創作

■目次■



 それはたぶん憧れだった
 今ともなれば、それは恋でも愛でもないと
 云い切ることは出来るけど


【地球遊戯・閑話】
〜朱金と白金〜



「なんだよなんだよ、アルのけち! 莫迦!」
 青い空に白い雲。
 今日ものんきな田舎の端で、ぎゃーぎゃー騒ぐ狼ひとり。
「うるせっ」
 げしっといい音響かせて、みどりの髪の少女の拳骨、狼の脳天にめりこんだ。
「……けち」
「しつこいわ」
 かなりうんざりした顔で、だけど心底突き放したようなそぶりではなく。
 そのまま再び手にした本に、落とされた視線はけれどまた、狼の方に注がれる。
 ずしりと背中に感じるは、小さな獣の体重で。
 まだ成人してもいない、こどもに近い狼の、だけどもそれは全体重。
 それなりの重みを伴って、賢者へと、ほんわかぬくもりよこしてくれて。
 心地よくないと云えばうそになる。
 だけどそれはそれとして。

「なぁ、アル、一緒に行かねぇ?」

「ごめんこうむる」

 すぱっと発言一刀両断。

 実は同じようなやりとりを、ちょっと前から繰り返し、はや半刻が過ぎている。
 いい加減賢者も狼も、疲れたそぶりを隠しもせずに。
 けれど、
「なあ、アルー」
「行かないっつってるだろーが」
 こりもせず、袖を引っ張る狼がいて、それを完全に捨て置けない、損な性分の賢者がいる。
 そして。
 それを笑いながら見てる、紅と蒼の二人連れ。
「なんかなー、相変わらずにぎやかだよね、アルの周りって」
「まったくです」
 それは久々に遊びにきてた、アルの旧知のおともだち。
「……茶化しにきたのか、焔朱、紫紺」
 じとぉ、と賢者がふたりをにらむ。
 けれど本気のわけもなく、だから紅と蒼ふたり、にっこり笑って首を振り、
「「全然」」
 と、きれいに声まで揃えて返す。
 はぁ、とため息ひとつつき、観念したのか本閉じて。
 アルは狼に向き直る。
「あのな、玖狼」
「うん」
 透明な金の瞳を見開いて、自分の発言一個たりとも聞き逃すまいとでも云いたげな、それを見て。アルはまたまた力が抜けた。

 話は数日前にさかのぼる。
 三千世界でかなりのこと、噂になってた殲滅者。
 はじまりの魂持たぬ身ながら天と云う、世界をただ一人で治めきる、天帝さえも屈させた、狼の異形のその噂。
 けれど天帝相手の戦いは、やはり無傷で終わる由もないのであって。
 アルストリアに落ちてきた、ぼろぼろの狼拾った賢者、
「……刷り込まれもいいかげんにせい」
 懐かれまくって困ってます。

「刷り込まれじゃねーよ」

「じゃあ何だ」

「俺、アル好きだっ!」

 ずるべしゃごちげふ。爆笑。

 賢者がすべってこけて頭をぶつけて咳き込んだ。
 一連の出来事に、紅と蒼のふたりがとうとう噴出した。

「あっはっは、かわいいーーーっっ!!」
 いつぞやの賢者を髣髴とさせて、腹を抱えて笑い転げる紅の後頭部をどつき。
 賢者はひきつった笑み浮かべ、狼をまじまじ凝視する。
 その目には、照れも恥じらいも一切なく。
 強いて云うならば、それは。
 ただただ小さなこどものわがままを、呆れて見るよな母の目に似て。

