いつも毎朝、お祈りしてるの。
今日も良い日になりますように、って。
そしたらその分、何か良いことがありそうな気がして、一日楽しく過ごせるの。
それはまだ、がデグレアにいた頃。
それはまだ、が記憶を失う前。
季節は冬。
白天の節2の月14日。
の故郷の云い方で云うなら、2月14日の、ある朝の出来事。
「ばれんたいんでー?」
近頃は軍事侵攻の命も少なく、比較的穏やかな日々を過ごしていて。
久方にまとまった休日をとれたルヴァイドとは、親子(違)水入らずの朝食を楽しんでいた。
別に一緒に暮らしているわけではない。
軍の宿舎にそれぞれ個室を与えられているが、時折、とくに休日前にはがルヴァイドの部屋に泊まりにきて、そのまま朝まで居座るパターンが多いだけ。
「そぉ、バレンタインデー」
ルヴァイド様は知らない?
パンにバターを塗りながら、。
いきなり飛び出してきた聞き慣れない単語に、ルヴァイドの顔が怪訝なものになる。
「知らんが……なんだそれは」
「あぁ、やっぱりないんだ」
問いに答えず、はひとりで納得していた。
そうだよねー、ここにきて何年かになるけど、そういう行事ぽいのもなかったしー
やっぱり世界が違うと、文化ってゆーのも違うんだなー
ていうか、これまで季節のめぐりをあんまり気にしてなかったのほうにも、問題はあると思われる。
「で、なんなのだ、それは?」
うんうんと腕組みしているに再度問うと、
「えっとね、あたしのいた世界の行事なんです。毎年この月の14日にね、女の子が好きな人にチョコレートあげて告白するの」
「ほう」
ぴくり、ルヴァイドの頬がひきつった。
今ごろになって思い出したと云うことは、もしかして贈りたい相手でも出来たのだろうか。
だとしたら誰に?
あの薄気味の悪い顧問召喚師だったりした日には、俺は立ち直れんぞ。
人の好みはそれぞれだろうがよ。
それでも断じて許さん。(きっぱり)
「でね、でね、ルヴァイド様」
「なんだ?」
にこにこ笑うと、一見厳しい表情のルヴァイド。
何も知らない人間が見たら何事かと思うだろうが、本人たちと一部の人間は慣れっこだ。
だいたい表情が厳しくても、ルヴァイドがを見る目は、とても優しい。
「一緒に、お買い物行きましょう♪」
にこにこ、にこにこ、にっこにこ。
ルヴァイドが断るなんて、これっぽっちも思っていない全開の笑顔。
たとえ、誰に贈るんだとか心配しても。
顧問召喚師が相手だったら、渡す前に奴に行方不明になってもらおうとか思ってても。
全幅の信頼を寄せてくれている小動物にお願いされて断れるほど、ルヴァイドは冷血漢ではなかったのである。
年間を通して殆ど雪のデグレアだが、この季節は特に厳しい。
幸い今日の空は晴れ渡っていたものの、突き刺すような冷気を防ぐためもこもこ着込んだと、心頭滅却すればなんとやらのルヴァイドは、並んで宿舎を出た。
「あ!」
とたん、が走り出す。
何事かと目で追えば、彼女の向かう先には金の髪の槍使いことイオスが、これから訓練でもしようというのか、愛用の槍を携えて出かけようとしているところだった。
半年ほど前に壊滅させた帝国軍の、ただ一人の生残りであるイオスを、は何かと気にかけていて。
その甲斐あってか、この頃ようやく、彼の見せていた自暴自棄なものは影をひそめ、仇であるはずのルヴァイドに対しても当たりが柔らかくなっている。
今も、の後ろから歩いてくるルヴァイドに目礼すると、にっこり笑って彼女を出迎えた。
「おはよう、。今日も元気だね」
「うん、おはよ! イオスはこれから特訓?」
あたしは、ルヴァイド様と一緒に買い物に行くんだー
うきうきしたの様子に、イオスもくすくすと笑う。
そしてふと疑問に思ったのか、
「何を買いに行くんだい?」
と、問うた。
それに対して、は何故だかひどく自慢げに胸をそらし、
「チョコレート! あのね、今日はあたしの世界でバレンタインデーっていう日でね、女の子がぎゅ。」
別には、『女の子が、ぎゅ』と云いたかったわけではない。
追いついたルヴァイドが、の口をその大きな手で後ろからふさいだせいだ。
「ばれんたいんでー?」
