創作

■目次■



 最初に逢ったときにはきっと、すでに惹かれていたんだろう。
 たかが人間のはずなのに、とてもきれいな力を持った、それは小さな女の子。
 うっすら感じた桜の気配。
 魔天楼のそれでなく、その子自身の持つ空気。

 はじめまして

 狐と狼に囲まれて、にっこり微笑ったその子の笑顔。
 今でもしっかり覚えてる。


【地球遊戯・閑話】
〜界境〜



 ひらり、ひらひら、ひら、ひらり。
 薄紅舞い散る楼閣に、今日は珍しく客人ふたり。
 魔天楼の誕生を、祝いにきたと酒持って、やってきたのは天の者。
 ずっとずっと遠い過去、玖狼は天と全面戦争したはずだけど、もはやここまで時経てば、お互いこだわる故も無く。
 むしろ妖たちのため、憩う場所を創ったことで、天の評判もずいぶんいいと、笑いながら客が云う。
「……阿呆」
 即座に客に突っ込み入れて、ぐいっと酒を飲み干して。
 傍に控えた女官がひとり、お代わり注ぐ素振りを見せるが、それは片手で制止して。
 にやりと狼、笑ってみせる。
「だが、おまえたちと逢うのにいちいち小細工をせんでもいいのは有難い」
「あんた、小細工苦手だしな」
 燃える炎の髪ゆらし、豪快に、笑ってみせるは阿修羅の王。
 炎の属性その身にいだく、阿修羅の四人の王の一。
「婆稚」
 その真横から手を伸ばし、たしなめにかかるもうひとり。
 風を抱いた阿修羅の王。
 婆稚と呼んだ同族を、ぽんっと軽くこづいて苦笑。
「なんだ、羅護?」
 ほろ酔い気分の婆稚王は、それでも笑みを絶やさずに。
「いいじゃねぇか、仏たちの、三千世界の、守護なんてやっちゃぁいるが、俺たちは有情なんだぞ?
 たまにはこれくらい羽目外させろよ」
「いや、王としての節度をだな――」
「あーうるせぇ」
 羅護の手にある杯に、どぼどぼ酒を注ぎつつ、婆稚が再び豪快に笑う。
「久しぶりの親友との再会だろうが、ちったぁうれしそうにしやがれっ」
 とうとう玖狼も乗り出して、羅護の首根っこ押さえつけ。
 がばりとその上から婆稚が、酒が溢れそうなほどひたされた、杯をぐいっと傾ける。
 無理矢理飲酒させられて、これも当然というべきか。
 ひとしきりげほげほ咳き込んで、うらめしげに狼と、同族見やるは阿修羅の羅護。
 それを眺めて楽しげに、顔見合わせて笑うのは、羅護をはめた玖狼と婆稚。

 ひらり、ひらひら。ひら、ひらり。
 舞い散る薄紅のけぶるなか、それはとても楽しげな、笑い声が響いてた。


「やぁ……楽しそうだねぇ」
 こちらは楼閣のほぼ真下。
 薄紅が地面に溶け消える、不思議な風景の見れる場所。
 魔天楼の殆どの場所、薄紅は地面に降り積もり、風に吹かれてまた天へ。
 だけど玖狼の住まう場所、この楼閣の周辺は、薄紅けして積もらずに。
 そうして地面に触れるか触れぬか、刹那の間もなく霧散して、そうして淡い霧となり、じんわり大地に溶けてゆく。
 すでに見慣れたこの裏庭で、のんびりのんびり手鞠など、ついて遊んでたらしい、少女が楼閣見上げて笑う。
 そこから少し離れた場所で、長椅子にゆったり寝転んでいた、子狐の変化した少年が、そうだねとうなずいてまた笑う。
 そうしてふたりから均等に、距離をとって離れた場所で、所在なさげに落ちつかなげに。
 佇んでるのは黒髪の少年。
「えーっと、修羅? おいでよ」
 狐がちょいちょい手招きするが、少年逆に数歩下がって。
 人見知りも極まれり、そんな感じの阿修羅の王子。
 見やって少女と子狐は、困ったように顔見合わせた。

 天の一族と玖狼。彼らはずっとずっと前、全面戦争したってことで、仲が悪いと思われがち。
 だけど阿修羅族の四人の王は、大戦の当時からなんとなく、玖狼に対して好意的。
 阿修羅の一族はもともとが、修羅道として血を好み、戦いを好むひとたちだから。
 そのへんが玖狼となんとなく、意気投合した理由じゃないかと。
 そうして。
 大戦終わって星がめぐって時が過ぎ。
 天と玖狼の諍いも、そろそろ時効となりつつあって。
 そうなれば仲の良い友だちに、逢いたくなっても当然だよな。
 炎の髪した阿修羅王、笑ってこどもたちにそう云った。