「そうだねー、わたしも玖狼好きだよー」

 そう告げる微笑みも、身内としてのそれだから。
 むぅっと拗ねる狼ひとり。

「だから俺はむぐぐ」

 なおも云い募ろうとした、狼後ろから羽交い絞め、口を押さえ込んだのは。
 先ほど爆笑しまくって、賢者にどつかれた紅い鬼。
「はいはいはいー、いいかげんにしようね」
「何しやがるーっ!!!」
 じたばたじたばた。
 暴れまくる狼は、仮にも三千世界中、壊してまわった殲滅者。
 だのに、羽交い絞めしているこの鬼に。敵わないのはどういうわけか。
「俺ひとり振りほどけずに、アルを連れて行こうなんて言語道断ー」
 からからと、明るくのんきに告げられて。
 まさか今さら体調不良なんだから、そう云うわけにもいかなくて。
 やっぱりまだまだ経験不足。
 やりこめられた狼は、むーっとふくれてみせるだけ。
 そうしてるうちにふと思う。
「なんでおまえら、俺より強いのに俺みたいにならなかったんだよ」
 特に力んでるわけでもあるまいに、玖狼抑えて動かさせずに。
 そんな力があるのなら。
「僕たちには、それを教えてくれる人がいましたから」
 狼捕えた焔朱の腕を、ゆっくり解いてやりながら。紫の瞳の鬼告げて。

「……俺にはそんなもん、いなかった」

 気がつけば、すでに独りだったから。
 溢れるそれも強すぎる力も。どうすればいいのか判らずに。
 壊すことしか知らなくて。

「今は、いるでしょ」

「うん」

 ゆっくりと、自分を見つめて微笑む瞳。優しい朱金を宿した少女。
 自分と同じ根幹を、抱いて生きている賢者。

 だから。

「だからさー、一緒に行かねぇ?」

「行かないっつってんだろーが」

 もはや問いかけも答えさえも、すでに判りきってはいても。
 それでも問い掛けずにはいられない。求めずにはいられない。

 この感情をなんと云うのか知らないけれど。
 この人がいさえすればいいんだって、思うことに間違いなくて。

「アル」

「しーつーこーい」

 邪険に手など振ってはみても、それだけで、狼が引き下がるわけもない。
 だけど拒絶したいわけじゃない、それはまごうことなき本音。
 だから賢者は苦笑交じえてぞんざいに、相手をすることはやめなくて。

 それに。
 ちらりとアルは彼らを見やる。
 本気でこの小さな可愛い狼が、彼女にそういう感情を、抱いているというのなら。
 こちらの独占欲たっぷりの、鬼さんが二匹黙っちゃいない。
 だけど彼らはのんびりと、玖狼からかって遊ぶのを、楽しんでいるようだから。
 それならそうではないのだろうと。

「いや或る意味姉と弟って感じだし?」
「母と子でもいいと思いますけど」

「それはどーでもいいからこいつ宥めろ」

「俺、アルを姉さんなんて思ってない」
「わたしはおまえを手間のかかるお子様だと思ってるけどな」
「今に見てろっ! 絶対にアルに見直させてやるっ!!」
「無理無理無理。」

 ゆぅるりと、ゆぅらりと。
 金色の環を覗き込み、過去の記録を垣間見て。

 それはまだまだ遠い過去、賢者と狼が出逢ってから、季節が一度巡ったある日のことでした。




 それはたぶん憧れだった
 今ともなれば、それは恋でも愛でもないと
 云い切ることは出来るけど

 ……幼い故の思慕なんだ、と。云いきるほどには簡単でなく


  いや、俺は俺でけっこう本気だったんですけど?

  恋人横に立たせて云われても説得力ないっつーの。



 むかしに思いをそっと馳せ、微小に笑みをたたえて眠る狼の、整った鼻梁に目をやって。
 獅子の異形のお姐さん、むにっとそれをつまんでみたり。

「……母上には敵わぬよな」

 いやそれも違うだろ。
 そういう賢者の声さえも、なんだか聞こえてきそうに思え。
 獅子もふっと微笑むと、再び睡魔に身を委ね。

 昔話を思いつつ。


■目次■

いや、お子様な玖狼さんが書きたかっただけです。
狼さん嫌われてただろうから、最初に優しくしてくれた賢者様に、無条件でインプリンティングったと思うのです。
狼さんはひとところにとどまるのは苦手でしたし、長居すると天の軍がそこに襲ってくるかもしれないという不安もありましたから、早々とお母さん(違)から旅立ちましたけど。
それでも彼らの付き合いは、魔天楼が生まれて玖狼が動けなくなるまでは、密に続いておりまして……マザコンですか?(マテ。