(1)
「……ほう、そんなに素晴らしい蕎麦なのですか」
「うん。シオンの大将以上に美味しいお蕎麦屋さんって、あたし知らないもの」
「むう……その者、今回の隊には加わっておらなんだのか」
「オイラも食べてみたかったー!」
「あはは、何かと忙しい人だから」
「そうなんだよな。だいたい、こっちの屋台だって神出鬼没でさ。……いったい、いつ寝たり休んだりしてるんだろうなあ」
「こないだも、お弟子さんのアカネさんが“お師匠知らないー!?”って駆け込んできたんですよ」
「……三日……探しきれなかった、って」
「――なあ、キュウマ?」
「おぬし、耳が痛くなりはせぬか?」
「……意地がお悪くなられましたね、ミスミ様、スバル様」
「ふふん。あれとこれに懲りたら今後も無闇に心配などかけぬようにすることじゃ」
「そうそうそう!」
「「「心配??」」」
「ああ、違う違う。違うの。シオンさんに限っては心配いらないのよ」
「え?」
「とても確りした人ですから。なんていうか、心配りの人なんですよね」
「弟子には厳しいみたいだけどな」
「――キュウマ。爪の垢でも飲ませてもらってきたらどうじゃ」
「己の未熟さは痛感しています」
「でもさでもさ、三日って何?」
「アカネお姉ちゃんが、大将さん、見つけるまでの……無制限、かくれんぼ、……サバイバル、だったんだって……」
「一日見つけきれないごとにペナルティ。たとえば、蒼の派閥の建物無料清掃ご奉仕とか」
「だだっ広いてのもあるけど、あそこの空気ってアカネさんみたいな人には辛いよね」
「ボクも苦手です〜……」
「で、見つかったのも半分は大将がヒント出してたからだったらしいよ」
「たぶん本気で隠れてたら、一生見つけきれなかったんじゃないかな」
「なんかシノビの鑑だよね」
「むしろ、かくれんぼのプロ!」
「……」
「……」
「キュウマお兄ちゃんも……かくれんぼ、上手?」
「お上手ですか?」
「……その期待に満ちた眼差しがおそろしいのですが」
「おう! キュウマ上手だぞ! が見つけてくれなかったら、絶対出てこなかった!」
「じゃのう」
「……かくれんぼ……」
「お上手なんですか……っ!」
「あはは、ハサハもレシィも、すっかり遊びモードだなー」
「日が暮れるまでに戻ってくればいいから、行ってらっしゃい」
「スバルもな。客人を遅くまで引き止めるではないぞ」
「判ってるよ! それじゃパナシェとマルルゥも誘って――」
「あの」
「なんじゃ」
「自分はこれから修行が」
「これも修行じゃ」
「まったく違うと思いますが」
「いいや立派な修行じゃぞ。いつか子を持ったときのためにじゃな」
「――ミスミ様ッ!」
「おーいキュウマ、早く早くー!」
「かくれんぼ……♪」
「…………」
「よいではないか。子供の遊びには保護者も要ろう。これはわらわの命令じゃぞ?」
「……かしこまりました」
「……シオンさんもさ、誰かに仕えてたときってあんな感じだったのかな」
「なんか想像出来ないねー」
「あ、でも、子供の扱い手慣れてるっぽいのって、やっぱそうなのかも」
「あはははは、云えてる」
――なんてやりとりの同時刻。
ここより遥か海の彼方、聖王国の何処かで、お蕎麦屋さんが小さなくしゃみをしてましたとさ。
(2)
「ふむ。坊主は変わらんのう」
「……………………」
「何絶句してんのよ」
「ぜ」
『ぜ?』
「絶句もするよっ!? だって全然――!!」
「そりゃ、普通に島の外で過ごしてればそうなるってば」
「世は無常というやつじゃな」
「……そ、それにしても……変われば変わるモノ、よねえ」
「てゆーか、折角喚んだんだからもう少し喜んでほしいんだけどな、俺としては」
「アタシ、むしろ、それが実現したってことに驚いてるわ」
「……まあ、さんの例もありますし、不可能でないのははっきりしていたわけですが……」
「誓約者バンザイだね☆」
「俺、抜剣者より誓約者になりたかったかも」
「寝言は寝て云え」
「ウィゼル殿……自分は一度、貴方と刃を交えてみたいと思っておりました……ッ!」
「うわー、キュウマさんめっちゃくちゃ無念そう」
「あたしがぶん取っちゃったもんなあ、あのとき……」
「あ。病魔はもういいんですか?」
「うむ。無色の乱が終わった後にな、カイナという巫女がわざわざワシを探して出向いてくれたんじゃ」
「そうですか……よかった」
「なんでも、“まーちゃん”とかいう者に頼まれたとか」
「ごふッ」
「うん? どうした、咽て? ワシが何か云うたかの、エトランジュ?」
「にゃ―――――――――!!!!!! それ以上云ったらいくらウィゼルさんでも殴る――――!!」
「ほっほっほ」
「エトランジュって、そういえば」
「ミニス、何か知ってるのかい?」
「モーリンは知らない? ほら、ファナンの議会で役を持ってる家のひとつが、無類の猫好きなの」
「……あー。いたね、そういや。ユエルがいっぺん攫われかけたってね」
「ユエル、猫じゃないのにねえ……あの耳が間違われやすいのかしら」
「で、その猫の一匹が、エトランジュって名前なの。なんでも、いつからかどこからともなく伝わった伝説の勇者の伝承歌からとった――――」
「ウィーゼールーさぁぁぁぁぁぁん―――――――――!!!?」
「ほっほっほっほっほ」
「……どうしようか。なんか、出る幕ないね」
「ウィゼルさんにお礼云いたかっただけ、なんですけど……」
「諦めた方がよろしくてよ、先生。手を出せば報いは己に返りますわ」
「それより、名前さえちゃんと判ってれば召喚出来るって事実の方が、俺は怖いぞ……」
「……それは考えちゃいけないことよ、フォルテ」
どうやら、このなかで常識人なのは、最後のふたりだけらしかった。