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・レモンの飴玉・



 ころん、ころころ……カツッ!


 足元に転がってきた黄色い物体を、リオンのつま先は我知らず思いっきり蹴飛ばしていた。
「……なんだ?」
 蹴飛ばしてから初めて、自分が何かを蹴ったことに気づく。
 それが、石ころよりも小さいものならば当然だ。
 視線を動かして、いまだ地面を転がりつづけている物体を見る。

「……ガラス玉?」

 黄色の、まんまるい玉。
 降り注ぐ陽光を反射して、一瞬、光ったように思えた。
 ・・・けど。

「残念でした。飴玉だよー」

!?」

 そうして、斜め上の手すりから、リオンを見下ろして笑っていたのは。
 黄色の飴玉よりも鮮やかな、燈金色の双眸を持った、リオンより少し年上の少女。
 名を、という。


「やあやあやあやあ、お久しぶりですイレーヌさん。お元気そうで何よりですー」
「まあ、、久しぶり! 元気にしていた!?」
 がばっ。ひしっ。
 そんな擬音もふさわしく、抱き合うのはオベロン社の関係者ふたり。
 ひとりは、イレーヌ=レンブラント。
 このオベロン社フィッツガルド支部の責任者。
 もうひとりは、先刻リオンと合流してここまでやってきた
 台詞からも判るように、彼女はフィッツガルドの人間ではない。
 かといって、オベロン本社の人間かと訊かれると、それは微妙な立場である。

 というのは、オベロン社の外部監査官だ。
 元々はオベロン本社に事務員として勤める女性の娘だったが、ヒューゴが価値を見出して抜擢したらしい。
 常任ではなく、抜き打ち監査といった性質が強い彼女の職だが、オベロン社自体不正とかそういうのはとんと見ない。

 ――おかげではいまや、監査官というよりは兼任していた剣客の方に重きを置かれつつもある。
 修行と称して世界中を旅している彼女をつかまえるのは、社長でさえも難しいともっぱらの噂だった。


「あーうん、久しぶりにイレーヌさんに逢いたくてねー。遊びにきてたのよー」

 ひとしきりとイレーヌが再会を祝いあった後、どうしてここにいるのかと問うたリオンに、は笑いながらそう云った。
 桜舞い散るフィッツガルドの公園。
 リオンの奢り(ココ重要)で、小腹を満たしつつのことだった。
「……ヒューゴ様が云っていたぞ。本来の職務で呼びつけようと思っても、行方が判らないから困ったものだと」
「あっはっは。社長も耄碌したかしらねー」
「それが本当ならどんなにいいか・・・」
 けらけら笑っているの横で、リオンは小さく息をつく。
 そのとおり耄碌してくれているならば、どれだけ自分も救われるだろうか。
 ――あの男の野望を知っているからこそ、切実に思うことがある。
「どしたの。リオン、元気ないね?」
「おまえみたいに呑気にしていられないんだよ、僕は」
 何、またお仕事?
 呆れた顔でそう云うに、頷いてみせる。
 それから、少し考えて。
「・・・まあ、おまえにならいいか」
「何が?」
「『神の眼』が、ストレイライズ神殿から奪われたんだ」
 ぎょっ、と。
 の目がまん丸になるのを、妙におかしく思う。
 驚きすぎて声もでないのか、はしばらく浅い呼吸を繰り返して。
「エイプリルフールはとっくに過ぎた……よね」
「僕が冗談をいうタイプに見えるか?」
 むっつりしてそう云えば、思わない、と、即行返事が返ってきた。
 良くも悪くも、リオンとはそれなりに長い付き合いがある所以だ。

「それで、セインガルド王より勅命を受けて、奪還に動いている最中だ。……罪人たちと一緒にな」

「は? 罪人? そりゃまた何やらかしたのその人たち」

 遺跡荒らしとソーディアンの火事場泥棒。
 そう云うと、またの目がまん丸になる。
 さっきとは別の意味で。
 それを示すように、じっと見ていると、次第に彼女の表情が微妙に歪んで――

