【そして忘れられた島で】

- 着物 -



「おう、よう似合うよう似合う」
「……」
「うむ? うむ、気に入ったのなら持って行ってよいのじゃぞ」
「……♪」
「そうか、嬉しいか。わらわも娘が出来たようで嬉しいのう」

 和気藹々たわむれるミスミとハサハが作り出す雰囲気を、春の野のようだと評するならば。

「うーん、さすがアヤ。和服似合うね」
「そんな……ナツミちゃんこそ」
「うぎゅっ。ア、アヤ、帯、力入れすぎ……!」
「あ、ごめんなさい!」

 るんるん♪ と擬音飛ばして着付けを進めるアヤとナツミのはしゃぐ様は、さながら初夏の涼風か。
 でもって、

「う〜ん……」
「ケルマさん、どうしたんですか?」
「……きついんですのよ」
「……そうでしょうね」
「パッフェルさん。この帯、もう少し緩くなりませんこと?」
「えぇ? ……それは難しいですよ〜。緩めるとはだけやすくなっちゃいますですよ?」
「……」
「ね?」
「そうですわ! はだけた色気でカザミネ様を……!!」
「バカ!! みっともないからやめてよケルマッ!!」
「ふ……ぺったんこチビジャリの遠吠えがどこからともなく聞こえますわね」
「な――――!」
「ミニスこら待てシルヴァーナ禁止――!!」

