女の子はおしゃれしなきゃだめよ!
――っていうのは、もしかして万国共通の合言葉ですか?
海賊カイル一家の船には、当然、ご意見番であるスカーレルの部屋もある。
だが、一歩足を踏み入れたなら、本当にここは海賊船かと目を疑いたくなること必至だろう。
世界各国から集めたかのような色とりどりの飾り布、装飾品、鏡や化粧品、衣装棚――の中身。
初めて見たときなど、冗談抜きで目眩を覚えたものだ。
「ねえ、。これなんてどーお?」
そして今。
の目の前には、にっこり笑顔でその衣装棚をひっくり返してるスカーレルがいたりする。
「ちょっと裾詰めちゃえばオッケーだし。あ、こっちも捨てがたいわねえ」
どぉ、センセ。
にはどっちが似合うかしら?
衣装を抱えたスカーレルと、立ち尽くすの目が向けられるのは、アクセサリーのおさめられてる棚の前で、やっぱり真剣にそれらとにらめっこしている先生ことアティさん。
スカーレルのことばに、アティはアクセサリーから目を上げて、
「うーん……私、これをお勧めしたいので、出来れば似合いそうなそっちがいいですねえ」
片手に髪留め、片手にブレスレットを掲げて、スカーレルの左手にある衣装を示した。
と。
「あらま。それに合わせるんだったら、もっといいのがあるわよ!」
ぱん、と手を打ち鳴らして、スカーレルは衣装を両方とも放り出す。
そして再び、山と積まれた衣装に腕を突っ込んで、あれでもないこれでもないと引っかきまわす。
アティはアティで、「でもこっちも捨て難いです……」と、まだ棚に収まったままのアクセサリーに目を戻す始末。
「……あの……」
「なぁに? 何かお気に入りがあった?」
「いや、そうじゃなくてですね」
「あっ! もしかして、アタシみたいな服がいいの? でも、だーめ。これはアタシのアイデンティティですからね」
ちょっとだけなら、コレ貸してあげてもいいけど。
示された、ふかふかの黒い物体に、少ぅしだけ心が揺れた。
「あ、是非……って、いやそうでもなくてですよ」
「うぅん……。ね、。ちょっと腕上げてみて」
「……人の話聞いてます?」
それでもちゃんと腕を持ち上げるあたり、素直に育ったものである。
局地的親馬鹿さんと、絶対的変態さんに育てられた割には。
――ふに。
「うはあッ!?」
「あら。色気のない悲鳴ねえ」
もっとこう、きゃー、とか、あはん、とか。
後者は勘弁してください。
「っつーか! いきなし後ろから胸触らないでくださいよ!」
「だって、そうじゃなきゃ大きさが判らないじゃない。……着やせするほうなのねえ、って」
となると、センセみたいに、もっと胸を強調するような服でもいいかもしれないわね。
「えっ!?」
引き合いに出されたアティが、顔を真っ赤にして腕で胸をかばった。
「わた、私はっ……、そんな強調とかっ。ただ、こういうのが動きやすいから……っ!」
「判ってるわよ、センセ。ダイジョーブ。センセはちゃあんと、清楚な中にも女性の香りがするもの」
「かっ、香りっ!?」
「あの……とりあえず、手、放してください……」
「でもねッ!?」
アティの顔面茹でダコ状態も、すでに涙目のの訴えも退けて――いや、手は放してくれたけど、それは次の動作への予兆にしか過ぎないもので――スカーレルは、ビッ、とを指差した。
「は別よっ! いくらなんでも、そんな色気もへったくれもないただ戦闘に特化してるだけの服なんて、少女と女性の狭間で揺れる年頃の女の子のものとしては、アタシ絶対に認められないわッ!!」
――ちなみに、の服の趣味は、以前からちっとも変わっていない。
曰く、『それなりに色がバランスとれてて、素材が丈夫で動きやすければ良し』
どうやらそれがスカーレルの乙女心を刺激したらしく、朝一番、彼にとっ捕まって部屋につれてこられたのである。
アティがいるのは、ちょうどそこに通りすがったから。
止めてくれというの視線に気づかず、「おもしろそうですねっ」とノッてきた、天然な方である。
「……色気なんてなくたって、別に死にゃしませんよお……」
とりあえず、スカーレルの叫びに対し、はらはらと涙を流しつつ抗議するも、
「だぁめ。せっかく素材がいいんだもの、ほっとくなんて勿体無いわよ?」
それにほら、この際だから島の男どもをまとめて骨抜きにしちゃうってのも楽しそうじゃない?
