BACK

・美術芸術・



 冬木市を襲ったわけの判らん災害もとうに終わった、ある春の日。
 とある学校のとある一室で、核融合でも起こしたかのような熱が発生した。

 それは、熱気だった。
 たとえようもない熱、云い表しようもないほどの熱。
 一心不乱に何かを求める者だけが体現し得る、比較さえ出来ぬほどの情熱が――

「部長! あなた最高です、あたし一生ついていきます――――!!」
先輩ッ! 私、感激で前が見えなくなることを初めて知りましたぁぁぁぁ!」
「この世に生を受けて十数年……ッ、こんな、こんな存在を目に出来るなんて……!!」

 そこへ逃げずに足を踏み入れる者がいたらば、熱に中てられ倒れるか、もしくはのぼせて巻き込まれるか、その二択しかなかったろう。
 制服を着た女生徒たちが、ある者は顔を真っ赤にし、ある者は滂沱と涙を流し、ある者はあまりの高揚のために気を失いかけ――

 さながらここは、現代に甦った修羅の世界やもしれないと。

「……」「……」

 足を踏み入れていた約二名、逃げようにも逃げられぬ状況だけはよく理解しているために、ただ黙って、顔を見合わせたのだった。
 普段犬猿の仲であることも忘れた両名の表情は、まだ自分らへ何の矛先も向いてはいないというのに、早々と憔悴を始めていたのである。

「落ち着けぇ――い!!」

 ばんばんばん!

 背後にある黒板を、拳で思いっきり叩く女生徒がいた。
 彼女こそ、この部屋――美術室を支配する美術部員たちの親玉もとい部長であり、先述の二名を引き連れてきた本人である。
 詳しい事情は(略)。
 彼女、さんは(略)という事情で、本日連行してきたこの二名への貸しを部への貢献という形で消化しようと目論み、本日の事態と相成ったわけだ。
 ちょっと力を入れすぎたらしく、ほんのり赤くなった手のひらを振りながら、さんは叫ぶ。

「皆のもの!」
「「はい!!」」

「これより、この両名を使用するに当たっての注意事項を述べる!」
「「はい!!」」

「如何なる苦情も疑問も抱くな! 文句のある奴ぁ強制退去!」
「「はい!!」」

「その一!」
「「その一!!」」
「おさわりは節度をもって!」
「「おさわりは命が危なくない程度!!」」

「その二!」
「「その二!!」」
「動作ひとつも見逃すな!」
「「あらゆる仕草に注意を視線を、そして愛を!!」」

「その三!」
「「その三!!」」
「餌を与えるな!」
「「餌は与えるべからず!!」」

「その四!」
「「その四!!」」
「これからの数時間はすべて夢! 描いたものはすべて空想!」
「「今日の部活はすべて夢! 描いたものは全部妄想ッ!!」」

「これ即ち他言無用!」
「「漏らせば私刑!!」」

 ばんばんばん!

「準備にかかれ!」
「「はい!!」」

 連行両名のうち、蒼い髪をひとつに結び、ひょろりと流した方が、キャンバスやら絵の具やら木炭やらを準備していく一同を目に、ぽつりとつぶやいた。
「……俺より速いんじゃねえか、あいつらの動作」
「雑種――とは呼べんな……」
 どこか愕然としたように、金髪の成年が続ける。
「このような極東の地に、あのような者たちが生息していたとは……潔く認めよう、あれらが聖杯戦争に出ていたら、我とて無傷であったかどうか」
「同感だ。……いつか英霊にも登りつめるかもしれんな」
「嫌だな、そんな英霊は」
 教卓横で腕組みし、またたく間に整えられていくスケッチ大会準備を眺めていたさんが、そう云いながらふたりを振り返った。
 さすがはあの猛者どもを統括する者だ、と、金髪が思ったかどうかはさだかではない。
 なぜならば、
「準備は出来たようだよ」
 ふたりが何か云うより先に、
「「はい! 出来ました!!」」
 さんが親指で、目をらんらんと輝かせる部員どもを指し示し、応えて一同が唱和したからだ。
 そしてさんは、にこやかに、金髪と青髪を視界におさめ、
「そういうわけだ。用意はいい?」
「「用意はよろしいか!!」」
 問われたふたりが何か答えるより先に、
「さあ、そういうわけで、ギルさん、ランさん」
 いつの間にか定着していた愛称でもって、佇む二名の名を呼びながら、彼らの背後に回りこんだ。
 そして、

 どん!!

「機会は今日だけこの数時間! とくと拝め目に焼き付けろ! そして狙うぞ部員ども、夏の全国美術展制覇!!」

「「おお――――っ!!」」

 喉を嗄らさん部室を割らんと響き渡る大音声の真っ只中に、たたらを踏んで突っ込んでいった金髪さんと青髪さんがどうなったか――――

 誰も、その後の彼らを知る者はいない。



 日も暮れなずむ、春の宵。
 教会の礼拝堂、その隅っこに転がるぼろぼろの物体を、神父はしばらく声を出さずに――出せずに凝視していた。
 が、ややあって、いつの間にか止めていた呼吸を取り戻すと、ボロ雑巾二枚を引きずって宅配してくれた少女へと向き直る。
「……芸術は爆発というわけかね、くん」
「まあ、そういうわけですね。せっかくだから言峰氏もおいでになればよかったのに」
 クドい顔も、最近はわりと萌えブームですよ。
「遠慮しよう」
 この男にしては珍しく視線を泳がせ、神父は、さんの誘いを辞退した。
「英霊に耐え切れなかったものを、一介の人間が耐えられるとも思えんからな」
「すでに人間やめた御仁が何を仰る」
「それを云うならば、君らはすでに人という種を超越していよ――……?」
 ことばの後半部分を途中で止め、神父は、己の身にぐるぐると巻かれるロープを不審そうに見下ろした。
 巻いている主は他でもない、さんちのさんだ。
「何の真似かね」
「下僕にばかり働かせて何もしない主は、信頼されませんよ」
 ぎゅぎゅっ、と仕上げにもやい結び。
 豆知識だが、船の碇などにも使用される結び方だ。総じて頑強、ほどけ辛さは天下一品。
「元から信頼されてなど――」
 神父のことばの途中で、さんは、縛り終えた彼の身体を回転させる。――礼拝堂の扉へ向けて。

「「あっ!!」」
「…………」

 そして神父は、

「「こっち見た!!」」
「「顔クドッ!!」」
「「でもそれがまた良し!!」」
「「萌えー!!」」

 開きっぱなしの扉の向こう、鈴なりになってこちらを見ている、さんと同じ制服を着て画材一式を背負った女生徒の群れを目にした。

「さーあ部員ども!! この御仁のクドさにガタイは、夜でこそ一層花開く! この町外れまで来た体力は、すべて萌えで埋め合わせ、かかれ勝負はあと1時間半!!」

 ちなみに、その時間が経過すると、校内を用務員が見回りだす。
 つまり、それまでにコトを終え、部室に戻り、片付けして、撤収をせねばならないのだ。

「「おお――――!!!!」」

 そして部員は教会内になだれ込み、


 芸 術 が 爆 発 し た 。


■BACK■



雑記でのっけてた、例の話の騒動終了後的時間です。
略した部分は適当に御想像ください。

よい子も悪い子も、こんな美術部員になってはいけません。