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・馬鹿野郎・



 ガラッ、と、大き目の音を立てて扉を開けた。
 ねぐらにしているその部屋に、他人の気配がしたからだ。
 ケンカは相手をビビらせた方が勝ちである。
 その法則にのっとって、バノッサはその行動に移ったのだが――

「あ、バノッサさんおかえりなさい」
「おかえりなさい、こんにちはー」

 ほのぼのしく茶会を決め込んでいたカノンとを見て、思いっきり肩を落としたのだった。
 どうもこのふたり相手だと、オプテュスの頭という威厳が端からなくなっていきそうな予感にかられつつ。


 気をとりなおして、足を踏み入れる。
 すぐには気づかなかったが、甘い菓子のにおいがした。
 見れば、普段は見もしないような茶と、女子供の好みそうな菓子の山。
「……どうした、それは」
「あ、さんがお土産って持ってきてくれたんですよー」
 顔に似合って甘いもの好きなカノンが、にこにこ答える。
「まま、バノッサさんもおひとつどうですか?」
 いらねぇよ。
 そう云って、間続きの隣部屋に移動するためにその場を横切る。
 別に嫌いというほどではないが、ずっとこんな甘いにおいのする場所にいると気が抜けそうだ。
 ――こちとら、喧嘩ふっかけてきた輩をのしてきて、疲れているというのに。
 しゅーん、と。
 しょぼくれてしまったふたりを、やっぱり似た者同士だと思いつつ。
 扉に手をかけて、ふと、振り返った。

「おい、馬鹿野郎」

 ・・・きょとん。

 二人揃って目をまたたかせ、真ん丸くしてバノッサを見上げる。
「手前ェだ、手前ェ」
 指差してやると、ようやくそれが自分のことだと判ったらしい。
 が、さらに目を丸くした。
「ば……馬鹿野郎って……」
「馬鹿野郎は馬鹿野郎だろうが。はぐれ野郎たち以上の馬鹿野郎」
 1年前自分が何やったか、忘れたわけじゃねーよなァ?
 にやりと笑ってそう云うと、とたんには、『うっ』とか云って口篭もった。
 忘れてなどいるまい。
 自分が、これだけ鮮明に覚えているのだから。

「で、だ」

 身体ごと振り返り、バノッサはをもう一度指差す。

「手前ェ、ひとりで王都からここまで来たのかよ?」

 こっくり――

「馬鹿野郎」

「また云ったー!?」

 素直に頷いたの頭上に、でっかい岩石が直撃した――ように見えた。
 ショックも露に叫ぶを、まぁまぁとカノンがとりなしている。
「バノッサさ〜ん……女の子にバカバカ云っちゃ駄目ですよ〜」
「女じゃねぇだろそいつは」
 普通の女が、はぐれやら野盗やら満載の旅をひとりでやってのけるかよ。
「……ふ、普通じゃないもん軍人だもん!」
 元だけど!
「だから普通じゃねぇっつってんだろが、馬鹿」
「また云うー!」
 むうぅっ、と。
 ふくらませた頬も、むくれた表情も。
 それだけ見れば、そこらへん、どこにでもいる普通の少女。
 でも、そのぎゅっと握りしめた手のひら。
 そこには、バノッサの知っている、女性を感じさせる吸い付くようななめらかさも、整えられた爪もあるまい――いや、ない。
 剣を使う人間として、それは当然のことだ。
 荒れないほうが不思議だし、血豆だってつくったことくらいあるだろう。
 それを自分は知っている。
 ただそれは、という人間を知らない相手には、見切れない。

 だから、云うのだ。

「馬鹿野郎」

「バノッサさんー! いくらなんでも泣きますよ!?」

「来るなら来るって云えば迎えにくらい行くっつーんだよ。ちったぁ自分の見た目考えろ」


 ・・・別に。
 特別に美少女だとか、食指を動かされるとか、そういうわけではないのだけれど。
 世の中には、女だというだけで興奮する腐った奴がいるのも事実で。
「……」
 云われたは、微妙な表情でバノッサを見上げている。

「・・・バノッサさんて、もしかして意外に親切?」

「野盗に食われてこいッ!」

 襟首掴んで放り出そうとしたら、残念なことにカノンが必死で止めたおかげで未遂に終わった。


 疲れきったバノッサは、結局部屋に戻ることなく、とカノンがいた部屋に腰を下ろして足を投げ出す。
 台所にいるカノンが、なにやら料理している音とにおい。
 もしかして、食事もここですます気か。
「……だから、馬鹿野郎なんだよ手前ェは」
 差し出された菓子を、そのまま口に放り込んで、噛み砕く。
 予想通りの甘い味。甘い香りが口中に広がった。
 あはは、と。バノッサが顔をしかめたその前で、照れたようには笑う。
「それとも、手前ェの世界の奴等ってのは、みんなそうなのか?」
 誓約者たちしかり、目の前のしかり。
 辛い道を確かに歩いておきながら、苦しみも痛みも胸の奥に抱えながら。

 ・・・笑う。

 いつも他人のことばかり。
 自分の身には無頓着。
 すぐに相手を信じるし、裏切られても考え直そうとしない。
 それで周りがどれほど気をもんでいるか、果たして自覚しているのか・・・してないな。

「ちったぁ自分の身の安全も考えろ」
 第一、男のねぐらに女ひとりで来る時点で相当の馬鹿だろうが。

 ぶつくさ云うと、台所でカノンがふきだしたような声がした。
 怒鳴りつけようと口を開いたら、それより先にも笑い出す。
「あのなぁ!」
「だ、だって……それじゃ何ですか、バノッサさん、あたしを襲うんですか?」
「なっ……、誰がするか! 手前ェみたいな馬鹿野郎ッ!」
「ですよね?」
 乗せられた。
 そう悟ったときにはすでに遅く、してやったりと云いたげなの笑顔が目の前にあった。

 うれしそうに。
 たのしそうに。

 まったく、なんでそんなに無防備なんだよ手前ェは。

 ……襲えるか。馬鹿。


「飯食っていくのか?」
「はい! カノンさん自慢のお料理だそうですよっ」
 むしろフラットのみんなからカノンさんのお料理上手を聞いて、こっちまでわざわざやってきたんですから!
「……阿呆」
「これに関しては馬鹿でも阿呆でもいいです。美味しいご飯は明日への活力」
 というわけで、楽しみですよね!
 ビシィと親指おったてて、楽しそうには云う。

 どっちかというと、そんな目の前のを見ている方が楽しい――なんて一瞬考えた誰かさんも、同じくらいの馬鹿野郎ではあるのだろう。


■BACK■



すべてが終わったあと、サイジェントに遊びに来て。
バノッサさんは、やっぱり小動物に弱いと思います(笑)