「女性が男性にチョコレートを送って決闘の申込みをするというの世界の慣わしだそうだそういうわけで俺はこれからと一緒に買い物に行くがこれはあくまで秘密裏の決闘であるからして他言無用だ判ったなでは特訓もほどほどに切り上げろよ今日は冷えるからな!」
今朝の彼と同じように、何のことだろうと問い返す元帝国軍人現在は自分の部下に向かって、ルヴァイドは云った。一息に。
すごい肺活量。
しかも何気に事実を捻じ曲げてます。
当然、それを聞いたが訂正しようとしてルヴァイドの手の中でじたばたしているが、はっきり云って無駄。
そのまま、ひょいっと彼女を抱え上げ、呆然としているイオスに背を向けて歩き出す。
立ち去るふたりを見送って、イオスは呆然とつぶやいた。
「・・・・・・誰と決闘するつもりなんだ、」
信じてるよこの人。
今日は久々に天気が良かった。
ので、なんとなく気分が良かった。
ので、たまには街に出て詩人の真似事でも久々にしてみようかとレイムは思った。
悪魔が快晴でご機嫌になるな。
後々屍人の蠢く街になるデグレアだが、このときはまだ、日々の生活を営む人々の活気に満ちている。
商店街の傍に設けられた小さな公園で、レイムは優雅に竪琴をかき鳴らした。
「こんな良い音色が出せるのは久しぶりですねぇ」
真似事ではあるが、自分の技量が衰えていないことに満足を覚え、
「さんにも聴かせてさしあげたいものです・・・」
自分の竪琴の音色を好いてくれる、可愛い少女の姿を思い出す。
そういえばこの間も、曲を奏でてあげたらとても嬉しそうにしてくれましたっけ・・・
にっこり笑うあの笑顔、何回見ても飽きないのが不思議な感じですね・・・
そのあと無防備に私の膝で寝るものだから、思わず額に口付けて(検閲削除)したい気分にかられましたけれど・・・
うっとりとコワイことを思い出さないでください。
それでも表面上は穏やかな笑みを浮かべて竪琴を奏でているのだから、レイムの演技力はこのころから筋金入りだったと云えるだろう。
だが、自分の思考に沈んでいたレイムは、近づいてくる人影に気づくことが出来なかった。
それがだったら、持ち前の嗅覚で(犬かい)すぐに察することが出来ただろうが、あいにくそれは先んじてレイムを発見し、を物陰に隠れさせておいて猛スピードで突進してくるルヴァイドだったのである。
「害虫駆除ーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「いきなり何ですかルヴァイドーーーーーーーーーーーー!!?」
がこおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉッッ!!!
意味不明な(レイムにとっては)叫びと共に彼は吹き飛ばされ、見事なお空の星となった。
このとき彼の心には、禁忌の森の封印を解く計画を実行するときには、何があろうと絶対にルヴァイドをこき使ってやるという決意が浮かんだとか。
「ルヴァイド様、どうしたんですか?」
養い親の突然の行動に驚いたが、ぽてぽてと走ってくる。
爽やかに額の汗を拭って、ルヴァイドは云った。
「いや。街の景観を汚す害虫を駆除しただけだ」
その彼の下、つい今さっきまでレイムが座っていた場所には、ぽつぽつと紅い点が雪に染みを作っていたが幸い、誰もそれには気づかなかった。
ってゆーか仮にも自分の国の顧問召喚師を害虫呼ばわりするかルヴァイド。
親(違)としての使命を果たしたと、ルヴァイドが息をついたとき。
「おや、さんではありませんか」
「あっ。レイムさんこんにちはー!!」
公園の入り口から、笑顔と竪琴を携えて『今通りすがったばかりです』とでも云いたげな風情で現れた顧問召喚師に声をかけられたが、元気に挨拶を交わす。
貴様、星になったはずでは・・・
愛の力の前にはすべてが無力なのです
「ルヴァイドとお出かけですか?」
あくまでに対しては人の好い微笑みを絶やさず、レイムが問いかけた。
それを見事に信じ込んでいるは、やっぱりにこにこ笑顔のオプション付きで答える。
「はい! あのね、今日は――」
「!! 向こうでレヴァティーンがゲルニカと腕を組んでスキップしながらフラメンコを踊っているぞ!!」
