――それが、たとえ、はかない夢でも。
――それが、たとえ、いつか消える幻でも。
ただ、今、こうしていることが。
とても……
そのふたりを見つけたのは、アティが最初だった。
「あ」
隣を歩いていたレックスが、その視線を追った。
「あれっ」
それから、アティとレックスは顔を見合わせて、小さく笑った。
森を抜ける道から、少し外れた辺り。
木々の作り出す影と太陽の光が、ほどよく交じり合った優しい陽だまりに包まれて。
赤い髪の女の子と、黒い髪の男の子が、仲良く眠りこけている。
女の子の名前は。本人曰く。
男の子の名前はイスラ。本人曰く。
は、名前以外を明かしたがらない迷子。
イスラは、名前以外を思い出せないでいる迷子。
そんなふたりは、どうやら、イスラが島に流れ着く前から顔見知りだったらしい。
彼をかついだレックスを見たときのの驚きようったら、それはもう大きかったから。
が云うには、船に連れ込まれる前の、例の港街で世話になったんだそう。
勿論、記憶喪失のイスラは覚えてないと云っていたけれど。
・・・でも。
迷子同士気が合うのか、ふたりはなんとなく仲がいい。
ラトリクスにお見舞いに行く回数ナンバー1はだし、イスラもそれを心待ちにしてるんだそうだ。
そう、クノンから聞いた。
なんとなく足を止めて、アティとレックスは、眠り続けるふたりを眺める。
木に背中を預けたの肩に、イスラの頭が乗っている。
赤い髪がところどころ、黒い髪に散らばって、溶け合って、なんだか不思議な輝き。
「――気持ち良さそうですね」
「うん。昼寝って、元々気持ちいいもんな」
それに加えて、この環境。まさに昼寝しろって感じ。
軍学校で、昼寝大将との異名をとったレックスのことばに、アティは思わず、声をたてて笑ってしまった。
それは、小さな小さな声。
だけど。
「……」
ぴくり、の肩が動いた。
「――……」
緑色の双眸が、またたき数度。
それから一度強く閉じて、ぱちっと丸っこい瞳が姿を見せた。
目だけで周囲を見渡して、は、アティとレックスに気づく。
「せんせ……?」
どことなくろれつがまわってないのは、もしかして、ねぼすけさん?
手を振って、なんでもないよと云おうとしたとき、イスラの頭が軽く動いた。
「・・・・・・」
うっすらと。
闇色の双眸が、開かれる。
――開ききる前に。
きっと、レックスの手にすっぽり包めてしまえそうな手のひらが、イスラのまぶたの上からかぶせられた。
の手。
唐突なそれに、イスラは当然、正体を確かめようと手を伸ばす。
緩慢な動作で持ち上げられた彼の手のひらは、の手を、やっぱりすっぽり覆ってしまった。
そうして、そう力を入れてなかったんだろう彼女の手を、まぶたの上からどかして。
改めて見上げたイスラと、見下ろしてたの視線がぶつかって。
「おやすみ」
が、微笑んでそう告げた。
「……うん」
イスラが、微笑んでそう応えた。
自分の手にの手をおさめたまま、イスラはそれを軽くひく。
ずるずると落ちた頭は、彼女の膝の上にちょうどおさまった。
包み込んだ手のひらごと、手を口元に押し当てて、イスラは再び目を閉じる。
は、それを微笑って見てる。
イスラの呼吸が再びゆっくりになったのをたしかめて、レックスとアティに視線を戻した。
小さく笑う、その表情。
ゆっくり、声を出さずに動かされるその口元。
“体調が良いって云うから、散歩に付き合ってるんです”
“そうなんだ”
“ごゆっくり”
応えて、レックスとアティもことばにせずにそう告げた。
それから軽く手を振って、
“またあとで”
“はい”
振り返される手のひらに、もう一度だけ手を振って。
ふたりは再び歩きだす。
「――いいお天気ですね」
「そうだな」
「お昼寝したら、気持ちいいでしょうね」
「そうだなぁ――」
もう少し歩けば、自分たちの暮らす船がある。
生徒たちに出した課題は、そろそろ終わっている頃だろうか。
海賊一家の人たちは、今頃何をしてるだろうか。
「気持ち良さそうでしたね」
「気持ちいいだろうなあ」
そうだね。
もう少し歩けば、自分たちの暮らす船がある。
課題を終わらせた生徒たちと、それから海賊一家の彼らを誘って、みんなで昼寝と洒落込もうか。
想像するだけで、さっき目にした陽だまりが、ふたりの胸をあたためる。
船に向かうふたりの足は、さっきまでより少し速め。
最初に寝ていたふたりの傍に、いったい何人増えるのか。
判明するまで、あともう少し。
そうして最初に寝ていたふたりは、当然最初に目を覚ます。
どちらが先か、それとも同時か。
いつの間にか増えていた、お昼寝中のご一行を見渡して、ちょっと呆れてそれから笑う。
「……せんせ……」
「壮観だね……」
さっきと同じ単語をがつぶやけば、イスラが目をこすりつつそう云った。
どちらからとなく顔を見合わせ、今度はイスラが先に云う。
「おやすみ」
それからが笑ってうなずく。
「うん」
緑色の双眸が閉じ、呼吸がゆるやかになっていくのを、イスラはじっと見守った。
ことんと落ちた赤い頭は、さっきと逆に、身を起こしたイスラの肩に寄りかかる。
視界の端にそれを収め、もう一度、周囲の陽だまりを見渡して。
そのなかで眠る、何故だか倍増しているお昼寝仲間を見渡して。
「・・・夢みたいだ」
泣き出しそうな顔で、微笑んだ。
――それが、たとえ、はかない夢でも。
――それが、たとえ、いつか消える幻でも。
ただ、今、こうしていることが。
とても……
とても、しあわせだったよ――