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光の都で銀が鳴る
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 聖王都ゼラムの、ギブソンとミモザの家には、一年前からは考えられないほど、住人が増えた。
 ――今日も、どこからとなく元気な声が聞こえてくる。

「いやーっ!! やだやだやだっ、絶対やだ! ちゃんと18って書いてくださいよ!!」

「そうは云っても、実質おまえは3ヶ月しか向こうで過ごしていないだろうが」

「それでもいやですっ! 9ヶ月くらいおまけしてくださいよ!」

 居間にて。
 デグレアという国家が崩壊し、現実として流浪の民とやらになってしまった元デグレア組。
 すなわち、ルヴァイドとイオスとが、そこにいた。
 とりあえずはゼラムに仮の籍でも置いておいたほうがいい、との勧めに従って、書類を記入している最中だ。
 さっきから、なにやら盛大に文句を繰り広げているのは、つい先日、実にまったくこのうえなくなんでもない顔して平然と帰ってきただった。
 机の書類を引っつかみ、不貞腐れて部屋の隅に逃げたを、イオスが宥めにかかる。
「仕方ないだろ? 君が向こうで過ごしたのは3ヶ月。年齢は変わらないよ」
「でも、こっちじゃ1年確実に過ぎてるじゃない」
「そうは云っても、事実を捻じ曲げるのはね」
 よいしょ、と。
 イオスの腕が、のそれをつかんで立たせる。
 そこに、
「別に1歳ぐらいどーってことねーだろがよ」
 往生際悪いぞ、テメエ。
 からかうようなことばが窓から降ってきて、ふたりは、ぱっと振り返った。
 もっとも、その声の主が誰なのかは、しっかり判っていたけれど。
 庭の掃除でもしてたんだろうか、ホウキ装備のホウキ頭、もといバルレルが、窓枠に両腕乗っけてにやにやと笑っていた。
「どうってことあるよ! 18と17じゃ天と地ほどに違うんだよ!!」
 悔し紛れにがそう云うが、
『ないない』
 と、思いっきり全員が首を横に振った。
 同じく庭掃除をしていたらしいレシィが、ぴょこっと頭を覗かせる。
「でもさん。嘘ついちゃだめですよ。嘘つきは泥棒の始まりですよ?」
「……レシィ君、それちょっと違う……」
「シカシ、殿ニハ堪エタヨウデスガ」
 たぶん悪気はないんだろうが、それだけに痛い。

 彼らの素直で残酷な攻撃に、はらはら、とは泣き崩れようとしたけれど、

「あ、時間だ」

 その拍子に目に入ったらしい壁の時計を見上げて、そうつぶやく。
「何か約束か?」
「はい。リューグやロッカと、久しぶりに特訓しようってことになってて」
 何せロッカはともかく、リューグはここ1年闘技場だかなんだかで鍛えてきたらしいですから燃えます!
 ちょっと女の子としては微妙な方向に燃え上がって部屋を後にするを、ルヴァイドは苦笑して見送った。
 彼の手元に戻ってきた、の書類を横から覗いたイオスが、困ったものですね、と笑う。


 ――名前:。元国籍:デグレア。性別:女。年齢:……18。




 どうせ暇だし付き合うよ、というマグナとトリス、それにふたりに無理矢理引っ張り出されたネスティと共に、待ち合わせ場所である、郊外の森へと歩きながらのことだった。
 話題になるのは、さっきもさんざんわめいていた、の年齢に関しての云々。
「別にいいじゃん、17でもさ」
「良くないっ」
 ああ、でも絶対ルヴァイド様、17って書いて出すんだろうなぁ。
 とほほー、といった感じで空を見上げるの嘆きは大きいが、周囲の面々は、それがいまいちよく判らない。
「なんで、17だとヤなの?」
 パッフェルの働くケーキ屋の新製品、カスタードクッキーをかじりつつ、トリスが問う。
 買い食いは行儀が悪いとか、店先でネスティが云っていたような気もするが、3対1では勝ち目あるまい。実際なかった。
 そんなこんなでしばらくは渋い顔だった兄弟子も、今は、ちょっと機嫌が回復したらしい。
 トリスと同じような疑問符を頭上に貼り付けて、を覗き込む。
「何か不都合があるのか?」
「うー、別に世間様的な不都合があるわけじゃないんだけど」
 あたし的には不都合なの。
「だから、何が?」

「……だって、イオスと年の差が開くんだもん」

 イオスは今年で21。
 は生憎17のまま。
 かつては3歳差だったそれが、今は4歳差なのだと。

 ……それは判る。けど、なんでそれが不都合なんだろうか。
 やっぱり3歳差くらいが適齢だと云われてる、婚姻年齢とかにこだわってたりするんだろうか?

