自分を鍛えるコトは必要だ。
誰にも何にも負けないくらい、強くなりたいと願うなら。
前に進むコトはきっと大事。
振り返ってばかりでは、何もきっと変わらない。
・・・でも、たまには。
ちょっとくらいの息抜きも、心のためには必要なのかもしれません。
ギブミモ邸(略すな)の庭の一角、ちょうどこの時間、風と木漏れ日が心地好い場所。
本来なら、外での読書は本のためにも良くないのだけど、あまりの天気の良さにお願いして出してもらった本と一緒に、がそこに座り込んでいた。
作りも頑丈な、比較的新しい本だったので許可も貰えたのである。
まあ、絵本というものは、得てしてお子様専用ですから。
ちょっとくらい乱暴に扱われてもだいじょうぶなようにつくってあるものなのだけど。
ていうか何故いい年の召喚師様のおうちに絵本がある。
とにかく記憶はないけど、何故か簡単な文字なら読み書きできるのが幸い。
ちょっと手が空いたときなぞ、ついつい本を借り出して読書に突入してしまう。
本が好きだったんだろうか、とか思いながら。
――今日も、また、それは然り。
ただいつもと違うのは、リューグと稽古の時間があるのに、あまりの気持ちよさにそのまま、眠ってしまったというコト。
ただ、それだけ。
「・・・ったく、何してやがる」
当然、時間になっても相手がこないリューグとしては、待ちぼうけをくらわされた形になってしまうワケで。
ひとりで始めても良かったのだけど、仮にも約束していた手前、それは気が引ける。
たぶんまだ屋敷にいるんだろうと戻ってきてみれば、どの部屋にもいやしない。
トリスたちも出かけているのか、静まり返った屋敷の奥で任務にいそしんでいるだろう、ココの主に訊きに行くのもためらわれた。
そうこうしているうちに、結局庭の方までまわりこんでしまった、と。
発見出来たから結果オーライなのかも知れないが。
目の前にあるのは。
すうすうと、木にもたれかかって地面に身体を投げ出して、心地好さげに睡魔にその身を委ねている、稽古相手の寝ている姿。
はぁ、とため息が漏れた。
そうして、先刻のセリフを発するに至った次第。
起こそうかと思ったけど、あんまりが気持ち良さそうに寝ているものだから、迷ってしまって、しばらく彼女を見下ろしていた。
読書していたんだろうとあっさり想像できる、身体の横に伏せられた本。
普段は殆ど黒色のの髪が、木漏れ日に透けて、明るい茶色に輝いて。
一応寝起きさせてもらっている家の庭だから警戒心が消えているのか、他人が近くにいるというのに、目の覚める様子もない。
……普段は結構、警戒心強い方なのだけれど。は。
記憶がないせいか自分をほんとうに知っている人間がいないと思っているせいか、それは判らないけど。
少なくともこんなふうに、安心しきった顔を見るのは初めてのような気がした。
アメルなら一緒に寝たりしていたから、もしかしたら見てるのかもしれないが、リューグにしてみればやっぱり初めて目にするもので。
さてどうしたもんかな、と考えてみても答えはひとつしかない。
ここまで気持ちよさそうにしているところを、起こすのも悪い気がしたし。
約束の件はあとで適当に謝らせようと思って。今からでもひとりで稽古しようと、身をひるがえした矢先。
「・・・・・・あれ?」
リューグ?
