セルボルト。
彼らがその名を持つということを知るのは、ここ最近まで、サイジェント南スラムにあるフラットの面々と、騎士団の極一部。そして聖王国のさらに極々一握りであった。
それは、召喚師の家名にして、蒼と金、双方の派閥より忌まれる名であった。
――オルドレイク・セルボルト。
無色の派閥の大幹部。
かの男が引き起こした事件は、おそらく、両手の指を用いてもなお足りないほどの数、存在しているに違いない。
ここ、忘れられた島もまた、その被害を被った一箇所。
島に暮らす人々は、無色の派閥の被害者。
――決死の思いで自らの家名を告げた彼らへ返されたことばは、
「そりゃあ――難儀だったろうなあ」
とか
「あれが父親だったの? よく持ち直したわね」
とか
「良い御友人と巡り会われたのですね」
とか
「セルボルトなら、サプレスに縁が深いですよね? よければ今度遊びに来ませんか?」
とか。
……なんでだか、とっても、友好的なものばかりだったりした。
――――なんでだ。
そんな護人たちの反応に始まって、島のひとたちのそれも、なんだか似たようなものばかり。
はじめのうちこそ遠慮してはいたものの、それでも好奇心には勝てず島の散策をしていると、笑顔で挨拶をかけられるのが多いこと多いこと。そうしてくれる誰も彼もが、無色の派閥のつくった装置によって、強制的に召喚された者たちばかりだというのに。
……ちなみに、知る者こそ少ないが、同じくオルドレイクの息子であり彼らの半分兄であるバノッサに云わせると、
「あぁ? なんで俺様が一々、ヤツらに悪ィとか思わなきゃいけねェんだ。脳天気のほほんとしてんだから気にする必要ねぇだろうがよ」
そのあとに曰く、辛気臭いツラして恨み言ぬかしやがったら蹴り飛ばしてたがな。だそうだ。
その場でこそ注意を促しはしたものの、そんなことする可能性が低いのは、彼らもよくよく承知している。――なんだかんだで、カノンの前例をとっても、はぐれた存在にはなけなしの優しさを見せてしまうのが、バノッサという人間なのだ。
正面から云ったら斬られるけど。
「……時間のせい、なのかなあ」
ぽつりとカシスがつぶやいたそれを拾って、「何がですかっ?」と、彼女のつくる花輪が完成するのをうきうき待ってたマルルゥが応じた。
「うん。――そのさ、ボクたちがセルボルトだってことなんだけど」
「どうして、皆さんは許してくれているのだろうと――」
闊達としゃべる普段の調子がなりをひそめたカシス以上に、クラレットがおずおずと告げた。
「はや?」
それを聞いたマルルゥは、きょとん。目を丸くしてふたりを見つめる。
直後彼女は、
「――それは、許すも許さないもないのですよ!」
なんて。晴れやかに。
たとえば親友な誓約者たちとか。たとえば元気な聖王都の調査隊代表とか。――二十年前にこの島で、彼らの父親とドンパチ繰り広げたらしい通りすがりのフラットの味方とか。
真っ直ぐ、強く、軽やかに。
灼熱のお茶はとうに胃の腑、剥いだかさぶたの下には真新しい皮膚。
過ぎたことは過ぎたこと、それより何より今は今。元気に楽しくいざ先へ。
そんな感じの、笑顔をくれた。