創作

■目次■



 もともと彼らは、おなじものだった

 神話の出だしはそうなっている。


【地球遊戯・閑話】
〜神話〜



 むかしむかし、世界が生まれるより昔

 すべてが在って だからこそ、何もなかった頃のこと

 それは、突然そこに現れました

 何がきっかけだったのか、それは今でもわかりません

 長い間、それは何をするでもなくたゆたっていました

 何も望まず何も願わず

 それがそのまま、混沌に溶け混じり、消えてしまっていたら、今の在り様はなかったでしょう

 けれど、そうはなりませんでした


 長い、永い間、たゆたっていたそれは、ある日突然 孤独 ということを哀しいと思ったのでしょうか

 涙を幾粒も流したのです

 涙は、それの想いが詰まったものでした

 寂しい気持ち、求める気持ち

 涙は混沌に混じることはせず、自ずから輝きを放つ、今は星と呼ばれるものになったのです

 星々の輝きが、しばらくの間それを慰めました



 あるとき、それは、星を眺めるだけでは物足りなくなり、星のひとつを手にとってみました

 すると、それの存在と星の存在がぶつかりあい、大きなちからが生まれました

 新しい遊びを見つけたそれは、次々と星に手を伸ばします

 溢れるちから、迸るちから

 ちからとちからがぶつかって、やがて、それは臨界に達したとき、急激に収束しました

 そこは、ひとつの場になりました

 今ではアルストリアと呼ばれるそれが、最初に生まれた 場 、 世界 です

 それは、その場に幾つもの生命が息づいていることが判りました

 星とそれがぶつかったときのちからが、生命となって場に降りそそいでいたのです

 それは、自分から生まれた小さな生命たちを、とても愛しく思いました

 それからは、その場が混沌に沈んだりしないように大切に護りながら、場の変化を見守っていくことにしました


 小さな生命たちは、ゆっくりと、けれど確実に、ただの場であったそこを、世界と呼べるものに変えていきました

 強き光を放つ星を太陽と名付けて恵みをよろこび

 夜に優しい光をもたらす星を月と名付けて神秘を語り

 遠いところにある星々に形を思い描きて物語をつくり

 また、生命たちはそれぞれの在り様を選びとりました

 精霊と 魔物と 動物と 人間と

 それからさまざまなさまざまな、世界を自然を形づくるものと

 もしかしたらそのときが、それにとってはいちばん幸せな光景だったのかもしれません


 けれど、世界が少しずつでも変わっていったように 変わらないものなどありません

 それは平和と呼ばれるものも、決して例外ではないのです

 自己の存在を基準とし、それ以外のものを排他する考えを、最初に持った者は誰だったのでしょう

 在るがままを望んでいたはずなのに、己が在るために他の存在をなくすを望みだしたのは何故でしょう

 はじまりは小さな諍いでした

 けれどそれは、時間を経るごとに大きくなり


 そして
 世界そのものさえ壊しかねない戦いが起こったのです


 それは哀しみました

 声が届かないのを知っていて尚、何度も何度も戦いをやめるように呼びかけました

 戦いに倒れ傷ついた生命たちをその世界に戻すのは忍びなく、幾つもの世界の複製をつくりました

 複製は複製でなく、少しずつ違うものでしたから、そこへ移った生命もちょっとずつ在り様を変えました

 世界の兄弟は 際限なく増えていきました

 それはすなわち、最初の世界での戦いが終わらないことを意味します

 それはすなわち、兄弟たる世界でもまた、戦いが起こったことを意味します

 初めて自分の生み出した、小さな大切な生命たちが、小さな大切な世界が、このままでは壊れてしまうのです

 他でもない、彼ら自身によって


 気が狂うということを、それは初めて知りました

 …身をもって


 血を吐く思いでそれは最後に叫びました

「もういやだ」

 と

「はじめから何も望まなければこんなものを見ずにすんだのだ」

 と

 思いました

 そしてそのままそれは自ら意識を封じ、今日までもそしてこれからもずっと続く永い眠りに堕ちたのです


 ことばは望み 想いはちから

 ことばはすべてを消し去るちからとして具現し、実にそのとおりにすべてを無に返そうとしました

 けれど、世界を生み出したそれが世界を愛していたのもまた、本当の想いだったのです


 小さな小さな星のひとつが、それの最後のことばに導かれるように はじまりの世界に落ちてきました 

 星は、ちからに呼びかけました

「まだおまえの訪れるときではない」

「本当に何もかもが無になるときがくるというなら」

「それはすべてのものがこの世界というものに対して望みを失ったときだろう」

 と

「そして、少なくともわたしはこの世界たちが好きだから」

 たったひとつの星が発した、たった数言のことばが、ちからをちからでなくしました

 ちからは霧散したのです

 けれどその残滓は今もなお残り、すべてを喰らい尽くそうと蠢いています

 それが今このとき、界渡りと呼ばれるものたちです


 その少しあと、星も砕けました

 たった数言のことばをつむぐために、星はすべてを使い切ったのです

 けれど、ななつに砕けた星の欠片たちのために、他の星が手を貸してくれました

 そうしてななつの欠片たちは、それぞれの世界に生命として降りることになりました

 それぞれ世界の片隅で、欠片たちは生きていくことになりました

