創作

■目次■


                                  ※

 くぅるりまわる、水晶球。
 映し出すのは景色ではなく。
 映っているのは蛇ではなく。
 遥か時の彼方に浮かぶ、黄金に輝くひとつの環。 

「無茶だと思うんだけどね……」

 何者も存在すること叶わぬ、そこは場所とも云えぬ場所。
 そこにゆぅらりたゆたうは、黒い髪の幼い少女。
 眩しそうに目を細め、環の上ふわふわ舞っている。
 しばしそうしていたものの、やがて意を決したように、環へと小さな手を伸ばし
  ばちッ
 火花飛び散り弾かれて、少女の手のひら霧散する。
 けれど痛みも感じないのかその少女、すいっと腕を一振りすれば、あっという間に手のひらは、何事もなかったように蘇る。
 虚ろ宿した少女の瞳、悔しそうな色浮かべ。
 ふっと環から視線を移し、水晶越しに『蛇を睨んだ』。
 出来るわけもないのだが。
 たしかに瞬間視線は交わる。
 そうしてその刹那の間、視線に込められた敵意と殺意、たしかに蛇は受け取って。
 それでもあえて、笑んでみせるは如何様な心根の為す故か。

「……無茶だよ?」
 聞こえないと判っていても、再びそこにたゆたいだした、少女に届けとばかりに告げる。

「俺を脅しても、無駄。俺はただの番人だもん」

 こんじきに輝く環、それは。

「君は君のそれ以外には触れることも出来ない。いや、他の誰も。誰も触れることは出来ない。
 ――本来、それはすぐ傍に見えていることさえ忘れているんだからね」

「君ごときの干渉力で、すべてを揺るがすほどの変化をもたらすことが出来ると思うかい?」

 悠然と、悠然と、ただただくるくる廻りつつ、ふりそそぐ黄金を吸収しつつ、
 膨らんで、膨らんで、くるりくるくる廻りつづける。

「環を見つけきれたのは誉めてあげるよ。
 でも、君が思ってるほど容易く変容させられるものじゃないんだ、それは」


         ※


「……判ってないなぁ」

 降りそそぐ黄金に伸ばされた、少女の手のひら再度弾かれ霧散する。

「壊したいのならそのための黄金を降らせないと駄目だよ?」

 時と世界の狭間に浮かぶ。

「人が運命の環とも因果の律とも呼ぶそれを。
 在りとあらゆるものたちが、干渉の黄金を降らせるそれを。
 君だけの力で直接どうにか出来るわけはないって――判らない?」 

 聞こえないと判っていても、蛇はつぶやくことをやめずに。

 少女はなおも環に近づいて。
 諦めるを知らぬのか、諦められぬわけがあるのか。

 くすくす、くすくす蛇が笑う。
「滅びを望む究極は、在りしすべてを壊すこと?
 過去へ未来へそして今。すべてを壊すに最上の手ではあるけどね」

 記録している記憶する。
 すべての魂の痕跡が、軌跡が黄金となって降りそそぎ、刻まれてゆく黄金環。
 降りそそいでいる黄金は、吸収されて環となって、広がる先を形どる。

 再び少女が蛇を睨んだ。
 一度目は偶然? 二度目は必然。
  うるさい。
 虚ろな漆黒の瞳が告げて、深い緑の瞳は微笑う。
「――聞こえてたんだ?」
  煩い。
「君たちにとって、在るものすべてはただうるさく、やかましいだけのものなんだろうね」
  煩い煩い煩い。
「僕にはちょっと理解できないけど」
  煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!!!!!
「君の声はうるさくないね。
 むしろ消えてしまいそうな……聞いている相手をひきずりこんで消えてしまいそうな声だね」
  煩い煩い!!! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!!!

「……無理だって」

 蛇は再び笑い出す。
「その環がある限り、番人も消えることはないんだよ」
 そうしてそっと水晶をなで、彼方を映していたそれは、もはや覗き込む蛇を映すのみ。


 漆黒の瞳は虚ろに戻り、そして再びたゆたって。
 手を伸ばすそのたびに弾かれていても、それでもなお。
 ――また火花が散り。

 くぅるりまわった、水晶球。
 映し出したは景色ではなく。
 映っていたのは蛇ではなく。
 遥か時の彼方に浮かぶ、黄金に輝くひとつの環。


■目次■