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 人を傷つけること殺すこと それらは罪なのだという

 理由はなぁにと問われても

 納得できるようには答えられない

 法律で決まっているからでも 神が罰するからでもない

 人類みな兄弟なんて、途方もないことを云う気もない

 ただ、痛いと思うから


 手のひらに乗るくらいの剃刀の刃を腕に当て、 ずっ と引いてみればいい

 皮膚がちぎれ、肉が削られ、赤い赤い血が噴出して

 断ち切られた神経が 痛みをあげる

 それだけで

 かすり傷だけでも痛いのです


 戦争を肌で感じたことはない

 テレビの向こうに写るそれに、現実味を覚えたことも

 おそらくないんだと思う

 大変だね、

 可哀想だね、

 知らないのによく云える 知らないからこそ云えるのか

 おびただしい血にまみれ、他人と自分のそれの区別もつかぬまま

 ただすべてが終わるまで、その道を歩くしかないことを

 殺さなければ殺される、そんな状況におかれることを

 知らないから、傍から見ているだけだから、

 そう、云えるのか


 腕が千切れ、足が飛び、身体の半分以上を削り

 そうして戦った人たちがいるということを

 そうして戦わせた者たちがいるということを

 無知の罪か

 確信の罪か

 正義は我らが頭上にありと

 信じさせるしかなかったのか

 信じて選択から逃げたのか

 人を殺してこそ正義だと

 自分でも耐えられるかどうか、そんな痛みを負わせることを

 それさえも感じられなくなる、永遠の眠りを押し付けることを

 それを正義と彼らは云った

 法というもので禁じておきながら、それを行使させた彼らは云った


 そのときの真実を 後に生まれた人々は知らない

 知る者ももはや多くなく 語られる、虚構と真実の境は何処に?


 それでも・ただひとつだけ

 自分が傷つくのは嫌で 自分が殺されるのは嫌で

 だったらそれは、生きようと思う者たちが、すべて願っていることではないかと

 それを一方的に途絶えさせるということは 横暴であり独断であり、そしてやはり罪ではないの?



 動物は殺して食べているのに、そう云うことはただの偽善だと云うけれど

 そんなことは判ってる

 だけど生きていこうと思うなら、それを罪だと云うのなら、否定はしないし受け入れる

 だって当然のことでしょう

 そうしなければ、生きていけないというのなら


 見栄も欲も外聞も、この身を覆う余計なものを

 すべて取り去ってしまうなら、そこに残っているのはきっと、ただ生きようという気持ち

 ただそれだけになるんじゃないの?






 剃刀を、腕に押し当て ずっ と引く

 皮膚が千切れて肉は弾け、断ち切られた血管からは、赤い赤い血がほとばしる

 それを拒むというのなら

 それを押し付けてもいけない

 それを与えると云うのなら いつか等しく同じだけの

 それを受けるということを

 覚悟しなければ、ならない



 この胸に、頭に刻まれたのは、生きようとするその意志を

 絶つというのは罪だということ

 貴方たちの教えじゃない

 人がみな兄弟でなくても たとえ神が罰せずとも法がそれを禁ぜずとしても


 この痛みがそう告げる
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ある日、本を読みました

             ―その感想です。