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・地図を広げて・



 壁に囲まれた魔晄都市、ミッドガル。
 その中央にそびえる神羅ビル。
 その奥の奥、セキュリティ最高レベルの一室で、彼らは世界地図を広げていた。


 セフィロスの大きな手が、地図の一点を指し示す。
「ここが、オレたちの今いる……ミッドガル」
 少し北東に動かして、
「こっちはカームだ。一番最寄りの町だな」
 あまり重要視されているわけでもないから、神羅の干渉は割合少ない所だ。
 続いて、さらに東。
「チョコボファーム。名前を聞けば判るだろう?」
「チョコボがいるの?」
 そのとおり。
 セフィロスは頷く。
 あそこの主人たちは、金に関する姿勢もチョコボに関しての対応も、プロだな。
 ……いささか、気になる解説ではある。
「それから、ここがジュノン」
 ミッドガルに一度戻した指を、南西に。
「神羅の支社がある町だ。この大陸の港でもあるから、機械化がミッドガルの次には進んでいるな」
「ああ、俺、海渡ってこっち来たとき、ここで船降りたぜ」
 もうすっげーの。立ち並ぶビル、ビル、ビル。
 都会だなーって思ったけど、ミッドガル来たらさらに腰抜けたな。
 そう懐かしそうに云うのは、黒いハリネズミみたいな頭した好青年だ。
 名前はザックス。
 ソルジャーとして登用されて以来、常に優秀な成績をおさめつづけている。
 クラス1STに登る日もそう遠いことではないだろう、とのもっぱらの噂。
「それから……」
 セフィロスの指が海をわたる。
 砂漠の真ん中にあると思われる、それは、
「ゴールドソーサー。金のかかる遊技場だ。楽しい奴には楽しいだろうな」
「旦那は興味なさそうだよなー?」
 そうして、さらに、西へ。
 岩場のゴツゴツしたあたり。
「星命学で有名なところだ。名前は……」
「コスモキャニオン。ブーゲンハーゲンの爺さん、おもしろい人だったぜ」
「・・・機械を届ける護衛で行ったときか」
「そうそう。2時間くらいとっ捕まって、茶飲み話させられたしな」
 神羅の英雄ひっ捕まえるなんて、すんげぇじいさんだよ。
 そして次。
 さらに、海を越え、ちょっと細長い大陸の、北の方。
「ウータイ。まあ、今さら云うこともないな」
「あ、あそこのどぶろく、すげぇ美味かった。に土産に買ってやろうと思ったらさ、セフィロス止めるんだぜ。ひでーのなんのって」
「……まがりなりにも、敵地で嗜好品を求めるな」
 こめかみを押さえて、セフィロスが云う。
 落としていた視線は次に、に動かされて。
「第一、こいつはまだ未成年だぞ」
 正確には、両手で抱えるようにしているホットミルクか。
「ああそっか・・・じゃあ、今度行ったら抹茶とか緑茶とか買ってきてやるからな!」
「まっちゃ?」
「そそ。深い緑色でさ、苦いけど美味いの」
「……ザックス。おまえ、仕事の最中にどうしてそんな暇があったんだ」
「そこはそれ、俺って世渡り上手ですから!」
 あながち否定も出来ないトコロが、ちょっぴり笑える。
 ますます苦い顔になったセフィロスと、それを見てますます笑うザックス。
 はそれを楽しそうに見ていたけれど、ふと、小さくつぶやいた。

