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・コンプレックス・



「死々若」
「なんだ」
「大会の時も思ったんだけど、あんた、なんで美形を演出してるわけ?」

 ――――ごずっ。

 それはそれは豪快な音が、縁側に響き渡った。



 唐突に逆鱗な質問かました少女を、周囲にいた面々はいっせいに凝視する。
 ただ一人、幻海と呼ばれる老婆だけが、我関せずと茶を口に含んでいた。
「勇気あるだなあ、
 あまり手入れされてない赤い髪を持つ妖怪、こと、陣が、少女を突っついて云った。
 云われた少女は、目だけで陣を振り返り、そう? とつぶやく。
 その彼女の傍らでは、音の元凶である死々若丸が、打ち付けた頭から煙をふきだして沈没していた。触覚がぴくぴく動いている。
 鈴駆が指で突付いているが、反応する気力さえないようだ。
「別に、ちょっと気になっただけなんだけど」
 そんな死々若丸の惨状を、少し呆れた目で眺め、と呼ばれた少女は、陣にそう答えてみせた。
 それから、鈴駆をのけて、死々若丸へと向き直る。
「ねえってば、死々若? 死んだふりしても無駄だよ?」
「……本気で落ちたんじゃないのか?」
「だよな」
 凍矢、それから酎のことばにも、だが、はかぶりを振る。
「そんなわけ、ないない。死々若、ほんとに落ちたら“戻る”もん」
「なるほど」
 小ぢんまりした、手のひらサイズ。
 それが、死々若丸の本来の姿だ。
 だが、今、縁側に伸びているのは、見目麗しい青年である。

 ――そりゃ、まあ、気にならないと云えば、嘘になるが。

 しかし、問うと死々若丸の沽券に関わりそうで、男性陣はそれまで極力、そのことには触れぬようにしていたのだ。
 そこを突いた、恐るべし。

 ややあって、死々若丸が身を起こした。
「おまえ……久々の逢瀬で、云うことがそれか」
「久々だから訊いてるんじゃない。今度いつ逢えるかも判らないのに」
「だからと云ってだな……!」
 恨みがましい彼の口調にも、は一切恐れることなく受け答えする。
 見かねた鈴木が、
、何も今でなくていいだろう。今度手紙にでもしたらどうだ? 死々若丸にも、他人に訊かれたくないことのひとつやふたつ、あるだろう」
「だべな」
「ああ」
「そうそう」
「うんうん!」
 そろいもそろった合唱に、は小さく首を傾げた。
 それから、死々若丸に視線を戻す。
「話すの嫌なの?」
「……あまり」
 気乗りしない、そんな気持ちを全面に押し出した死々若丸のことばに、「ふーん」と腕組みする
 なにやら納得してくれたらしいその様子に、死々若丸含め、一同胸をなでおろそうとしたとき、

「じゃあやっぱ、チビだっていうのが嫌だったわけだ」

「「「「「「わかってんじゃねえかッ!!!!」」」」」

「別にいいじゃん。どこぞの邪眼持ちだってチビだし」

「「「「「「次元が違うだろ!!!!」」」」」」

 が一言云うたびに、一同、息の揃った大合唱。
 鼓膜への刺激にうんざりしたか、幻海が、そこで縁側を離れた。

 そして、完全に拗ねる死々若丸。
 半眼どころか三白眼になって、じっとりとを睨みつけた。
「――――」
「当たり?」
 臆しもせずに、は死々若丸に追い打ちをかける。どこか楽しそうに笑いながら。

 そんなふうに、睨み合うこと数分。

 ――折れたのは、死々若丸だった。

「あれでは」、

 ほんのり頬を染め、自棄っぱちに、吐き捨てるように。

「……を抱けないだろう」

 ざばー。
 見ていた一同、一様に砂を吐き出した。

「そう?」

 嬉しそうに笑って、が応じる。

「私、小さい死々若抱っこするの好きだけどな」

「…………」

 それが、男としてちょっぴりコンプレックスなのだと、死々若丸が目で訴えている。
 が、そんなもんに気づくようななら、最初から問いかけてさえいないのではなかろうか。
 そんな一同の予想を裏付けるかのように、は、にこにこ微笑んで死々若丸を手招いた。
「抱っこさせて?」
「……」
「ね」
「……」
 ……どうも、死々若丸は尻にしかれやすい性質らしい。
 早々と折れ、項垂れるや否や、ぴょいっと手乗りサイズになって、が差し出していた手のひらへ飛び乗った。
「ふふー」
 嬉しそうには笑う。
 そっと死々若丸を包み込んで、膝を立て、身体全部で抱きこむように、姿勢を変えて、本当に、嬉しそうに。

「「……」」

 取り残された一同は、その光景――衆目憚らずいちゃつく春爛漫、恋仲の奴らを、極寒の地から見守る羽目になったのである。


■BACK■



基本的に女っ気なさそな人たちばかりのような。