思いっきりこっちの損じゃん」

 我ながらクサイことを云ってる自覚はあった。
 それはいいのだ、だってそれ覚悟で云ったから。

 だけどさ。

「……よく堂々と云えるなおまえ」

 だけどさ、やっぱ他人から云われるとムカつくわけよあはは。

「云わせた元凶はあんただろ? ん?」

「ひはひひはひひはひ〜〜〜〜〜〜!!!」

 口は災いのもと。
 覚えといたほうが身のためですよ、悪魔君。



「……で、なんであんたはまだいるの」

 結局寝不足でいどんだテストは、8教科中3教科が赤色だった。
 最後の補習を終わらせて、夕日もしずみかけてる帰り道。
 長く伸びるわたしの影のすぐ横に、でっかい翼の生えた影。

 くだんの悪魔君、あれから四六時中(ご不浄と入浴と就寝のときはたたき出す)わたしの傍においでです。
 学校にまで姿を消して着いてくる。

「だから、何か願い叶えるまで帰れねーんだよ」

「誰か他の人間の願いかなえてやればいいじゃんよ」

 ぽん、と悪魔が手を打った。

「あ、それオッケーなの? やりー。じゃ、そーゆーことで。ばいばいばーい」 

「でもやだ」

 は?

「俺、おまえ気に入った」

 そりゃどうも。
 悪魔に気に入られたなんて日本初じゃないですか?
 日本びっくり人間ショーに出られるかしら。

「だから、おまえが自力で願いかなえるとこ、見届けるまでいっしょにいる!」

 どっかの感動ドラマみたいなことをほざく悪魔君に、わたしはにっこり笑って云った。

「……ねぇ、お願いしていい?」

 何だ何だとわくわくしている彼に一言、

「わたしの願いは、あんたが今すぐどっかに消えてくれることなんだけど」

 ていうか日常を返せ。

「それ以外で!!」

「じゃあ、あんたのいない世界に行きたい」

「それも却下!」

「それじゃ、今すぐあんた死んで」

「俺がおまえから離れる類のは絶対だめ!」

「えり好みしてんじゃないわ、このすかぽん悪魔ー!!」



 ある夜、何かが現れて。

 願いを叶えてくれるという。

 ……もしもそれが確実に、叶うものだと知ってたら

 彼方は何を 望みます?


         何も望まんからとっとと帰れ。



   ・・・・・何が書きたかったんだろう(笑)
   無性に楽しかったです。製作時間約40分(爆

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