【そして忘れられた島で】

- 鬼の子 -



 じっ、とカノンを見つめていたミスミが「――ふむ」とつぶやいたのは、周囲の数名がそろそろ痺れを切らしかけた頃合い。
「間違いないな。そなたの父御は、鬼神。おそらく、建御雷の血に連なる者じゃ」
「たけみかずち?」
「うむ。存在自体は昔話だが、その血を受けた鬼神のひとりが、この者の父親であるようじゃ」
 見て判るものなんですねえ、と感心するに、ミスミは微笑んで説明する。けれどすぐに、その表情はいたましいものに変わった。
「――その者、たしかはぐれであったやもしれぬと?」
「あ、はい。ボクを生んでくれたひとは、そう云ってました」
「……ここでも召喚術の問題か」
 縁側に腰かけていたフォルテが、苦い顔になる。
 あんまり関係なさそうな彼がどうしてここにいるのかと云えば、それは、この場をつくったのがケイナだからだ。
 カノンが、ケイナをシルターンの巫女と見て、父親について何か知りたいと相談したところ、自分では無理だけれど――と、ここ、ミスミの御殿へやってきた次第。
 キュウマやとまったり茶をしばいていたミスミは快くそれを快諾し、そうして冒頭の発言に至ったというわけだ。
「この場合、責められるべきは召喚師本人よね」
 はあ、と、ため息ついて、そのケイナもつぶやいた。
 喚んだあとに放置したにせよ、実力の伴なわない相手を喚んで抵抗されたにせよ――そう付け加えて。
「ですが」
 そこに、少しバツが悪そうに、キュウマが告げた。
「鬼神は荒ぶるものであり――故に、貴方がたでは考えられぬほど粗暴な方も存在するのはたしかです」
「故にな。召喚師の制御を外れたが最後、狂っておらずともそのような暴挙も起こる――きちんと祀っておればこそ、彼らは神として在り得るのじゃ」
「……そうですね。ボク、よく判ります」
 そっと胸元を押さえ、カノンがうなずいた。
 理性吹っ飛んだ彼を見たことのあるもまた、追随して首肯する。
 ハーフであり、血が薄いはずの彼でさえ、あんな力を発揮するのだ。なんら制約のない、純粋な鬼神であれば、その強さどれほどのものか。
 ――鬼神といえば、たしかカイナが召喚術としてガイエンの助力を得ていたけれど。あれもやはり、彼女ならではのものなんだろう。
 とか考えたところで、はふと、その姉であるケイナへと視線を向けた。
「何?」
 弓を使う者は視界を広く持ってないとやれないのか、彼女はすぐさまこちらに気づいて向き直る。
「――や。鬼神は巫女さんが祀るんなら、カイナさんがカノンさんのこと祀ったらいいんじゃないかなーとか思ったんですけどバノッサさんが許しませんよねあはは気にしないでください」
 答える途中で美白魔王が脳裏をよぎったおかげで、は早々に己の発言を軌道修正する羽目に陥った。
 彼の暴れっぷりを知ってるフォルテとケイナがうむうむ頷く傍らで、ミスミとキュウマは疑問顔。たしかに剣呑そうだが、そこまで云われるものなのかとか――知らぬが花ってこのことだ。
 くすくす、零れる笑い声。発したのはカノン。
「あはは。ボクも、堅苦しいのは苦手ですよ」
 バノッサさんには負けますけど、これでもスラムで長いこと暮らしてきてるんですし。人好きのするにこやかな笑顔で云われて、「だよね」とは改めて頷いた。
「話を伺うに、哀しいことも多かったようじゃが」、
 そんな少年少女を心地好さげに眺め、笑みをたたえたミスミが告げる。
「鬼神は、我らの祖であり我らの誇り。――その血を濃く持つおぬしに出逢えたこと、わらわは深く感じ入っておるよ」
 疾風の鬼姫。
 風雷の郷のまとめ役、ふたりと出まいと称された、豪雷の将を支えた女傑。
 そんな彼女の心からのことばに、カノンは、

「――ありがとうございます」

 まごうことなく、己の血と身に誇りを持って、輝くような笑顔で応じた。