……なんとなく、本音は後者っぽい。
「あのですね……骨抜きも何も、あたし、まだそういうのはあんまり……」
「そーお? ……アタシなんか、とっくにに骨抜かれちゃってるのに?」
にじりっ。
「へ?」
「うふふっ。怯えた小動物っていうのも、結構カワイイのよねぇ」
じりじりっ。
「かかかかか、からかわないでくださいスカーレルさんっ!!」
「そんなつもりないわよぉ。好きな子を着飾らせたいと思うの、ヘン?」
「そうですねえ……私も、のこと好きですし、着飾ったトコロ、見てみたいです」
同意するなアティさん!
あなたの認識とスカーレルさんの認識はきっと微妙に違うから!!
「ふえ……」
「……ちょっと。マジでそそるじゃない。どうしましょ」
もはや半泣きのを見たスカーレルが、真顔になって考え込んだ。
つーか考え込むなとお願いしたい。心の底からお願いしたい。
お茶目なお姉様というスカーレルに対しての印象を、本気で改めようかと――そして本気で逃げる手段を講じようと、は脳をフル回転させる。
「なぁんて、ね」
――ぽふ。
とたんに目の前は真っ暗になり、ふかふかの物体がの頬を包み込んだ。
「・・・は?」
「ふふ、本気で焦っちゃった?」
「……す、すかーれるさん……?」
ふかふかふか。
どうやら、スカーレルが、通常装備の黒いふかふかでをすっぽり包んだらしい。
やわらかく動くのは、どうやらその上から手を当てて、なでている模様。
「安心なさいな。こんなお日様高いうちから、何かしたりしないわよ」
「日が沈んだらどうするんですか?」
問いかけるアティの声には、の感じていた危機感の欠片もない。
・・・本気で、ただ、スカーレルがをからかっていただけだと思ってるらしい。
「あらやだセンセ、それは訊いちゃいけない約束でしょっ」
……あたしも訊きたくないです。
というか……実行されるとこも見たくないです。
語尾に音符マークつけて茶目っ気たっぷりに答えるスカーレルのことばに、はちょっぴり涙をにじませてそう思った。
とりあえず、涙の理由は安堵なのか、それともこれからを予想しての慄きなのか……本人でさえよく判らないままだったけど。
「あ、そういえば」
「はい?」
衣装選びを再開したスカーレルが、くるりとを振り返る。
すっかり諦め、もとい悟りの境地に達したは、アティが髪飾りをつけてるジャマにならないよう、視線だけ動かしてそう応えた。
「、さっき何を云おうとしてたの?」
「何、って……」
「ほら、“そうじゃなくって”のあと」
「あー……」
とってもとっても、今さら、という気がしなくもないが、ここはとりあえず解消しておくべきだろう。
「ええとですね――」
が。
答えはの口からでなく、まったく予想外のところから発される。
「姿が見えないと思ったら……どうしてがこっち側で遊ばれてるのさ」
あまつさえ、絶対零度の冷気を感じて、さんガッチリ固まる始末。
それでも。
ぎぃぃ、と、サビついた蝶番のような音を立てて、なんとか根性で声のした方を振り返る。
振り返って――
「あんたこそこんなとこで何してんのッ!?」
イスラ!!