 ――とか、わけの判らん思考を彼らが繰り広げている間に、は、ふう、と息をつく。

「3歳差だから、かろうじて先輩面してもオッケーだったのに」
 4歳も差がついちゃったら、先輩なんて云えなくなっちゃうよ。

「「……そっちか」」

 一同、唱和。安心したような、これでこの子だいじょうぶなのかと不安になったような、そんな3人であった。



 そんなこんなの一連の話を聞かされて、
「……別に気にすることじゃないんじゃないか、それ」
 あきれた声で感想をもらしたのはリューグである。
「そうですよ。3歳差だろうが4歳差だろうが、さんが先輩なことに変わりないんですし」
 と、苦笑しながら援護してくれるのはロッカである。さらに重ねて云うことには、
「それに、軍は上下関係が絶対ですしね。さんが有利でないと、彼が吹っ切れたときに留めるものがないですし」
「……物騒なこと云ってんじゃねえバカ兄貴」
 後頭部を襲う弟の拳を、兄は笑いながら受け止めた。



 ――そんな双子の攻防から開始された訓練のあと。ひとしきり汗を流した後の食事は、実に美味しい。
 観戦に徹するはずだったマグナとトリスも、途中からとうとう参加してきた。
 結局最後まで傍観者の立場を貫いたのは、ネスティひとりというオチだ。ちなみに、お弁当の番をしていたアメルは除外する。
 さて、そのお弁当。
 食べやすいものをと配慮してくれたんだろうか、芋料理は健在だけれど、レモンにひたしてみたりと一工夫されたものばかり。
 じゃがいもをふかして蜂蜜とレモン汁を和えたものにつけこんだ後ペースト状にし、レタス、ベーコン、トマトと一緒にパンに挟んだサンドイッチなんか、えもいわれぬほど美味しかった。
 かといって、その味に酔いしれてたらなくなりそうな不安も同時に発生し、弁当はあっという間に量を減らしていったのだが。


「……そうだ、
「ん?」

 結局それ以上年齢の話を突っつくのはやめにして、他愛ない話が繰り広げられている最中。
 ふと、なにやら思い出したように、ネスティが尋ねる。
「あの樹は結局なんなのか、君は知ってるのか?」
 聖なる大樹。
 戦いのあと出現したそれは、結局、如何なる理由でそこに現れたのかと。
 それはみんな気になっていたらしく、合計6人分の視線が、そこでに集中する。
 注目されたはまず、もくもくと、食べかけの食事を飲み込んだ。
 それから、ごくごくと、喉を潤した。

 ――それから、うーん、と、ため息ついでにことばを探し、うなる。

「……迷惑かけたお詫びにね、見守っててくれるって。あの人たち云ってた」

「……複数形?」

「うん。そうだよ」

 どっちかだけじゃあきっと、あんな優しい存在にはなれなかったと思うし。
 そう云って頬を弛ませるの前で、マグナたちは、なんだかとっても複雑な表情になっていた。

 けれど。

「あ」

 ふわり、そよ風がの身体を撫でていく。
 優しいあたたかい、懐かしい感じのする風。
 その風に乗って、ふわりふわりと、光が彼らのいる場所に舞い下りてきた。
 目を細めてそれを見上げるを見、「変態に見守られる世界ってどうよ」とか「しあわせならそれで……」とか「あれも行き過ぎた愛情で」「……片付けられるのか?」とか。
 そんなことを話していた彼らもつられるようにして、同じく、視線を頭上へと巡らせる。
「なんていうかさ、そういうのどうでもいいかなって思うんだ」
 彼らが見守ってくれる理由とか、この大きな樹に眠る、心のありかとか。
 ふと舞い下りた心地好い沈黙のなか、が、ぽつりとつぶやいた。


