変身真似っこ自由自在。
色彩変換、姿は同じ。
姿を映させたら並ぶ者はいないと云われる、それが、霊界集落狭間の領域は双子水晶と名のつく一角に鎮座ましますマネマネ師匠だ。
だがしかし。
そんな師匠にも映し出せない――映すには、ちょーっと気が進まないなあ、という相手は確かに存在しているのである。
たとえば、白い陽炎の彼女。
「あら。わたし、別にかまいませんよ。面白そうだもの」
「いやいやいや。ワシが破裂するから」
たとえば、銀色の元大悪魔。
「娯楽に飢えているのも本当ですので、八つ裂きにしたりはしませんが?」
「いやいやいや。ワシが耐え切れんから」
たとえば、今はちびっこな魔公子。
「そういやテメエ、勝手にオレの魔力読み取って使い回したってな?」
「や、あれは緊急事態じゃったから。頼むから槍しまってくれんかのう――ちなみに写し取るのは元来で無理な。ワシ死ねる」
たとえば、ルヴァイド。
「……まあ……いかんともし難き理由があるのであれば、承服せぬこともないが……」
「んー。いや。おまえさんの養い子が背後で必死に首振ってるからやめとこ」
たとえば、アメル。
「え!? 出来ないんですか!? 私、楽しみにしてたのに……!」
「はははは、そこで剣構えてるドリーマー天使さえいなけりゃ万事オッケーだったんじゃがなー」
たとえば、レオルド。そしてヴァルゼルド。
「機械ノ映シトリハ、出来ナイノデスカ……」
「そうなのであります。自分は一度でいいから写し取られてみたいのでありますが、何度お伺いしても――――くうっ」
「だってボディ無機物じゃし。フォルム直角じゃし。難しいんじゃい」
たとえば、レルム村の双子。
「……なんで!? ロッカもリューグも一応普通の人間ですよ!?」
「おい。待てコラ。一応ってなんだ」
「僕たちは生まれも育ちもれっきとした一般市民なんですけど」
「いや村民」
「揚げ足とるんじゃない」
ビシィ。
背後に控えし赤青双子を指して叫ぶと、それぞれ的確かつユカイなツッコミをかましているふたりを視界にいれたまま、マネマネ師匠は「はっはっは」と笑う。
入代わり立ち代わり、が次々に連れてきては写し取れるかどうか確認した(出来るものは実際映してしまったりもしつつ)そんなやりとりも、これが最後の一組だった。
最後の最後にこんなオチがついたのは、単に偶然そうなったというだけのことだろう。
だろうが――だからこそ、偶然とはおもしろいのだと、マネマネ師匠は思うわけだ。
「でも、本当にどうしてですか? トリスやマグナは映せたでしょ?」
「なあおい……おまえ、まさか全員ここに連れてきてたのか?」
そうだけど? と、なんら後ろ暗いところなく頷くを見て、赤青双子はげんなりと顔を見合わせている。
ただ、それは呆れの色が多分に濃いだけのものだ。現にどちらも踵を返そうとしないあたり、それまでに築いたものの大きさが伺える。そういう意味では、これまで彼女が引き連れてきた誰も彼もが、そんなふうに暖かな、強い何かでもって繋がり合っているのはよく判った。
――どんな物語がそこにあるのか、師匠は知っている。
がでいなければならなかったとき、その手助けをしたときの副産物だ。自分から話すつもりは、ないけれど。
「……休暇ですし、時間はありますし、――でも全員案内して全員送ってきたんですか」
そのバイタリティはどこから来るのか、師匠ならずとも不思議でしょうがないらしい青いほうが、こめかみ押さえつつつぶやいた。
「もちろん」
と、やっぱりここでもはうなずく。
「だって島の地理、みんな詳しくないでしょ。一度は案内が要るじゃない」
「……」
「……」
顔を見合わせる赤青双子。
「。ツッコんでいいか?」
「まさか、“全員”“一度は”“連れて”“島を一巡り”したんですか?」
「うん」
それがどーした。なんて云わんばかりの表情で、あっさりきっぱり三度うなずく誰かさん。
どうでもいいけど話がだんだん逸れてきてるなー、なんて思いつつ、面白いから眺めてる誰かさん。
背負ってる大剣の重みが数倍にもなったような表情で、赤いほうが肩を落とした。
「……おまえのほうが、よっぽど、人間離れしてるぜ」
「何それ。失礼な。あたしは魔剣抜いたり変身したり機械魔と融合したりロケットランチャー発射したりなんて出来ないよ!」
「さんの場合、一見何の変哲もない女性ですから、よけいに性質が」
「うっわ、ロッカひどい! それが花のヲトメに対して云うセリフ!?」
「“乙女”のアクセントがそんななってる時点で論外だって気づけ」
「意識してかせずか判りませんけど、相変わらずですね。そのあたり」ところで、と、青いほうが微笑んだ。「乙女回路の充電はまだかかりそうですか?」
……
「どっちが云ったのそれ」
にっこりにっこりにっこにこ。
晴れやかしく輝かしく、背後にはディエルゴにさえ匹敵しそうなオーラを背負って青いほうへと詰め寄る。