「そりゃまた……その人たちもかわいそーに……」

「そういう奴等のお守りを押し付けられたんだぞ、僕は」

「でも、だってさあ。リオンと付き合うのって生半可な根性じゃ難しいじゃない」

 愛想は悪いわ、横柄だわ、気に入らないとすぐどつくわ、ちっちゃいわ。

 ・・・最後のは余計だろう。

 腰に佩いたシャルティエがくすくす笑っているのを聞き流し、を睨みつける。
 が、睨みつけられた本人は、そよとも感じていないらしい。
「で? もう何日目くらい?」
「さあな。近頃、数えるのがバカらしくなったところだ」
 『神の眼』などという大物に関わる任務が、一朝一夕で終わるわけもない。
 長丁場は覚悟の上だが、果たしてどれほどかかるのやら。
 この街に訪れるのだって、紆余曲折あってのことだ。
 というようなことを要約してに告げれば、ふーん、と、彼女はにんまり笑う。
「それじゃあ、それなりによろしくやってはいるんだね」
「……妥協せざるを得ないんだよ。任務のうちにお守りも入っているんだからな」
 苦い顔でそう云ったつもりなのに、の笑みは消えるどころかますます深くなる。
「ふーん……そっか、そっかぁ」
「・・・嬉しそうだな」
「うん。なんだかんだ云っても、リオン、元気そうだしね」
「元気なものか。第一奴等の見張りとお守りで、最近あまり寝ていない」
 さらに渋面になってそう云って――
 はた、と口を押さえたが時すでに遅し。
 ぱちくり。
 三度目を丸くしたが、じっとリオンを見ていたのだった。

 ……しばしの間。

 それから。
「なるほど……たしかに疲れてるっぽいわ」
 わたしに弱音云うなんて、しかも相当?
「……ほっとけ」
 シャルティエの笑い声が耳に障る。
 べしっと柄を叩いたら、一瞬止まって――それでも、小さなそれは途切れることはない。

「寝る?」

 横からかけられる声。
 手招いている手のひら。
 一瞬、意味をつかめずにぽかんとしていたら、その手が下を指差した。
 ――の膝を。
「おまえ、僕を何だと思ってる」
「……どっちで答えてほしい?」
 逆に真顔で問われて、リオンの方が答えに窮した。
 が。
 そんな微妙な空気を吹き飛ばすように、がにっこり笑う。
「じゃあ、寝るのはやめにしてコレ」
 ころん。
 手のひらをとられて、そうしての手から渡されたものは、黄色の飴玉。
 自分の分も取り出して、は早速口に放り込んでいる。
「レモン味、嫌い?」
「いや……」
 しばし、躊躇。
 それから、勢いをつけて口に入れた。
 口内を、柑橘系独特の酸味が満たしていく。
 麗らかな陽射しにぼんやりしていた頭が、一瞬覚醒した。
 けれど、舐めるうちに舌がだんだんその味に馴染んで、むしろかすかに甘ささえ感じだす。

「ビタミンCはOKとして、これで牛乳があれば、カンペキなんだけどなあ」
「……あえて訊くが、何故だ?」
「イライラしやすいリオンのカルシウム補給」
「斬るぞ」
「あははははっ」

 ――が笑う。
 それに混じって、シャルティエの笑い声もする。
 不思議と、さっきまで感じていた耳障りな何かは消えていた。
「・・・しょうのない奴だな」
 その笑い声が消えた頃、肩にかかる重み。
 ふと視線を隣に戻せばまあ、予想通りというか。
 もたれかかって、健やかな寝息を立てている誰かの姿があるわけで。
「自分が先に寝てどうするんだ。馬鹿者が」
『じゃあ、坊ちゃんも寝たかったんだ?』
 あとでに云ってやろーっと。
 そう云うシャルティエを、もう一度叩いて黙らせた。

 チャンネルが繋がるとでも云えばいいのか、マスターではないはずのは、たまにシャルティエのことばを聞くことが出来る。
 意図してのものではなく、ほんのときたま、とても低い確率。
 けれど、周りにソーディアンマスターのいなかった昔、リオンにとってだけが、その感覚の共有者だった。

「……しょうのない奴だ」

 もう一度。
 そう云って、ずり落ちそうになったの頭を支えて戻す。
 熟睡に入ったのか、それでも目覚める気配のない彼女をもう一度呆れたように見て。
 まだ手に持ったままの、飴玉の入ったビニール袋を取って横に置く。
 抱えたままでは、手の力が抜けたときに落ちて地面にぶちまけかねないからだ。
「・・・まったく」
 つぶやくリオンの視界の端で、黄色の飴玉が小さく光った。



 次に燈金色の瞳が開いたとき、見たものは。
 通りかかってリオンを茶化していたスタンたちが、最大出力の電撃で三途の川を渡ろうとしている現場だったらしい。


■BACK■



1、2、3、おやすみー。一種の特技ですよねこれ。のび太か<主人公
TODは大好きでした。リオンの結末は納得いかんかったけど......
TOD2が救済らしいと聞いたんですが、それはそれでちょっとなあ、なんて思ったり。