 大人は大人、子どもは子ども同士で遊べ。
 砂色の髪の阿修羅の王が、まだ目を離せないからと。つれてきていた小さな王子。
 お父さんの傍にまだ、居たそうなのは判ったけれど。
 玖狼とふたりの阿修羅王。
 めったに逢えない彼らの憩い、邪魔するわけにはいかないからと。
 綺羅と榊はうなずいて、修羅はふたりに云われるままに。
 そうしてここまできたのだけれど。
 榊が手鞠に誘ってみても、綺羅が椅子を勧めてみても、阿修羅の王子は戸惑って。
 仕方なく、しばらく様子を見ることに、決めてみたけどすでにもう、一刻半は時が過ぎ。
 さすがに少女と狐もちょっと、どうしたものかと困り顔。
 せっかく逢った王子様、いろいろ話も聞きたいし、一緒に遊んでみたいのだけど。
「榊、あれやろう、あれ」
 ぽんっと綺羅が両手を打って、榊のところにやってきた。
「あれ?」
 相棒の、いきなりのことばに驚いて。
 榊の手から手鞠が落ちる。
「でもあれ、お父さんからめったに使うなって云われてる」
「いいのいいの。これならきっと修羅もびっくりするよっ」
「びっくりしすぎて飛んで逃げないかなぁ……」
「ない、ない」
「それにこれ、預りものなだけだよ」
「別に使ったからって減るもんじゃないでしょー」
 顔の前で手を振りながら、能天気に笑う相棒に。
 つられて榊もいたずらっぽく笑い出す。
「そだね。やっちゃおうか」
 小さな阿修羅の王子様、彼らのほうを見てること。そっと横目で確認し。
 ゆぅらりと。風にそよぐ桜の木を、連想させて榊が動く。
 いったい何を始めたのかと、修羅がまじまじそちらを向いて。
 ――ゆぅらりと。
 世界の狭間が霞みだす。
「!?」
 ゆぅらりと。
 ひとつの境がほころんだ。
 くすくす、くすり。くす、くすり。
 華やかな笑い声響かせて、くるくるくるくる宙を舞う、薄紅色の半透明。
 それは人でも妖でもなくて。
 精霊と、それらを見る人は呼んでいる。
 ななつの最初の魂の、ひとつが砕けたそのときに、欠片から生まれた存在で。
 彼らは存在するだけで、世界を在らせる力を持って。
 妖といえどもよほどの力、持つものでなければ見えない存在。
「きれいでしょ?」
 呆然と、魅入られていた阿修羅の王子、不意のことばに驚いて、がばりと振り返ってみたならば。
 にっこりと、彼の傍ら佇んで、微笑んでいる少女と狐。
「……うん」
 その笑みに。
 どぎまぎしていた自分の心、ほんわか温かくなった気がして。
 修羅もゆっくり微笑み返した。
「どうしたの?」
 急にふたりの顔がひきつって、不思議に思って問うてみたらば。
 かさり、かさりとゆっくりと。
 地面を踏みしだく足音が。
 振り向き仰いだ修羅の視界に、映ったものは狼の化身と阿修羅の王。
 にっこり、にっこり、金の瞳が微笑んで。
 優しく息子と娘を呼んだ。

「……さかき、きら」


 次の朝。
 阿修羅の王子と王様たちを、見送りにやってきた少女と狐の頭には。
 一日たってもしぼまなかった、大きな大きなたんこぶが、それはどどんと堂々と、その存在を主張していた。


  世界と世界の狭間を揺らす。
  薄紅色の力となって、それは少女の内に眠ってる。
  世界と世界の狭間を揺らす。
  世界と世界の境界を無くす。

  世界と世界が融合する。

   世界と世界がが混ざり合う――それは混沌そのものになる。

     世界と世界の狭間を揺らす。
     薄紅色のその力、すべてを虚無に還そうと、望む者には大きな力。

     世界と世界の垣根を退ける。
     薄紅色の世界に眠る、薄紅色の小さな力。

       たゆたうを許されることのない、虚無に属するその力。


   天に神在りき 地に妖在りき その狭間に属するものに 狭間の力は寄越された


■目次■

ぴんく(笑) このページすさまじくピンクっぷりが炸裂してます(笑
そして、王子様と狐と小さな女の子は、こんなふうにして出会いました。
本当は、本編7より先にアップするつもりだったのですけど。
複線もあったことでしたし・・・まぁ、いいか