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・青の薔薇・



 理科の実験で、よくやると思う。
 白い花に色水を吸わせて、花弁に色をつけようというやつ。
 たしか、導管とかの実験だったと思うんだけど。

「青い花見ると、思い出しちゃうんですよね」
「………………」

 さっきIRPOに見学授業にきてた、どこぞの小学校の団体さん。彼らが「ありがとうございましたー!」と笑顔で置いてった青いカーネーションの押し花カード。
 それをひらひらさせながら、はちらりとサイレンスを見る。
 きれいな妖魔のお兄さんは、困惑した顔で彼女とカードを交互に見ていた。
「ほら、この間――アセルスさんの要請で、シュライクの研究所の所長をふんじばったじゃないですか」
 正確に云うなら、研究所を壊滅させたのはヌサカーンに案内されたアセルスだ。そこの女所長ジーナに何か云いよられたかしたのだろう、激怒して研究所を半壊させたのである。
 で、彼女を犯罪者にするのは忍びなく、事情を聞いたの願いで、かねてから怪しい噂のあったシュライク研究所には、IRPOの操作の手が入ることになったのだった。
 ――こくり。
 少し眉を寄せて、サイレンスが頷く。
 あまりいい記憶でもないのだろう――何しろ、その女所長は青い薔薇を作るがために妖魔を捕えて血を奪っていたのだから。
 人間の手の届く妖魔など所詮下級ではあるが、そんな身勝手のために狩られては彼らとてたまったものではあるまい。そこに捕えられていた妖魔たちはIRPOで一時保護し、回復後、生息地にそれぞれ輸送することになっている。

 その研究所にあった、製造途中と思われる青い薔薇。

 妖魔の血によって染め上げられた、純粋な――偽りの蒼。青。藍。

 濃厚な薔薇の香りにむせかえった隊員も少なくなく、なかには任務後休暇をとるほどやられた者もいた。
 幸い、ヒューズの指揮下で動いていたとサイレンスはそういった被害を逃れたわけだが、精神的ダメージが軽微だったかというとそうでもない。
 妖魔であるサイレンスは、特にそうだろう。
 自由を喜ぶ下級妖魔たちを安堵したように見守る反面、すでに命潰えた彼らをいたましそうに見届けていたから。
「…………」
 サイレンスの伸ばした手が、の持つカードを閉じる。
 かわいらしい『ありがとうございました』と青い花弁は、それで視界から消えてしまった。
「これ、いやですか?」
「…………」
 嫌じゃない、けど、まだあまり見たくない。
 黙したままのサイレンスは、目でそう語る。
「じゃあ、これ、わたしが預かっておきますね」
 カードを懐にしまい、はにこりと笑った。
「でも、あの子たちががんばって作って、サイレンスさんにくれたものですから――いつか、引き取りに来てくださいね」
「…………」
 こくり。
 サイレンスの表情が、少し和らぐ。
 ちなみに、見学旅行の子供たちの担当をしたのは、くじ引きの因果が巡り巡ってきたヒューズの隊だったのだ。
 本業清掃員であるはずのまで引っ張り出されたのは、まあ、大人と妖魔と機械とことば通じぬ動物だけよりも、身近な一般人“ぽい”のもいた方がいいだろう、というのと、いつもヒューズの要請で非常勤隊員してるから、というふたつの――実に単純な理由。
 ヒューズとラビットが射撃訓練場。
 ドールとコットンが業務案内。
 サイレンスとが引率。
 ちなみに、ごたごたの末復帰したレンは、現在新婚旅行中。ああもうお熱いことで。
 そんなこんなでいつになく騒々しかったIRPOも、子供たちがみんなで作ったカードを隊員一人一人に渡して帰った今では、すっかり静かになっていた。
 かっちりしたIRPO制服に袖を通していたも、今は着慣れた清掃服姿。それはそれでどうだろう、年頃の女の子。
 子供たちが見たら、ギャップにびっくりかもしれない。
「同じ青でも、こういうのならかわいいなって思います」
 カードをおさめた胸元を、ぽん、と叩いては云った。

 それからふと、サイレンスを見上げて「それに」と追加。

「青い薔薇よりもね、こうして生きてお話してくれる青い血のひとのほうが、わたしはずっと好きです」

「………………」

 自然界にはない、青い薔薇をつくることに執着していたかの所長。
 それよりも、ただ、こうして自然に存在してくれている、青い血を持つきれいなひとが好きなのだと。

 真面目におたおたとうろたえるサイレンスを見て小さく笑いながら、は心底、そう思うのだった。


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ジェスチャーで語らせるというのは、媒体が文字だけだと辛い。
でも、やってるうちに楽しくなってくるから不思議。