 ……論外。


 さて、ここまで来れば判りきってることだろうが、今一行が――女性陣がいるのが、風雷の郷はミスミの御殿。
 大人数を迎え入れてなお余裕のある広めの一室からは、きゃわきゃわと、賑やかな声が、傍を通りかかる郷人の表情を弛ませていた。
「ああ、こんなことならカイナもつれてくるんだったわ……」
「そうですね、おそろいで喜びそうですよね」
 本式のそれではないが、シルターンに伝わる巫女装束を模して作成されたのだという衣装をまとったケイナの嘆きに、しみじみ頷くアメル。
 そんな聖女が身に付けているのは、白と薄い青を基調にした少し裾広がり気味の着物だ。やや華やかに結われた帯は、どこかしら、彼女の持っていた羽を連想させる。
「何、それなら対である故、持っていくが良い。どうせもう袖を通す者もおらぬのじゃから」
 そうして、なんとも太っ腹なミスミのことば。
 彼女はそのまま、着物まとう一行を見渡し、ひとり一〜二着程度なら、気に入ったものを持って帰ってよいと改めて宣言した。
 同時にわきかえる一行。
 だが、衣装箱を漁るような人物はおらず、各々、現在自分の身につけている着物を嬉しそうに見つめたり、撫でたり。気に入ったものを最初から選んで試着しているのだから、それも当然である。
「モーリン、いいな。結わえられるだけの髪があって〜」
 あたしなんか、頭が着物のボリュームに負けてるんだもんー。と、もし兄弟子や口の悪い某護衛獣がいたら、「頭だけか?」なんてツッコミ受けそうなことをぼやくトリス。
 矛先向けられたモーリンは、「そんなもんかねえ」と首を傾げている。
 と、そこに、
「そうでもないですよ〜」
 にっこにこ笑いながら、パッフェルが割り込んだ。手に持つは、色とりどりの簪や櫛。
「こういうので飾ってもいいですし、ちょっと付け毛をご用意すれば、結構見違えるものですよ」
 云いながら、お試しとばかりに数本選び出し、慣れた手つきでトリスの髪を飾っていく。ケルマの着付けも手伝っていたし、そういうバイトもしてたんだろうか。
 そこから少し離れた場所には、ミニスとハサハが並んでいる。
 金髪に赤系の着物をまとうミニスと、黒髪に紺系の――といっても普段のそれではなく、ミスミが見立てた一品だ――をまとうハサハ。並ぶふたりは、なんともかわいく愛らしい。
 背丈がちょうどつりあうこともあって、ふたりは、活発さんと無口さんながらそれなりに、ああでもないこうでもないと、お互いの仕上げに余念がない。
 さて、そんなハサハを先ほどまで満足そうに見ていたミスミはというと。
「……なんか真面目にぴったりすぎて怖いんですけど」
「元々、着物はそれなりに余裕があるからの……いや、だがしかし、これほどとは」
 何故か困惑顔で己の着物を見下ろすと似たり寄ったりの表情で、同じく、己で仕立てたはずの着物を凝視していたりする。
「マネマネ師匠て、お役立ちですよね」
「こらこらちゃん。女の子として、その感想はどうかと思うわよ〜?」
 にゃっはははは。
 ひとり、名も無き世界云うところの中華風衣装に身を包んだままのメイメイが、独り言を耳ざとくとらえて笑う。
 どうして彼女が試着に参加してないかというと、お団子解くのが嫌だとのこと。正直、あの髪型はちょっぴし着物にミスマッチ。おまけに、人前で服脱ぐのもあんまし好きじゃないんだそうだ。
 ま、そのへんは、謎の人物だからしょうがないのである。そういうものなのである。
 ともあれ、話しかけられたは、くるりとメイメイを振り返った。
「女の子として?」
「だって、ほら、スリーサイズ知られてるってことじゃない〜?」
「「……うっ!?」」
 不在の間にミスミが仕立てたの着物。
 仕立て途中の合わせに付き合ったのは、誰あろう、翠髪ことマネマネ師匠だったのだ。そんな会話を聞くともなしに聞いていた周囲の一行が、ばきっと音をたてて硬直した。
「?」
 ――ハサハ除く。
 すりさいず? と呟く子狐を余所に、女性たちはどぎまぎと視線を交わしている。
「え、そ、それはちょっと」
「やややや、やだなあ……?」
 年頃の乙女筆頭たるトリスとアメルが顔を見合わせた横で、カシスとナツミがそうつぶやけば、ケイナもちょっぴり頬を染めて苦い顔。アヤとクラレットに至っては、ゆでダコめいて真っ赤になってしまってる。
 マネマネ師匠の姿写し能力については皆さん周知のことなのだが、まさかそんなオマケがあるとは、考えていなかったのだろう。実際だって考えてなかったし。
 というか、
「なんだい、みんなして。別に知られて困るもんでもないじゃないか」
「そだよ。師匠そういうの気にしないし」、それに、と、追加。「いちいち計ったりしないって。あたしたちだって、計りもしないで今何センチかなんて判らないでしょ」
 男前なモーリンに便乗して云いながら、は、それに、と心の中でもうひとつ追加。
 ――それに、あたしの場合は、まるっと着ぐるみになってもらったことがあるしなー。
 まあつまるとこ、正確性で群を抜いている理由って、そういう理由もあるんじゃなかろうか。こんなこと話したら、嫁入り前の女の子が! って騒がれそうだから云わないが。
「そうですわよ。胸ごときで一々騒ぐなんて、淑女のすることじゃありませんわ」
「ケルマ。胸誇示しながら云われても説得力ない」
「失礼な! 胸元がきついから緩めているだけですわ!」
 ぽつりとつっこんだミニスの声に、むっとした顔で云い返すケルマ。彼女の手はことばどおり、ついさっきパッフェルによって着付けられたそれを弛めんと、ぎこちなく動いていた。
 ――って。
「あ、ケルマさん! 不用意に解くと全部……!」
 いち早く気づいたアヤが、あわてて叫ぶが遅かった。

 はらり、

 ケルマが着物に不慣れなのもまずかった。
 ぶきっちょかつ大胆な彼女の手は、いったいどこをどーいうふうに緩めたのやら、そのときすでに、襟元どころか帯までも、役目を果たさなくさせてしまっていたのである。

 んで。

「きゃああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ――――――――!!!!」

 風雷の郷にはトーゼンのごとく、淑女の金切り声が響いたのだった。
 その絶叫は郷中に届き、大気を震わせ梢を揺らし、飛ぶ鳥を落とすほどのものだったと、そのとき神社の境内にいて鼓膜を一時的に麻痺させられたキュウマによって証言されることとなる。

 折角の着物試着会が、その後、てんやわんやの騒ぎに終わったのは、云うまでもない。
 ……ところで何故試着会かと。
 問われるならば、それはまた、別の話で答えとなろう。