創作 |
※ くぅるりまわる、水晶球。 映し出すのは景色ではなく。 映っているのは蛇ではなく。 遥か時の彼方に浮かぶ、黄金に輝くひとつの環。 「無茶だと思うんだけどね……」 何者も存在すること叶わぬ、そこは場所とも云えぬ場所。 そこにゆぅらりたゆたうは、黒い髪の幼い少女。 眩しそうに目を細め、環の上ふわふわ舞っている。 しばしそうしていたものの、やがて意を決したように、環へと小さな手を伸ばし ばちッ 火花飛び散り弾かれて、少女の手のひら霧散する。 けれど痛みも感じないのかその少女、すいっと腕を一振りすれば、あっという間に手のひらは、何事もなかったように蘇る。 虚ろ宿した少女の瞳、悔しそうな色浮かべ。 ふっと環から視線を移し、水晶越しに『蛇を睨んだ』。 出来るわけもないのだが。 たしかに瞬間視線は交わる。 そうしてその刹那の間、視線に込められた敵意と殺意、たしかに蛇は受け取って。 それでもあえて、笑んでみせるは如何様な心根の為す故か。 「……無茶だよ?」 聞こえないと判っていても、再びそこにたゆたいだした、少女に届けとばかりに告げる。 「俺を脅しても、無駄。俺はただの番人だもん」 こんじきに輝く環、それは。 「君は君のそれ以外には触れることも出来ない。いや、他の誰も。誰も触れることは出来ない。 ――本来、それはすぐ傍に見えていることさえ忘れているんだからね」 「君ごときの干渉力で、すべてを揺るがすほどの変化をもたらすことが出来ると思うかい?」 悠然と、悠然と、ただただくるくる廻りつつ、ふりそそぐ黄金を吸収しつつ、 膨らんで、膨らんで、くるりくるくる廻りつづける。 「環を見つけきれたのは誉めてあげるよ。 でも、君が思ってるほど容易く変容させられるものじゃないんだ、それは」 ※ 「……判ってないなぁ」 降りそそぐ黄金に伸ばされた、少女の手のひら再度弾かれ霧散する。 「壊したいのならそのための黄金を降らせないと駄目だよ?」 時と世界の狭間に浮かぶ。 「人が運命の環とも因果の律とも呼ぶそれを。 在りとあらゆるものたちが、干渉の黄金を降らせるそれを。 君だけの力で直接どうにか出来るわけはないって――判らない?」 聞こえないと判っていても、蛇はつぶやくことをやめずに。 少女はなおも環に近づいて。 諦めるを知らぬのか、諦められぬわけがあるのか。 くすくす、くすくす蛇が笑う。 「滅びを望む究極は、在りしすべてを壊すこと? 過去へ未来へそして今。すべてを壊すに最上の手ではあるけどね」 記録している記憶する。 すべての魂の痕跡が、軌跡が黄金となって降りそそぎ、刻まれてゆく黄金環。 降りそそいでいる黄金は、吸収されて環となって、広がる先を形どる。 再び少女が蛇を睨んだ。 一度目は偶然? 二度目は必然。 うるさい。 虚ろな漆黒の瞳が告げて、深い緑の瞳は微笑う。 「――聞こえてたんだ?」 煩い。 「君たちにとって、在るものすべてはただうるさく、やかましいだけのものなんだろうね」 煩い煩い煩い。 「僕にはちょっと理解できないけど」 煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!!!!! 「君の声はうるさくないね。 むしろ消えてしまいそうな……聞いている相手をひきずりこんで消えてしまいそうな声だね」 煩い煩い!!! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!!! 「……無理だって」 蛇は再び笑い出す。 「その環がある限り、番人も消えることはないんだよ」 そうしてそっと水晶をなで、彼方を映していたそれは、もはや覗き込む蛇を映すのみ。 漆黒の瞳は虚ろに戻り、そして再びたゆたって。 手を伸ばすそのたびに弾かれていても、それでもなお。 ――また火花が散り。 くぅるりまわった、水晶球。 映し出したは景色ではなく。 映っていたのは蛇ではなく。 遥か時の彼方に浮かぶ、黄金に輝くひとつの環。 |