「あはは。どっちって、どこのどっちさんですか?」
「ふふふふふ。ロッカもたいっがい、いー性格極まってきてるよね」
「何云ってるんです。さんこそ記憶喪失中でさえ垣間見せてた肝の据わり方に貫禄が出てますよ」
「お褒めに預かり感謝しますわ。てゆーかロッカ、その腹黒っぷり、ちょっとはリューグに分けてあげたら?」
「はは、こいつは素直がとりえなんですから、その持ち味を奪っちゃかわいそうでしょう」
「ふふふふふふふふ」
「はははははははは」
「……帰っていいか、俺」
「おうい、またディエルゴ出るぞぅ?」
ごごごごごごごご。
岩文字で出来たおどろおどろしい描き文字が乱舞するカオスな空間へ、赤いほうが力なくつぶやいた。なんかいろいろ苦労してるらしい。
助け船をと思ったわけでもなかったが、とりあえず、師匠も声をかけてみる。
“ディエルゴ”と、その一言が効いたか、まずが、ぱちぱちとまたたきしてオーラを引っ込めた。
「おっとっと」
だめだなあ、なんかノリがよくなっちゃって。
後ろ頭に手をやり、宙を仰いでつぶやく仕草は、まあ、素直にかわいらしいのだが。そんな彼女が軍人で白い焔を操り悪魔王しばき倒し時間旅行かまし魔剣継承者はっ倒したとは、いったい誰が想像できよーか。
ま、この島の先生たちだって、最後の一項目及びに先ほど述べたディエルゴを吹っ飛ばした経歴もちなので似たり寄ったり。
――うむ。類は友を呼ぶ。
ちなみにマネマネ師匠は賢明にも、己が類であり友であることを、よーく自覚していたりする。
認めつつも認めたくない気持ちがちょっぴり残ってるらしい赤青双子とは、そこが一線を画しているのであった。
「ノリですますなよ」
完全に疲れきった表情で、赤いほうがぽつり。
右から左にそれを流したはというと、
「まあ、認識の相違についてはおいとくとして――えぇと、師匠」、改めて。「こっちがロッカでこっちがリューグ」
「うん。最初に逢ったときも教えてもらったな」
示される順に頷く双子へと、マネマネ師匠は笑いかける。
「仕切りなおしで初めまして。ワシは、マネマネ師匠って呼ばれてる。長い名前だから、てきとーに愛を込めて“まーちゃん”とかでもいいよ」
途端、ちょっぴりビミョーな表情になったの視線を、さらりとスルー。
「……いえ。普通にマネマネ師匠と呼ばせてもらいますから」
数秒ほど沈黙したのち、青いほう――ロッカが苦笑しながらそう云った。赤いほうことリューグも、こくこく。
そうして話はやっと、軌道修正のきざしを見せた。
「それで。どうしてロッカとリューグは駄目なんですか?」
判らないなあ――疑問符どっさり発生させて、が再三問いかける。
うん、と師匠はうなずいて、双子をそれぞれ指し示した。
「だって、この子ら、映した姿がもう、判りきっちゃってるもん」
『…………』
ロッカとリューグ、それに。
三人は三人を振り返り、ふたりは相手を、ひとりはそんなふたりを、じぃ、と凝視して沈黙した。
赤と青。向かい合う色彩。
彼らが知ってるかは知らないが、赤髪のレックスとアティを模した場合、師匠が選ぶのは青系統の色合いだ。の場合は眼の色も印象的だったから、そっちと取り替えてみたけれど。
ミニスという小さな子は、桃色よりの紫。
ケルマという熟女さんは、黄土よりの緑。
ね。
師匠だって、いろいろ、考えてみたりはしているのだよ。
「えー!?」
そしてあがるブーイング。
「いいじゃないですか、別に! 赤いロッカとか青いリューグとか、そんでふたりがお茶目な師匠っぷり満点に踊る姿見てみたいですし!!」
色選びにくいならいっそレインボーカラーでも!
「おまえ、なんてこと考えてやがるっ! 冗談じゃねえぞ!!」
「要するに――往復を繰り返すバイタリティは、面白いもの見たさから出てたんですね?」
ナイス洞察力を発揮するロッカ、拳を握りしめるリューグ。
「勿論! でなくちゃ頑張れるわけないじゃない」
「頑張るんじゃねえッ!!」
堂々と胸を張るの頭から、平手による景気のいい音が発生した。
「あっはっはっはっは」
どう軌道修正しても漫才に転がる彼らの会話に、マネマネ師匠はとうとう腹を抱えて笑い出す。
それがますますあちら様のやりとりを激化させると判っていても――いや、判っているからこそ、といっても意図しなくたってやっぱり笑っちゃうのだが――双子水晶に陣取る写し身さんの爆笑は、相当の時間、つづいたのだった。
ここは忘れられた島。
霊界集落狭間の領域、その一角にある“双子水晶”。
相似・対照が存在出来るのが同時にふたつまでだという決まりごとは――さて、いつごろ彼らに告げられることになるのやら。
「三つ子が来たらどうなるんです?」
「誰かひとり水晶に食べられちゃうんじゃよ」
「……え?」
「あっははははは、うっそーん☆」
「…………」
――――さて、真実や如何に。