「・・・いいなあ・・・」

?」「どした?」

 小さな小さなつぶやきを、だけどふたりのソルジャーは耳ざとく聞き取ったらしい。
 お互いを向いていた視線は、ミルク抱えて地図の前に座る少女に移動する。
「わたしも、ミッドガルの外行ってみたいな」
 生まれ自体は、ミッドガルの外周の街。
 ただし、物心ついてからしばらくして神羅ビルでの生活を余儀なくされた少女は、羨ましげにふたりを見ていた。
 が。
 銀髪の英雄と黒髪のソルジャーは顔を見合わせて、
「やめとけやめとけ」
「外は危険だぞ」
 ――と、異口同音に仰ってのける。
「・・・セフィロスとザックスは出てるじゃない」
「そりゃあ、俺らはこれが商売だもんな」
「オレたちが行くのは、主に戦場だ。おまえが行っていいような所じゃない」
「……」
 それでも、の表情は変わらない。
 せがまれたからといって、素直に外の話をしてやるべきではなかったのではないかと、ふたりとも微妙に気まずい顔になる。
 だって、判っているのだ。
 戦争はまだまだ続いてるし、ふたりと比べれば(比べる相手を間違っているという説もある)全然弱い自分は、外に出たら戦争で死ぬか魔物に襲われて死ぬか。
 でも、理性はともかく感情が納得できるかというと、全く別の話なのである。

 ちらり、と、先ほどセフィロスが指差した一点に、視線を動かして。

「・・・チョコボ乗ってみたいなぁ・・・」

 チョコボ車でも呼ぶか? と、セフィロスが云い。
 そうじゃなくって、大自然の下で乗りたいんだろ? とザックスが云った。
 そうして、は後者のことばにこくりと頷く。

 それから、窓の向こうを見た。

 時間としては夜の闇にこそ包まれているはずの外は、至極明るい。
 ミッドガルを照らす灯りは、そこかしこにあるからだ。
 その下は、真昼、とはいかないまでも足元に不自由ないくらいは明るいことだろう。
 ――その向こう。
 ずっとずっと、空の先。
 本来の夜の闇に包まれた世界を、はあまり知らない。

 この星の上で暮らしていながら、この星の本来の姿を知らない。

 しょぼくれかえったには、もはや何を云っても無駄かと思われた。
 戦場では一騎当千、いやそれ以上の働きをするソルジャーたちも、手も足も出ない。
 ・・・が。
「よし! それじゃあ今度俺がチョコボファーム連れてってあげよう!!」
 とうとう痺れが切れたのだろう。
 ぐぁばっ! と勢いよく立ち上がり、ザックスが吼えた。
「おい、ザックス……」
「無理! 駄目! 社長に不興買おうが宝条に怪しげな注射打たれようがタークスに感電させられようがセフィロスの旦那にたたっ斬られようが! にこんな顔させてていいのか俺! いいや、答えは否ッ!!」
 にぎりこぶし、ギリギリ。
 背後の炎、めらめら。
 迫力負けして口篭もる英雄の姿。
 ・・・貴重な映像である。

「というわけで! 決行は今度の俺の休日ッ! てゆーか明日ッ!」
「明日っ!?」
「だって俺、明々後日からまたお仕事だもーん」
「……じゃあ行く!」
「お、おい・・・」
「よし決定! 行くぞ直談判! まず押さえるべきは!」
「べきは!?」

「セフィロスの旦那ッ!! 一日借りるぞッ!」
「セフィロスっ! わたし一日貸し出して!」

 ・・・何かが違うだろう、ふたりとも。特に後者。

 だが。


「だめだ」

 目を伏せて、呆れた色も全開で、セフィロスはかぶりを降ってみせた。
「……」「……旦那ぁ……」
 しょぼーん。
 しょぼくれっ子がふたりに増えた室内で、けれど、小さな笑い声が響く。
 発生源は、しょぼくれっ子たちの目の前だった。
「おまえたちのような危なっかしい人間だけで、外に出せるか」
「……あの。俺一応、ソルジャーなんスけど?」
 ひきつった笑顔でザックスが訂正を求めるが、セフィロスはしれっとそれをシカトした。

「オレの次のミッションも、ザックスと同じだ。つまり、同日開始だ。明々後日まで暇がある」

 ぴくん。

 しょぼくれっ子たちが、反応した。

「……オレが引率なら、少なくともプレジデントとタークスは問題ないだろう」
 問題は宝条だが、適当に脅せば一日くらいなんとかなる。

 ぱあぁぁ。

 しょぼくれっ子たちの表情が、一気に明るくなった。

 ずざッ! とザックスが立ち上がる。
「よし! それじゃあ社長とタークスはセフィロスに任せて!」
「宝条博士を脅しに行こう!」
 すたッ! とが立ち上がる。
「……くれぐれも云っておくが、額面どおりに受け取るなよ」
 適当な理由をつけて、丸め込めということだからな?
 念のため、と忠告したセフィロスに向けられたのは、『あっそうか』とでも云いたげなふたりの表情だった。
 おかげでセフィロスがまた呆れかえったのは、云うまでもない。



