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・嗚呼、青春・ |
武蔵森サッカー部にはマネージャーがいる。当たり前だが。 マネージャーは選手のお手伝いをする。当たり前だが。 現在、正式なマネージャーは一人しかいない。ちょっと異常だ。 それもこれも、監督のせいだ。 マネージャーはそう証言する。 3軍がいるんだからマネージャー少なくてもいいんじゃないかとか云った人間は、瞬殺されたらしい。 そんなどうでもいいことを思い出している渋沢の前では、かのマネージャー殿がせっせと尊い労働進行中。 1軍と2軍の紅白戦が終わった直後の、休憩時間。 本日は監督もコーチも留守で、権限は渋沢に一任されていた――はずなのだが。 女子マネージャー、つまりが重いドリンクケース抱えているのを見かねたらしい3軍のひとりが、手伝おうかと申し出ているようだ。 が、はというと、それはいいからと断って、逆に彼をフィールドに叩きだす。 ぽかんとした彼にボールを放り。タオル配りやらボールの片付けやらやっている3軍へ、 「ほら、3軍! とっととフィールドに入る!! 今のうちにやれるだけボール蹴りなさい!!」 ――と、一喝。 当然、一部からはブーイングが起こる。 起こるが…… 「どやかましい! 今日監督は留守! つまり権力者はわたし! わたしこそが今日の武蔵森サッカー部の神よ!!」 てなわけで、逆らったら滅殺。 とたんに場は静まり返る。 お見事。 クックッ、と、喉を鳴らして笑う渋沢から少し離れた場所で、藤代が盛大に拍手していた。 休憩時間は、30分ほど延長された。 当然その間、フィールドを占領するのは3軍の人間だ。 普段は滅多に入らせてもらえないその場所で、顔を輝かせてボールを追う彼らは、久しぶりに遊びに出してもらった犬のよう。 「何も云わないのね、渋沢」 15分ほど経過したとき、3軍がやる予定だった雑務を終わらせたらしいが、苦笑いしつつやってきた。 「いや、ちょうどよかったと思うよ。ありがとう」 「先輩お疲れ様っス! これどぞ!」 そしてその横から、すさっと差し出される、未開封のドリンクひとつ。 ご主人様が帰ってきた! とばかりに、尻尾があればおそらく全力で振っているだろう藤代がそこにはいた。 「ありがと、わんこ。悪いわね」 「俺、わんこじゃないですってばー!」 「犬よ犬。サッカー莫迦のかわいいわんこ」 だけど悪いわね。あんたらの練習時間ぶんどっちゃって。 恨みがましい目で自分を見ている2軍の数名を、一瞥して黙らせて。 が、ぽんぽんと藤代の頭を叩いた。 なでられたのがよほど嬉しいのか、藤代はにへっと破顔する。 「いいっスよ。ボールに触りたいのは、誰だって一緒ですから」 「そうそう。監督のいねーときぐらいサボらせろっての」 ひょっこりと、三上もやってくる。 もう飲んでしまったらしいドリンクのボトルを、回収箱に放り込み―― のまだ持っているそれに、目をつけたらしい。 「もらうぜ」 「あー!?」 まさにストローに口をつけようとしていたところに手を伸ばし、かっさらう。 にも隙があったとはいえ、素晴らしい早業である。 「ちょっとこら! 返せ!!」 「やなこった」 「三上先輩ひでー! 先輩のためにとっといたのに!!」 「よくもわんこの心遣いをー!!」 も取り返そうと頑張るものの、三上が腕を伸ばしてしまえば、身長の差もあって届きようがない。 ぴょいぴょいマネージャーが跳ねてる間に、三上はさっさとドリンクボトルを空にした。 「ほらよ」 ぽい、と投げて返されたのは、すっかり軽くなってしまったボトルひとつ。 「あんたね――!」 「先輩」 どつきにかかろうとした、応戦しようとした三上。 だが、決戦の火蓋が切られるよりも先に、笠井がストロー口を袖でぬぐい、自分のボトルを差し出していた。 「・・・少し飲んじゃったんですが、それでもよかったら」 「……笠井君。なんていい子だ君は」 ありがとうありがとう。 腐れ三上の後輩なのに、よくこんなに真っ直ぐ育ってくれたね。 素晴らしくでかい含みのあるのことばに、三上が反応するより早く。 「先輩がいてくれましたから」 ――と、実にスマイリーに笠井が応じた。 「わーもうこんな弟欲しかったー!!」 がば、ぎゅー! よっぽどツボに入ったのだろう、はそのまま笠井を抱きしめる。 タイミングを逃した三上は、口をぱくぱくさせていた。 「あー! 竹巳ばっかずりー!!」 「何、わんこもスキンシップする?」 「する!!」 「よっしゃおいでー」 抗議の声をあげた藤代のために、身体半分開けたが腕を広げる。 