「え、レヴァティーンっ!?」
召喚獣の出てくる絵本で、がいちばんお気に入りなのは何かというと、霊界サプレスのレヴァティーン関係のものである。
いつか、あれに乗って空を飛びたいというのがの願いだそうだ。
ともあれ、ルヴァイドの叫びに反応したは、レイムの存在をきれいさっぱり忘れ去ると(酷)、彼の指差した方向に走っていってしまう。
それを見届けて、ルヴァイドはくるりとレイムに向き直った。
逝け。(壮絶に爽やか)
卑怯な人間ですね・・・(微笑)
走っていったが、『レヴァティーンはいなかったけど、すごい勢いで飛んでいく未確認飛行物体があった』と云いながら戻ってきたときには、ルヴァイドは、ひと運動してかいた汗をぬぐい終えていて。
スッキリした顔でを出迎えたのだった。
どうやら、愛の力も父親莫迦には敵わないらしい。
――商店街。
必需品の買い物だけしてさっさと戻るのが普段のルヴァイドだったが、今日はが一緒である。
こどもならではの好奇心丸出しで、あっちの店こっちの店とちょこまかちょこまか覗いてまわると、それにひきずられるように歩くルヴァイドを、まわりの人々も微笑ましく思いながら眺めていて。
「あ、チョコレート売ってるお店あったー♪」
目当ての店を見つけたが、ぱぁっと顔を輝かせた。
懐を探って財布を取り出してそのまま駆け出して行く。
それにしても、いったい誰にチョコレートを贈るつもりなのだろう。
ゼルフィルドはチョコなど食えんし、イオスだったとしたら、まぁ、五億歩譲って見守ってもいいが、
・・・もしもあいつだったら、こいつの将来のためにも、今のうちに奴を殺っておいたほうが良いのではないだろうか・・・
その場合、足がついてはいかんな。
闇討ちは騎士として恥ずべき行為ではあるが、この際――
恥じろよ。
「ルヴァイドさーまーっっ!!」
考え込んでいるうちに、どうやらの買い物は終わったようだった。
両手に大きな袋を抱えて走ってやってくる。
「・・・・・えらく、大量に買ったものだな」
これがこの子の愛の大きさなのか…?
そういう方向にしか考えられんのかあんたは。
こっちに走ってくる間にも、は紙袋の大きさで視界が遮られ、右に左に足元が危なっかしい。
「貸してみろ」
呆れて、持ってやろうと手を差し出すと。
がさごそ。ぽす。
紙袋は渡されず、代わりに、可愛らしく包まれたチョコがルヴァイドの手に乗せられた。
「……!?」
「ルヴァイド様、どーぞ♪」
寒いなかを走ったせいか、頬をりんごのように赤くして。にっこりと、が微笑む。
「だがしかし、バレンタインデーというのは……?」
いやまさか。
だがしかし。
唐突な展開に、ルヴァイドが目を白黒させていると、当のが答えを寄越す。
「バレンタインデーってね、本当は好きな男の子に告白する日なんだけど。いつもお世話になってる人たちに『ありがとう』って気持ちと一緒にチョコレート渡す日でもあるんですよー」
にこにこにこにこ、にこにこにこ。
「・・・・・・そうか」
手に乗せられたチョコレートを、見て。
目の前でにこにこ笑っている、少女を見て。
ルヴァイドは、ふっと、相好を崩した。
「有難く受け取っておこう」
「はい!」
それを見たの笑顔が、ますます輝いたのは云うまでもない。
それはまだ、がデグレアにいた頃。
それはまだ、が記憶を失う前。
季節は冬。
白天の節2の月14日。
の故郷の云い方で云うなら、2月14日の、ある日の出来事だった。
いつも毎朝、お祈りしてるの。
今日も良い日になりますように、って。
そしたらその分、何か良いことがありそうな気がして、一日楽しく過ごせるの。
――うん、今日も、楽しくってあったかくって、良い一日!
・・・星になったごく一部を覗いてな。
ちなみに、その日の午後。
「イオス、イオスにもチョコレートあげるねっ!」
「・・・まさか僕と決闘するつもりだったのか・・・?」
「ちがうーっ! あれはルヴァイド様がー!!」
軍の訓練場で、なんとも騒がしい一場面が展開され、それが自分のせいであることから注意も出来ずに頭を抱えるルヴァイドがいたとかいなかったとか。