 神羅ビルの一室、宝条の実験室でどういった会話が交わされたのかは謎である。
 が、浮かれ顔でそこを後にしたとザックスを見るに、うまいこと『脅せた』のだろう。

「あれ? ザックス?」

 楽しみだねー、楽しみにしてろよー、と微笑ましい会話を繰り広げていた横から、第三者の声。
 は首を傾げたが、ザックスは声の主に覚えがあったらしい。
「よぉ、クラウド。検査日だったのか?」
「何してるんだ? こんなところで。休養日じゃなかったか?」
「ああいや、ちょっとした計画を立てててなー」
 ザックスの視線を追ってみれば、そこには。

「・・・ちょこぼだ」

「は?」

 ぴんぴんはねた、金色の髪。
 それがに、いつか図鑑で見たチョコボを連想させていた。
 で、ついつい、それをぽろっと口にしてしまったのである。
 当然、唐突にそんなこと云われた相手の方は、目を丸くしてを見た。
 けれど、彼が何か云うより早く。
「あっははははははははははは!! チョコボか!」
 そーかそーか、そーだよ!
 初めて見たときから、クラウド何かに似てるなって思ってたけど、そうか、チョコボだ!!
 ――そりゃあもぉけたたましいザックスの笑い声が、普段は静かな研究所周辺に響き渡ったのだった。



「というわけで、チョコボ繋がりでクラウドくんもご同行願うことにしました」
「……何が、というわけで、だ?」
 首尾よくプレジデント神羅とタークスの許可書をぶんどってきたセフィロスは、ザックスのことばに片肘ついてそう答えた。
 その彼の目の前には、とザックスとクラウド。
 幼馴染み、とも云えそうなはともかく。
 人懐こさが最大の武器かもしれないザックスはともかく。
 一般兵としてのクラウドには、セフィロスはある意味天上人。
 かっちんこっちんになっているチョコボ頭くんの背中を、ザックスが軽く叩く。
「ってのは、まあ冗談として」
「おまえの冗談は笑えん」
「まあそう云うなよ、旦那」
 クラウドって、小さい頃から野生のチョコボ捕まえるの得意だったんだってさ。
「俺も旦那も、チョコボ車ならともかく直にチョコボ乗ったことってあんまりないだろ? だから、レクチャーにどうかなって」
 チョコボファームの主人さんたちの手煩わせるのもなんだし、乗れる奴がひとりいれば何かと助かるだろ?
 ふむ、と。
 ザックスのことばに、セフィロスは顎に指を当て、なにやら考え込む。

「・・・まあ、いいだろう」

『やったー!』

 パアン! 3人が両手を打ち合わせる。
 クラウドだけはその後すぐ、今自分がセフィロスの目の前だということに気づき、はたっと我に返ってわたわたしているけれど。
「ああ、階級は気にするな」
 明日は別に、軍事訓練とかいうわけでもないからな。
 当のセフィロスは、そう云ってのける始末。
 つまり、完全に無礼講なのだと、そういうことで。
 だけどやっぱりクラウドは、ぶんぶんと、顔を真っ赤にして首を縦に振るばかり。
「いやーもー、こいつ旦那にすっげぇ憧れてるんだってさ、なー?」
 見かねたザックスが、横から助け船を出すけれど。
「あ、ああ。じゃなくて、はい!」
 と、果たして聞こえているのかいないのか。
 オレなどに憧れても、大して得があるとも思えんがな、とセフィロスは苦笑した。
 それから――ふと。
 うきうきと、今度はチョコボファーム周辺の地図を開こうとしているを手招いて机の横に立たせ、クラウドに向き直り。
「おまえ、受け持ちはどこだ?」
「え?」
「魔晄炉の警備か? 神羅ビルのガードか?」
 ぽかんとしていたクラウドは、やがて質問の意図が頭に染み込んだんだろう。
 ビシィ! と直立不動。
「あ、俺、じゃない私は――」
「・・・いや、いいか」
「は?」
 せっかくのセフィロスからの質問だったが、答える前に当の本人からストップがかかる。
 目に見えて肩を落としたクラウドの横で、ザックスが腹を抱えてうずくまっていたりする。