「藤代誠二、いっきまーす!」 試合中でもそこまで入ってないんじゃないかとゆーくらいの気合いで、藤代がにしがみついた。 渋沢がたまに感心するのは、こんなところだ。 はマネージャーで、女子で。 だのに、男子である自分ら、サッカー部の面々と戯れているときには、全然性別を感じさせないで付き合えるところが。 本人意図してやってるわけではないだろうから、かなり貴重な人物である。 それがどうしてかというと―― キャー! と、黄色い声があがる。 黄色いというよりは、むしろ蛍光イエロー、バーミリオンレッド、レインボー。 ・・・練習を見学にきていたらしい、女子たちの声だった。 声というより、悲鳴か。 多数の声が混じって聞き取りづらいが、藤代君に何するの、だとか、生意気、とか聞こえるあたりでだいたいの想像はつく。 「」 「あー、また来たのねあの子たち」 笠井と、名残惜しそうな藤代を放してやったが、頭に手をやってぼやいた。 「先輩、何スかあの子たち?」 「あんたらのファンだそうよ」 「え? そうなんですか?」 人懐こい藤代のことである。 そうと聞かされれば、ファンサービスせねばならないとでも思ったのだろう。 何ぞ歩き出そうとして――むんず、とその襟首をつかんだのは三上だった。 「やめとけ。関わるとろくなことねぇぞ」 「あー、三上先輩ひょっとして妬んでるっスか?」 「バーカ、そんなんじゃねー」 おろ。 いつもどおりに頭を引っぱたかれるかと身構えていた藤代が、きょとんとする。 「に面倒かけたくなきゃ、関わるな」 きょとん。――ぱちくり。 妙に緩慢な動作で、藤代がを振り返った。 何されたの? そう目で問うている彼は、ご主人においてかれそうな犬のようだ。 問われているはというと、苦い顔して三上を睨む。 「みぃちゃん? わたしは黙っとけと云ったはずだけど?」 「藤代がバカな真似したら、あいつら余計に図に乗るだろうが」 ていうかみぃちゃんはやめろ。 うるさい、年下。 「……選手に要らん心労かけたくないのよ、わたしは」 ため息ついて。 不安そうな後輩ふたりの肩を、軽く叩く。 「だいじょうぶだいじょうぶ。何のためにマネージャーがいると思ってるの? あんたたちはボールに集中してればいいのよ」 その、伸ばされた腕。 雑事で汚れてしまった肌の、注意しなければ見えないような切り傷のあと。 ――あんたたちに近づくなって云われても、近づかないと仕事出来ないってのよねー 制服着てなくて助かったわ、ジャージのが値段安いもんね。 そう云って、体育館裏で笑ってた、の姿を思い出す。 思い知らせてやる、と意気込んで今にも女子棟に乗り込みそうだった三上を抑えたのは、渋沢ではなくて当のだった。 「だいじょうぶ。凄腕マネージャーを信じてちょうだい。てゆーか信じろ」 ……あのときも、そう云って。 「だいたい、外で騒ぐくらいならマネージャーになりゃいいのよ。選手触り放題なのに」 「・・・長続きしてくれれば、尚良しなんだがな」 のことばに、ため息交じりで渋沢は応じた。 現に今までも何人か、マネージャー候補が入ったことはあったのだ。 が。 ことごとく――そう、ことごとく。 仕事が生半可ではないと知り、適当な理由をつけて出された退部届をもう何枚見たことか。 「3軍がいるから、って監督が考えてる部分があるのも確かなのよね。だからマネージャーが入っては辞めてしても問題にしないんだわ」 実力主義の監督のこと、3軍を無下にしているとは思いたくないが、1軍2軍優先になるのは仕方のない現実ではある。 「すまないな、本当に」 「何云ってるの。選手はマネージャーに世話かけてなんぼでしょーが」 それを上回る結果を見せてくれりゃ、精を出した甲斐があるってもんよ。 だからね、と、いまだにしょげている藤代と、申し訳なさそうな笠井を振り返って、は笑う。 「恩返ししたいんなら、がんばって試合でかっこいい姿見せてちょうだい」 「……っス!」 「はい!」 気合いたっぷりに答えるふたりに、逆にが気圧されて後ずさったのはご愛嬌。 その後ろで、三上と渋沢は笑みこぼしていたのだが。 ――ピピピッ、と、電子音。 30分の休憩時間終了である。 タイマーを持ったが、グラウンドに向き直った。 「3軍撤退――――!! 各自ボール手入れやったら自主練! 1軍2軍は渋沢の指示でよろしく!!」 ほら、あんたたちも行った行った! ばしっ! と。 背中を叩く、自分たちより小さな手のひら。 何度励まされてきたか知れないそれに、今日も背を押されて、彼らはフィールドに出る。 嗚呼、青春。 |
青春といえば学生だと思います。(偏見) |