創作

■目次■



 在る意味なんて知らない
 俺が知らない。
 おまえたちは知っている?
 だけど俺は知らないから。
 おまえたちの存在を、尊重なんてしてやらない

 内に暴れるこのちから。
 外に出たいと望むもの。
 俺のずっと最奥で、なにかが脈打つ音がする。

 だけど俺は。
 そんなでかいもの解放して、自分でいられる自信がないよ?


【地球遊戯・閑話】
〜狼と賢者〜



「あははははははは!」
「笑うんじゃねーっ!!」
「これが笑わずにいられるかー!」

 あははははははは!

 ひとしきり笑いを堪能し、目じりに浮かんだ涙をぬぐって、少女はようやく落ち着きを見せた。
 それでもちょいとつっつけば、またぞ笑い出すに違いない。
 目の前の狼を見る目には、まだ可笑しみがのこってる。
「いやもう、噂の狼君がどんなかなーと思ってりゃ……くくっ……」
 笑いすぎて腹が痛いのだろう、前かがみになって胃の腑のあたりをかばいつつ。
 みどりの髪と朱金の瞳の小柄な少女はよしよしと、血まみれの狼の頭をなでる。
「あー可愛い可愛い」
 語尾に(笑)がつきそうな調子で告げられりゃ、ますます頭に血が上る。
「うるせぇよっ、ほっとけ!!」
「いやいや、そうはいかんでしょ」
 ふぅわりと。
 少女の腕が、優しく狼を抱き上げた。
 いいこいいことなでられて、またも莫迦にされたかと、ぎらっと睨んでみるけれど。
 そんな視線も何処吹く風かというふうな、朱金の瞳に見下ろされ。
 毒気抜かれた狼は、呆けてふいっと視線をそらす。
 まとう衣服が真紅に染まるも気にせずに、少女は狼抱いたまま、彼女の居へと歩き出した。

 ――どうしてこうなったんだろう

 うすれかけた意識の中で、ぐるぐる繰り返されるのは。
 ついさっきまでの光景と、己に対する自問のみ。


 生まれ落ちた瞬間か。自我を抱いたその刹那。
 内側で出せよ出せよと暴れてる、激しい何かに気がついた。
 抑えきれるほど強くなく、制御できるほど経験もなく。
 けれど放っておくならば、それはきっとたちまちに、自分を喰らい尽くすだろう。
 発散するため気をそらすため。
 それを破壊衝動にすり替えて。
 混沌の間を駆け巡り、目に付くものを片端から、壊して廻って幾星霜。
 さすがに見かねた天帝が、追っ手を差し向けてきたならば。
 それさえも、行くべき場所のない力、解放する対象以外の何ものでしかなく。
 年を経るほどに強さを増した、狼の力のその前に、御自ら赴いた、天帝にさえも膝をつかせた。
 けれど。
 さすがに三千世界にただひとり、その人在りと謳われる、天帝の名は伊達ではなくて。

 ――あぁそうか

 相討ちと云うに相応の、怪我を負わされてこの様か

「狼、狼」

 ふっと閉じていた目を開けたなら、そこは柔らかな布の上。
 両手を狼の血で染めた、少女がにっこり笑ってた。
「一応手当てしたけどな。他に痛いトコとかあるか?」
 道理で動きにくいわけだった。
 身体中に負っていた、傷という傷にぐるぐると、巻きつけられた白い布。
 何かが染み込むような感覚を与えているものは、人間で云う消毒液とかいうものか。
 だけど。
「自分で治せる」
「無茶云うな」
 びしっとデコピン決められて、起こした身体は再び沈む。
「何しやがる!!」
 全霊で睨んでいるはずなのに、まるで子犬が吠えてるとでも云いたげに、少女はさらりと受け流し。
「人型もとれないくらい弱ってるくせに吠えるな。
 そんな状態で治癒するだ? 自分の身体状況ぐらい把握できるようになってから、そういう大口は叩くんだな」
 ざっくり。
 見えない刃が心臓に、容赦なくつきたてられる音がした。
 この人間にとって、目の前の狼なぞ子犬以外の何でもないと、そう云いきられたも同然だからか。
 悔しい。
 悔しい? 否、きっとそれとは違う。
 あそこは、誰もが狼を恐れてた。
 自分たちにはない力。自分たちより強いモノ。
 破壊にしかそれを向けれぬ自分の幼さも、一因を担っていたのだろうけど。
 向けられる恐怖の視線を振り切るように、衝動に身を任せていたのも事実。
 力を揮ったのが先だったか、恐れられたのが先だったか。
 もう覚えていないほど、時間は経っていたのだけれど。

「玖狼――だっけ」

 ぴくりと耳を動かすと、それを肯定ととったのか、少女が小さく微笑んで。

「三千世界の殲滅者?」

 また、ぴくりと耳を動かして。

「大仰なあだ名、つけられちゃったんだなあ」
 くすくす。
 こぼれる笑みは、恐怖の欠片もまじってなくて。
 さりとて狼が莫迦にされたわけでもなくて。

 どちらかというならその笑みは。
 こんな小さな狼に、こんな大げさな名をつけた、第三者への呆れかもしれぬ。

 察し、狼は身体の力を抜いた。

 ちがうとようやく知りえた事実。
 目の前の小柄なこの少女、これまで対峙してきたモノたちと、その意を異にするのだと。
 それはきっと狼にとって、不快なものにはなり得ぬと。
 怖いと思ったのも事実。
 それまで触れることもなかった、恐怖以外の感情を、あっけらかんと向けられて。
 そんな少女に僅かばかり、畏れを抱いたのも事実だけれど。

「おまえって、変」

「あはははははははっ」
 的確なご意見をありがとう。

 頭をぐりぐり撫でられて、でも感じるのは心地好さ。

「だっておまえはわたしの同類だもん」

「……え?」

「昔話をしてあげようか、狼君。傷が治るまでには終わるから」

 朱金の瞳と金色の瞳が交差する。
 互いが互いの瞳の奥に、たしかに自分と同じモノ、在ると認めたと感じとる。

「遠い遠い、神代の世よりも遠い昔に、生まれた最初の魂のおはなしなんだけどね」


 そうして優しく語られる――
 それは遠い昔の混沌と、はじまりの魂の物語。

 あぁ、勝てないなぁ、と。
 狼は思ったのだという。


  そうして。

 玖狼を狙ってやってきた天の追っ手を、少女がいともあっさりと追い返したことも。
 それを見た玖狼が少女を師匠と呼び出して、心底辟易させたことも。
 玖狼がその力を扱えるようになるまで、少女がいろいろと手を貸してくれたことも。

 彼女のもとから独り立ちした玖狼が、もう戦いはしないと云っているにも関らず、天の軍勢の一部が執拗に彼を追いかけて、瀕死の重傷を負わせたことも――
 逃亡の途中で、狼が人間の少女を拾ったことも――


 それは今このときから見るならば、遠い先の話だけれど。

 それさえも。

 記録していく記憶する
 狭間の果ての黄金の、拡がる先でつむがれる。

 それもひとつの昔話。


■目次■

玖狼と、賢者ことアルはこうして出逢いました。
もう少し先でのお話ですが、彼らの魂は同じモノから分化してるのです。
っつーか、幼い頃の玖狼さんてば、ガキだなあ...当たり前だけど(笑)
いったい何があって、あんな超越した人になっちゃったのやら。