「おまえには、明日からこいつのガードに入ってもらおう」

『・・・は?』

 その場の、セフィロス以外全員の合唱になった。
「統轄はハイデッカーだったな。オレが話をしておく」
 まあ、兵士のひとりふたりぐらいなら、ケチケチしないだろうとは思うが。
 とんとん拍子になにやら進めているセフィロスに、笑いも引っ込んだらしいザックスが、おそるおそる問いかけた。
「おーい……旦那? 俺ら、なんか成り行きが全ッ然飲み込めてないんですけどー?」
「つまりだ。オレたちは、任務任務であまりここには戻らないだろう」
「まあ、そうだなあ」
「いつまでも、宝条の息のかかった人間だけに任せておけんと思っていたところだ。ちょうどいい」
「……つまり何。旦那、宝条博士嫌いなわけね?」
「おまえはどうなんだ」
「俺も嫌い」
「それなら判れ」
「ああ、判った」

「?」「?」

 勝手にふたりだけで判りあうな。
 とは、すっかり置いていかれている感じのとクラウド。
 顔見合わせて疑問符大量出現させていると、今度はザックスがにぱっとふたりを振り返る。
「んじゃそーいうことだから!」
「な、何が?」
「おまえ、今度からセフィロス直属。でもっての護衛。つーか遊び相手!」
「あ、遊び!?」
 仮にも兵士としての尊厳を崩されそうになってクラウドが叫ぶけれど、すぐに。
「・・・セフィロスの直属!?」
「そうだ。不服なら――」
「いいえ全然!! 光栄です!! ・・・でも、遊びは――」
 さすがにそれは気になるらしく、勢い込んだことばの語尾は、だんだんと小さくなっていた。
 でもって、そこにフォローに入るのがザックスだ。
「あのな、クラウド」
「なんだよ?」
さ、ちょっと前まではセフィロスの遊び相手がやれてたんだよな。旦那が結構手加減して、だけど――この意味、判る?」
 ようやっと。
 『遊び相手』の意味がわかったらしいクラウドの表情が、ゆっくりと変わる。
 驚愕に見開かれた目が、を見て。
 次に。
「すごいな、あんた!」
 ――と、実に純粋な羨望をたたえて、そうクラウドは云ってのけたのだった。
 あとから考えれば、それがある意味最終試験だったといえなくもあるまい。そうザックスは語る。
『いや、だってさぁ。あんときの旦那の目、まるで娘を嫁にやる父親みたいな感じでさ。たぶんクラウドがにビビったりしてたら、絶対部屋叩きだしてたね』
 ・・・とはいえ、ちょっと視点を変えれば叩きだされていた方が、クラウドの(そしてザックスの)将来的には無難だったのかもしれない。
 なんとなればこれでセフィロスの覚えもめでたくなったクラウドが、くだんのニブルヘイム魔晄炉調査において一行に加わっていたのは、セフィロスが『たまには里帰りもいいだろう』と余計な気を利かせたせいでもあったりしたのだから。
 その後の悲劇については、もはや云わずもがな。

 だけど、そんな遠い未来のことなど、誰にも判らない。


「チョコボファームまでどのくらいかなあ?」
「車を出せば、半日もかからないだろう。夜明けぐらいで起きられるか?」
「あー、俺は平気。クラウドは?」
「俺も大丈夫です!!」

 とりあえず、とっても楽しみな明日のことを。
 地図を広げて、どんな光景があるのか考えながら。

 ――みんなで、わいわいとやっていよう。今はまだ、幸せな日々。

 今はまだ、ね。


■BACK■



セフィロスもザックスも好きー。