寝ぼけているのかなんなのか、妙に舌足らずな調子の、リューグの名前を呼ぶ声。
思わず足が止まった。
振り返ってみれば、『今目を覚ましたばかりです』と大きく顔に書いたが、目をこすりながら上体を起こしたトコロで。
「おはよー」
立ち止まっているリューグを認めて、にこやかに朝の挨拶を寄越してきた。
どうでもいいが今は午後だ。
完璧に寝ぼけている態のに、稽古の件を突っ込もうかどうしようか、少し迷ったけれど。
とりあえずリューグが口に出したコトはというと、
「よぉ」
と、まぁそれだけだったり。する。
それを聞いて、がまたニコニコと。
「リューグ。ココ気持ち良いよ」
緩やかな動きで片手を上げて、緩慢に手招きしてくるものだから。
応じようかどうか考えて……まぁあんまり考えなかったのだけど。
稽古用の武器を玄関に置いてきていて身軽だったコトに少しだけ感謝しながら、の傍に行った。
そのまま、寝転んでいるの横に腰を下ろす。
「気持ち良いでしょー」
がそう云って、微笑う。
地面に触れている部分から伝わってくる、ひんやりした感触と。
葉の間からこぼれる、穏やかな温かい木漏れ日と。
それから、空間を穏やかに凪いでいく、かすかに感じるそよ風と。
「・・・そうだな」
久しく覚えなかった穏やかな気持ちが、リューグの中にふと浮かぶ。
いつから忘れていたんだろう。
レルム村にいたときは、それなりに頻繁ではないけれど、思っていたことだったのに。
……あの炎の夜以来――そんな感覚も忘れていたコトに、今さらながら気づかされた。
考え込んでいたけれど、ふと、自分を見上げるの視線に気がついた。
なんだと思って見下ろすと、また、にこりと笑う。
「初めて見た」
「あ? 何をだ?」
唐突にそう云われ、思い当たるものもなく、問い返す。
「リューグがそういうふうに笑うの、初めて見た」
気づかない間に表情が緩んでいたんだろうか。
自覚していなかった事実と、気恥ずかしさから、意識して表情を引き締めるけど、はそれでも笑っている。
「・・・そういうの、良いよね」
ふわりと。ふぅわりと。
おまえの方がよっぽど良いカオで笑ってるよと、云いたくなるくらいの。そんな笑顔。
なんとなく、正視していられなくなって目をそらす。
だけど不思議と、この場を離れようとは思えなかった。
記憶喪失に関する、間接的といえどもの罪悪感とか。
最初に拾ったからという、責任感とか。
こんな騒動に巻き込んでしまったことを、すまないと思う気持ちとか。
きっと、そういう類のものではなくて――
「・・・・・・・んー」
「お、おい!?」
それは不意のコト。
の方に投げ出していた手が、あたたかいものに包まれて。
慌てて視線を戻せば、リューグの手を両手で持って、まるで小動物みたいに頬を摺り寄せている、がいて。
「なんか安心する〜・・・」
ほにゃっと擬音がつきそうな顔。
寝ぼけまくり大決定の認め印を、今リューグが心の中で押したコトなど気づきもせずに。(いや気づいたら怖いダロ)
どう反応を返すべきか、いや、このまま手を振り解いてしまえばいいのだろうが、ここまで無防備にあっけらかんとしたにそうするのは、さしもの(って何だ)リューグでもためらいを覚えてしまうワケで。
そうこうしているうちに、ゆっくりと。
見下ろすリューグの視線の先で、のまぶたが、また、閉じられる。
「・・・・・・オイ・・・・・・」
半眼になって睨んでみても、時すでに遅し。
リューグの手をしっかり握ったそのままで、は再び夢の世界。
「・・・・・・」
ため息、ひとつ。
こぼして、リューグは木々の間から見える空を仰いで、それから。
力を抜いて、背にしていた木に身体を預けて目を閉じた。
自分を鍛えるコトは必要だ。
誰にも何にも負けないくらい、強くなりたいと願うなら。
常に高みを目指していくくらいの気持ちを持って。立ち止まるコトは許されない。
・・・でも、たまには。
ちょっとくらいの息抜きもいいよな。
「…………イ…さま…」
「・・・・・・」
記憶がなくても記憶のあった頃の夢は見るのだろうか。
妙に幸せそうな顔で眠る、の口からこぼれた名前はよく聞こえなかったけれど。何故か、妙な不快感を感じてリューグは顔をしかめた。
すぐに頭を振って、の手を握り返して。
そのまま、目を閉じる。
その名前の主、がそうも幸せそうな表情になる理由。
全部明らかになるのは、まだまだずっと先のコト。
同時に最大の障害が目の前に立ちふさがるコトになるのも、やっぱりまだまだ先のコト。
その前に、自分の気持ちのコトでさえ、彼らは判ってないけども――
一生判るな。(何処かの司令官と特務隊長)