BACK

・テストの前に・



 世の中、テストだけで学力を測ろうというのは間違っていると思う。
 どうせたいていの学生、テスト前にしか勉強せんのだし。
 テスト終わればその反動で頭のなか真っ白になるし。

 とどのつまりが、テストとゆーのはあってもなくても良いとゆーのがの自論であった。

「毎日授業をちゃんと聞いていれば、そんなこともないと思うが」

 コンマ1秒の間もおかず、彼は思いっきしそう否定してくれた。
 ――ちなみに、の問題集の採点をしながら、である。
 世の中、出来る奴は出来る、ということばを体現したような人間がそこにいる。



「聞いてないから今困ってるんだもん」
「判っているなら、ちゃんと聞いたらどうだ?」
 ほら、と、返される問題集。
 呆れた彼の表情そのままに、赤鉛筆の○や×――×の方が圧倒的に多いのが泣ける。
 注釈や解説まで丁寧に入れてくれて、白かったその見開きは真っ赤っかだ。
 それを上から下まで眺め見て、しみじみとはつぶやいた。
「渋沢……赤ペン先生になる気はない?」
「残念ながら、ないな」
 即答。
 さっさとやれとばかりに、次の頁をめくられる。
 それを見て、顔をしかめる
「わたし、このタイプの問題嫌い」
 やりたくない。やだ。次に行く。
 が、めくろうとした手はがっしと押さえられた。
「それなら好都合じゃないか。今のうちに苦手な分野を克服しておいた方がいい」
 中学で苦手だった分は中学のうちにどうにかしないと、高校に入ってから蹴躓くから。
 云われていることは至極正論なのだが、頷けるかというと話は違う。
 第一、そう云われて克服できるもんならとっくの昔に克服も出来ていようというものだ。
 結局ぶつぶつ云いながら、はシャープペンを持ち直して問題集に向かった。
 並んだ小さい字の羅列。
 気の遠くなるような公式の山。

 ……あ、目眩。

……本気でやる気はあるのか?」
「あったんだけど、消えた」

 あきれ返った渋沢の問いに、は結局頭を抱えてそう答える。
 と、ちょうどそこに救いの神。いや、悪魔。
「よう、はかどってるか?」
「そう見える?」
「いーや、全然」
 一文字たりとも書きこまれていない問題集を見て、悪魔もとい、三上亮が小さく笑った。
 何ぞ買出しに行っていたのだろう、抱えるのは大きめな袋。
 見ていたら、ほれ、とチョコを投げられた。
 反射的にキャッチして、渋沢に目でお伺い。
 返された苦笑は、休憩の合図。

 そもそも、女子禁制の武蔵森男子寮にどうしてがいるのかというと、話は簡単。
 同じクラスかつその他の縁のよしみで、迫る学年末テストのために勉強会をお願いしたのである。
 (脅迫だろありゃ:三上談)
 勿論見つかったらお小言ではすまないだろうが、別にやましいこと目的ではないし。
 てゆーか男女の睦みごとなんか期待されても、自分たちが逆に困る。
「あんたらはいいわよねー。学年一桁台余裕だし」
 サッカーに忙しいくせに、いったいどこにそんな余裕があるのやら。
 ベッドに身体もたれさせて、チョコと抹茶という合うのか合わないのか微妙な取り合わせを楽しみながら。
 そう云うと、渋沢は困ったように笑い、三上は、ハッと鼻で笑う。
「当たり前だろーが。出来が違うんだよ出来が」
「なんか、あんたに云われるとすんごい腹立つんだけど……」
「いや、三上。はやろうと思えば出来るんだ。天地がひっくり返ってもやらないだけで」
「渋沢・・・云っとくが、それフォローじゃねぇぞ」
「やってるじゃない。今。まさに!」
 びしっとが指差したのは、真っ白なままで開かれた見開き頁。

『・・・・・・』

「説得力皆無」
「なんだかんだ云って、やったのはさっきの2ページだけだからな……」

 勝者、渋沢&三上組。


「てーかちゃんよ。真面目に高等部上がりたいだろ? もう留年したくねーだろ? じゃあ頑張れよ」

 撃沈したの頭をぽんぽんと叩いて、三上が云った。
 留年と云っても、別に学力面で留年したわけじゃない。
 中等部において珍しい留年をした理由は、入学早々大事故に遭って入院していたからだ。
 故に、本当なら今ごろ高等部でぶいぶい云わせているはずなのに(古)、現実としては必死こいて学年末テストの対策中なのであった。
 武蔵森は文武両道をうたっているだけあって、あまりにも成績がアレだと、他の高校をそれとなし勧めるというシビアな面も持つせいだ。
「うるさいやい。今だって、別に上がれないほど悪いわけじゃないもん」
「そうだな。微妙にイエローゾーンなだけで」
 だから、念のために今度のテストで挽回したいんだよな。
「渋沢……それ以上追い打ちかけんな。マジで息絶えるぞコイツ」
「いや、俺は追い打ちをかけているつもりはないんだが……」
 ぱったりと机に伏したを見て、三上がツッコミ渋沢がうろたえる。

「いーもんいーもん、留年したらしたで藤代や笠井たちがくるもんねー。一緒にいろいろ遊ぶんだーい」

、逃避は推奨出来ないぞ」

 ぶつぶつ云い出したに、いちいち律儀に渋沢がツッコむ。
 それを横目に、三上がぺらぺらと問題集をめくり、
「ほれほれ。いいからこいや、ちゃん」
「だーもう名前にちゃん付けやめれ、わたしはあんたより年上だ」
「同学年の分際でゴネるんじゃねぇ。いいからこれやれ、これ」
 ピシッと指差されたそれは、少なくともさっきよりは簡単そうな問題の頁。
「これさえ出来ないなんて云うなよ?」
 ぐ、と。
 さすがに出来なきゃバカにされると思ったらしく、は再び机に向かう。
 横からそれを覗き込んだ渋沢が、少し眉をしかめた。

「三上、こんな初歩からやって間に合うのか?」
「いーや、これでいいんだよ。渋沢は一気に進ませすぎ。これぐらい程度の低いヤツからやらせてけ」
「程度低くて悪かったわね」
「……ところで、云っておくけどな」
「何よ」

「もし上がれなかったら、おまえ、俺たちに『先輩』って云うんだぞ」

「・・・・・・!!」


 ピシィ、と。
 音高く固まったのち、はそりゃあもう、猛スピードで問題に取り組み始めたのであった。
 渋沢と三上は、笑いを必死で堪え、肩を震わせる。
 それから、顔を見合わせて。
 ちょっとだけ口の端を持ち上げる、といったかすかな笑みを浮かべて。

「ま、数学は俺様の十八番だ。なんかあったら訊いていいぞ」
「終わったら茶と菓子を用意してやるからな、

 だから、がんばれ。

 一緒に、同じ門出を祝おう。
 また、同じ時間を過ごそうよ。


■BACK■



ホイッスル! ネタ......書いてみたかったっすよ。
だって、連載開始から終了まで、ずーっと読んでたもん。
ドリーム見かけたのも、実はいちばん最初はこれだったという裏話が。

例にもれず、武蔵森4人組が好きですな。
ちなみに、中等部→高等部の進級については捏造。私立はよく判らんス。