唐突な動作に驚いたアティの手から、髪飾りがカシャンと落ちた。
「ああっ、壊れちゃいました!」
「いいわよ、それは壊れたって。……それより、何の用かしら? 裏切り者さん?」
「君に裏切り者なんて云われるのは心外だな、『珊瑚の毒蛇』。何してるかなんて、見て判らない? を返してもらいに来たんだよ」
「……てか……外、たしかカイルさんとかヤードさんとかソノラとかいたはずなんだけど……」
なんで無傷で立ってるんですか、あんたは。
ひきつったの問いかけに、イスラは軽く肩をすくめた。
「あいつらなんて、抜剣するまでもなかったよ」
「いったい何を!?」
さすがに、アティの声にも緊迫感が含まれる。
それを嘲笑うように、イスラは口の端を持ち上げて、
「――簡単さ」
召喚師は、風雷の郷のゲンジってじいさんの茶畑にはぐれを向かわせたって教えたら亜光速で走っていったし。
船長の方は、あのオウキーニって料理人が東の海上でタコと格闘してるって云ったら泳いで助けに向かったし。
銃使いにしたって、タコの傍に巨大エビがいたって付け加えたら投具抱えて(銃はサビるから)船長の後追っていったよ。
「「・・・・・・」」
別の意味でことばをなくした一同を楽しそうに見渡して、イスラは、後ろに組んでいた手を解く。
「――で。君たちにはこれ」
取り出したるは、生物一匹。
真っ赤な身体に足8本、墨吐きゃあたりは真っ黒け、海洋軟体動物代表格――タコ。
「「・・・・・・」」
沈黙は一瞬。
そして。
「きゃああああああぁぁぁあああぁぁぁぁッ!?」
「いやああああぁぁぁぁああぁぁ――――!!」
甲高い悲鳴が、部屋どころか船を揺るがしたのは、そのすぐあとだった。
「あっははははは♪ 見た? あいつらの顔」
「…………イスラ……鬼かあんたは……」
未だに肩をふるわせてるイスラを、はジト目で眺めてつぶやく。
「でも、だいたい、が悪いんだよ。どうしてあいつらの船なんかにいたの?」
「さあ……なんでだろう」
食料調達のためにうろついてて、ふとスカーレルさんと遭遇して、気づいたらあの人の部屋だった、っていうか。
正直に答えてみたら、果たしてイスラは、こめかみに指を押し当てた。
「……らしいって云っちゃえば、そうだけどさ……」
敵の本拠地で呑気に遊ばれてるのって、どうかと思うよ?
「いや、敵になったつもりってないし。てゆーかあたし、無色の派閥の味方になった覚えもないし」
気分的には無色は嫌いなんだけど。
の答えを聞いて、イスラは笑う。
アティたちに見せてる、見下したようなそれでなくて、少し寂しそうな笑み。……だけど、ほんの少しだけ。
垣間見せるそれは、ささやかな幸福。
「……でも、いてくれるよね?」
「うん」
ためらいもせずに頷くのは、一番最初に交わした約束、それ故に。
「だいじょうぶだよ。僕の願いが叶ったら、君は自由になれるから」
だから、それまでは。
そう付け加えるイスラを、はちらりと横目で見る。
――含まれた険に、イスラの額に冷や汗一筋。
「……イスラの願いってのが、何か知らないけど……」
「う、うん」
「それがあたしの納得できないモノだったりした日には、叩いて潰して蹴り飛ばすからね」
「・・・・・・」
本気?
本気も本気。
それきり無言で歩きつつ、イスラは、隣を進む赤い髪から、紺碧の天に目を移した。
に悟らせないよう、小さく笑う。含む感情は、自嘲。
――困ったな。期待しちゃうじゃないか。
希望も期待も、もう全部捨てたと思ったのに。
この心には、まだ欠片が残ってたらしい。
でも。
そんなふうに、行きずりの相手の身さえ心から心配してくれたこの子だから。
――だから……やっぱり、これ以上は。
最初で最後の我侭が、こうして叶ってくれたから。
もう、たったひとつの願い以外、あとは何も望まないから――だから。
「イスラ?」
「あ、ううん」
なんでもないよ――そう、微笑んで答えようとした瞬間だ。
――ちゅどがどがどがああぁぁぁぁぁぁッ!
島全体を揺るがす震動と爆音が、ついさっき、ふたりが後にした海賊船から響き渡ったのは。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そういえばさ。
遠い目になって、はつぶやいた。
「イスラ……持ってたタコ、どしたの?」
今は手ぶらのイスラを見、至極胡乱げにつぶやかれた問いに、答えて曰く。
「気絶したオカマの顔の上に放置してきたけど?」
しれっと答えるイスラの表情は、いつも以上に楽しそうだった。
純粋に、悪戯に成功して喜んでるお子様のような、そんな顔も出来るのだと――
怒る気も失せてしまったはとりあえず、タコの冥福を祈ることにしたのである。
後日。
爆音の正体は、アティとスカーレルの協力召喚ゲルニカだったと判明したが……何故か成功したのはその一度だけで、後はいくら試しても不発だったらしい。
女の子の火事場のバカ力を、なめてはいけないということである。(約一名不明)