 その世界をとても大切に思いながら

 世界を生み出した最初のものを、時折思い出しながら



 また 長い時が過ぎました

 いつしか彼らは物語になっていました

 憶えていないはずの物語を、いつからか皆が識っていたのです

 欠片となった星は、最初のものにちなんで、はじまりの魂 と呼ばれるようになっていました

 それは、いつか世界の狭間、果ての彼方にしんしんと降り積もる、記録し記憶し拡がりつづける、黄金の環のせいでした

 最初のそれが眠りに堕ちる寸前に、いつか自分が目覚めたときに何があったか起こったか

 かけらも漏らすまいとの想いがそれをつくっていました

 故に黄金の環は、最初のそれの一部なのです


 すべてを壊すちからの残滓のいくつかたちが、それに目をつけたのは必然でした

 彼らは環を破壊すれば、最初のものが目覚めると思いました

 そして、今もあちこちで繰り返される争いを目にした最初のものが、再び絶望にその身をよじり、彼らにちからを与えることを予感しました

 何も望まずすべての崩壊を望む彼ら故に、望みに沿った行動をとるのに躊躇はしませんでした

 けれど環が正に壊されようとする寸前

 星の欠片のひとつが、環の番人として、彼らの前に立ったのです

 残滓たちは星の欠片を恐れます

 かつてまだ強大なちからだったころ、彼らを今の残滓にしたのは、果たしてその星だったのですから

 番人となることを選んだ星の欠片は、生命としての輪廻から外れた存在になることと引き換えに、環と誓約を交わしました

 自分が壊れることがなければ、環も壊れることはない、と

 もともと、最初のものの涙から生まれた星の、その欠片です

 もはや並大抵のことでは、残滓たちのもくろみは叶わぬことになったのでした



 けれど、残滓たちは別の手段を見つけました

 際限なくどこかの世界で起こる争いから発生する、感情の凝りに目を向けたのです

 残滓たちは、それを取り込み己の力を増すことを知ったのです

 そうして、

 あるときとても強くなった残滓のひとつが、長い戦いの末に星の欠片さえも取り込んでしまいました

 純粋な、はじまりのちからを手に入れた残滓・・・界渡り



 その戦いの場所は。
 金色の環のたゆたう場所でした。


   ちからを手に入れた界渡りは、





   ここで神話はいつも途切れる。
   これより前に話を結ぶものはあれど、この後を記した神話は皆無である。
   そうして、その続きを語ろうとする者は、いない。





「アル」。緑の髪と朱金の瞳を併せ持つ、人形に宿ったはじまりの魂のひと欠片

「玖狼」。蒼い銀の髪の間から覗く鋭い黄金の瞳を持った、狼の異形たるはじまりの魂のひと欠片

 最初のものが最初に創ったその世界。
 傷ついて、この世界から逃げた魂のために、最初のものが兄弟の世界を創るときに。
 また兄弟たる世界たちが、孫たる世界を生み出すときに。
 微妙にその違いは在るけれど、すべてはこの世界を中心として。
 最初の世界と名を受けた故に、すべてはここから始まった。

 その世界の名を、アルストリアと知っている?

 大陸の、片田舎の神殿で。
 神官をしている小さな賢者の居る場所に、ひとつの幻影が送られた。

 語られるはひとつの話。
 もとはほんの残滓であった、今でははじまりの魂の兄弟でもある、

 純粋に、消滅のみをただ願う、もひとつの魂の物語。


「予想はしてたが……そうなのか、アル」

「本来、界渡り、と定義してもいいのはそいつだけだろ?
 あいつだけが、自分の意志で相手を界渡りに変容させれるんだから」

 消滅を望む界渡り。
 彼らはいかなる手段用いても、仲間を増やすということはない
 彼らに喰われたものは、ただ望むと望まざるとに関らず、感化されるだけだから
 それに呑まれるか呑まれぬか
 喰われたものが界渡りと化すか否かを決めるのは、ただそれだけのこと
 
 界渡りは己から、意識して仲間を増やす事はない。
 それは消滅にそぐわない。
 けれどその身に対極たるそれを、刻んだあのひとつなら。

 生み出すを知っている、はじまりの魂の欠片と同化した、たったひとつのあれならば。


「ルシア」。みどりの髪とみどりの瞳。環の番人たるを選んだ、はじまりの魂のひと欠片

 呼ばれて、蛇は身を起こす。
 いつか狐と少女と修羅に、微笑んでみせたあのときのまま。
 ゆぅらりと笑顔浮かべてふたりを見やる。

「環は?」
「外部干渉を覚えてる」

 彼方のそれに意識同調させながら、蛇は狼と賢者に告げる。
 いつか水晶から垣間見た、黄金に手を伸ばす少女の姿。
 それは薄紅まとったこどもに良く似た、けれど根本の違うモノ。


「さぁ――どうなるかな」

 狼かたどった幻影の、瞳に宿るはかすかな苦笑。

「まあ……なるようになるさ」
 たぶん。

 賢者が苦笑して云った。

「望むままにね」

 蛇が笑って付け足した。



     ――望みは。想い。
         思いは。ちから。



  ただそれだけがたったそれだけが

  強く願うその想いだけが


  先の行方をきめるのです


 遠い神代の頃からの それはささやかなきまりごと


■目次■

『狼と賢者』で、アルが云っていた昔話がコレです。
ていうか、この神話、世界の成り立ちってことでいろいろ考えてみたんですが、
この後展開していく上で、矛盾とか出てきたらどーしよーかと
不安でもあり......(コラ)ある意味自分の首を絞めてます(ォィ)

まあ、でもなるようになりますよね!(笑)