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・信じあえるならば・



 誰だって、出来れば人を疑いたくはないだろう。
 疑ったら最後、その人に対して常に緊張していなければいけないからだ。
 背中を向けたらやられる。
 そんな紙一重の緊張ではなくとも、神経が強張ることは避けられまい。

 逆に、神経を張り詰めているからこそ自然に振舞える、そんな相手がいることも確か。
 少なくとも、にとっては。

 だけど、やっぱり誰かと付き合う以上、信じあえるならそうしたい。



「たとえば、エンヴィーさんが『何もしないからいっしょにおいで』って云っても、絶対素直にはついていかないと思うんですよね」

「・・・本人前にして云う?」

 ちょっと傷ついた顔。
 だけど、すぐにそれは笑顔に戻る。
 どこかで読んだ異国の絵本の、チェシャ猫の挿絵を思い出す。
「うん、でも対応としてはそれで正しいよ」
「でしょう?」
 だけど、部屋にはあげるんだね?
 訪問何日目か、もう数えるのも面倒くさくなってきた。
 少なくとも毎日連続、でなくても1日おき。
 そんな感じでやってくる黒猫さんは、の部屋にすっかり馴染んでしまっている。
 手製の菓子をつまむエンヴィーに、も笑みを向けた。
「こっちに来る分には、別に全然構わないんですよ」
 エンヴィーさんだって最初っから気兼ねなしに来てたじゃないですか?
「そりゃあ、こっちは姫さん信じてるからねぇ」
 部屋にあげたとたん、『おまえを食べるためさ!』なんて化けの皮はいだりしないデショ?

 化けの皮ってなんですか。

 女の人は化けるって云うけど違ったっけ?

 意味が違います。

 敵愾心ぴしぴしじゃない。
 だけど気を許しきってるわけじゃない。
 落ちたら谷底の綱渡りをしてるつもりはないけれど、足踏み外したらひっくり返りそうな道。
 相手は自分を信じてるらしい。
 自分は相手を信じてない?
 そんな関係、長続きするわけはないけれど。
 ことこの人に関しては、それでもいいかなと思ってしまう。
 ――実際、もう何日目かも忘れちゃったくらいだし。

「だってですね」
「んー?」

 焼き菓子のかけらを口元につけたまま、エンヴィーがを覗き込む。
 とりあえず、指でちょん、と、つついて取った。

「エンヴィーさん、わたしに何にも見せてないですし」

「わぁ、姫さん賢い」

 手放しで誉めてもらうのは嬉しい。
 表情も、つい弛んでしまう。
 ・・・でもどうしても、硝子越しに向き合ってる印象が否めない。
 エンヴィーの手がゆっくり伸びて、頬をちょんちょんとつつくけど。
 その感触も人肌のぬくみも、たしかに自分は感じてるけど。

 ……薄い膜、ひとつ境にして、相手と自分が向かい合う。

 立つ場所が違う。
 見ている世界が違う。

 お互いの双眸がお互いを映して、それでも。

 エンヴィーの眼は、を見透かすみたいだけど。
 は別に、エンヴィーを見透かそうとは思わない。
 やるだけ無駄だと思うから。
 投げやりにそう考えるのではなく、ただ、勘としてそうとらえてる。


 たったひとりくらい、そういう相手がいても、いいかな、とは思うのだ。

 だから、自分とこの人は、ともだちなのだ。
 そう、思うのは確かで――

 だけどね。相手の信頼に応える信頼が持てない、自分がちょっと嫌になる。


「それでいいんだよ、姫さんは」

 よく判ってる。
 クスクス、エンヴィーは笑ってそう云った。
「それに賢い」
 たぶん、滅多に見せない本気の本音。
「どうしてです?」
「下手にこっちの詮索かけようとしないから」

 まだ。
 そのときまでは。
 光在る道を歩け、錬金術師。
 闇に身を堕したと云っても、その先におまえたちが見るのは光だろ。

 まだ。
 わだかまる、真なる闇は知らずに歩け。

 知ろうとしたら、待つのは破滅。


 ……そのときまでは、笑っていてよ。


「その点に関しても、姫さんのコトはちゃーんと信用してるからねー」

 言外に、例の約束はちゃんと守ってね、と告げながら、笑うエンヴィーに。
「てゆーかさ、姫さんホントに、こっち信用しなくていいんだよ?」
 そんなことを、至極当たり前のように云われて。
 ちょっとだけ胸が軋んだ。
「・・・でも」、
「ん?」
「出来ればわたしだって、エンヴィーさん信じたいですよ」
「……かーわいいねぇ」
 クスクス、黒猫さんは笑う。
 それに畳みかけるように、はもう一度口を開いた。
「全部じゃなくていいです。……たったひとつでも、いいんですけど」

「トモダチ。」

「え?」

「姫さんと、トモダチでいたいと思ってるよ」


 一瞬にして、表情を消して。
 分類するなら、真摯な、というものにかろうじてひっかかるだろう目をして。
 さらり、エンヴィーはそう云ってのける。
 それから、そんな表情などまるで幻だったかのように、また、例の笑みを浮かべた。
「これは本当。嘘じゃない」
 たったひとつはこれだけだけど。
 信じる?
「はい」
 も、にっこり笑って頷いた。



 気を許されてないのは判ってた。
 どうせいつかは贄として、その身を滅ぼす相手だし、それでいいと思ってた。
 彼女も、それでいいんだと思ってると考えてたけど。

 信じあう?  全然、なじみのないコトバ。

 でも、ちょっとだけ心地好かった――かもしれない。『かもしれない』で充分だ。


   ・・・たぶん、まだ。


■BACK■



ちょっと、ていうかかなり前に書いていたブツ。
エンヴィー好きだなあ。でも、本当の姿ってどんなんなんだろう。
もう原作では出たのかなあ。...いつか云ってたどろぐちょだったりしたら、
もとい、だったとしても、それはそれで、うむ。