「思い出すんだ」
 あたしにとっちゃ、まだそんなに前じゃないせいかもしれないけど。


 痛みがあった。
 戦いがあった。
 大事な存在が、いくつも手のひらから零れていった。


 遠ざかるくろがねの背中。
 消え失せる幾つもの黒い鎧。
 ……思うのは、今もまだ、辛い。


 でも。
 それでも。

 痛みも慟哭もまだ消えず――それはきっと消えることなく、この胸に在り続けるだろうけれど。

「あたしは、ここにいる」
 は、この世界にいる。
「あたしがここにいること選んで、今、みんなと笑ってる。……これからもたぶん、こんなふうに歩いてく」

 今は、それだけがたしかなことで。だから――それでいいかな、って。

「だから――いつか……」
「いつか?」
「うん、いつか」

 その先を、ことばに出来ないのだと。
 見ていた彼らは、知り、そして、

「…………」

 つぶやいたのは誰だっただろう。
 彼らの横を通り過ぎる風に、その声はすぐさま溶けて消える。
「うんっ! はそれでいいよっ!」
 にぱっ、とマグナが笑った。そうしてに接近し、頭をぐりぐりぐりっとなでまわす。
「わわわっ!?」
 急なそれに、は、それまでの雰囲気すっ飛ばし、驚きの、大笑い。
「ちょ、ちょっとマグナ! 髪! ぐしゃぐしゃになる!」
「任せて! 敵討ちはあたしがやるから!」
 そんなふうにあわてふためくの横をすり抜け、トリスがマグナの髪をひっかきまわしだした。わあっ、と、マグナの楽しそうな喚声があがる。
 それを見て、ネスティがため息混じりにひとこと。
「君たちは本当にバカだな……」
 云うそれは、とてもやわらかい声。
 それから、アメルがちょっぴり首を傾げてつぶやいた。
「……マグナの髪って、元々結構おさまりないから意味ないんじゃ……」
「いいんじゃねぇか。楽しそうだし」
「ですね」
 赤青双子のフォローに、アメルも、そうね、と笑う。
 笑って――じゃれるのは食べてからにしてくださいね、と、釘を刺すことは忘れない。


 ふと。そんなさなか、思い出した。
 この間、事後報告も兼ねて、メイメイとエクスに逢いに行ったときだ。
 同じようなことを、たしか、云った。
 ……ちゃんらしいわねって笑われた。

 それから、ありがとうって……泣いていた。
 ひどく哀しそうに――とても嬉しそうに。
 ごめんね、と、ありがとう、を、繰り返して。
『君たちを、尊いと思う』
 エクスはそう云った。唐突な賛辞にうろたえた自分をどう思ったのか、小さく笑って。

『――君の――君たちの。歩み、選んだ道。定めたその心を、僕たちは、何より尊いと思うよ』

 ありがとう。そう応えた。
 でも、そんなことは、ない。そう続けた。
 尊いのは、誰かじゃない。 

 ――それは、この世界で歩き続ける命、すべて等しく。




 歩いていこう。
 みんなで。
 今までもこれからも、欲しい未来に向かうために。

 ……歩いていく。
 大切な人たちと、歩いていく。

 自分たちは今ちょっとだけ、大きなことを終わらせて、こんなふうに休憩するけど。
 ――終わりじゃないから。
 終わらせたけど、終わりじゃない。だから。


 ……歩いて、いこうよ。
 そこにどんな深淵があっても、いつかのようにいつものように、軽々と、選んだ道を歩きぬこう。




 ――りぃん、と。ひとつ、銀の音が鳴った。

 聖なる大樹の根元、そこには苔むした石版が立っている。
 その周りにはかわいらしい花が咲き、景色に彩りを与えている。
 そうして、石版にかけられた銀の首飾りが、陽の光を浴びて小さく輝いていた。









 ――りぃん、

    風に吹かれて、また、銀が鳴る。
    優しい、幸せな音を、光の都に響かせる。


   そしてまた、彼らは、ここより歩きだすのだ――――




Fin.


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