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・呆れた笑顔で・



 神羅グループの人間にだって、休暇がないわけではない。
 ただ神羅ビルでたいていのものが揃うから、滅多に表の店にまで足を伸ばさないだけで。
 特にそれは、上層部に関わりの深いものほど、傾向が著しいようだった。
 もっとも、何にだって例外はある。

 今が歩いているのは、ミッドガルの街。
 その隣を歩いているのは、目の覚めるような銀の髪と、対照的な黒い服の少年。
 普段の、素肌にバックルというちょっと着方間違えてませんか兄さんという服装は、が頼み込んでやめてもらった。
 あれじゃ別の意味で目立つ。
 あと、目立つと云えばその双眸。
 猫の目にも似た瞳孔の、碧がかった深い蒼。――魔晄を浴びた証だという。
 とはいえ、眼の色に関しては、だって人のコトは云えない。
 銀髪に蒼碧の眼だって相当目立つが、黒髪に燈金色の双眸だって、充分印象的である。


「ねー、セフィロス」

 の口から零れたのは、将来、英雄とも云われるソルジャーの名前。
 すぐ横を歩く、銀の髪の持ち主の名。
「時間、だいじょぶ?」
「気にするな」
「……と云われてもー」
 ぽりょぽりょ、と頭に手をやって、髪をちょっとかき乱して。
 街頭のうえにオプションでくっつけてある、時計を見る。
 ――午後2時30分。
 折角とった外出だのに、なんでこんなに時間を気にしなければいけないんだろう。
 それに、人様の視線。
 時計を見上げるために動かしたの視界の端で、わざとらしく明後日を向いた人がざっと2桁。
 何を見てたのかくらい判ってる。

 セフィロスだ。

 自分もその対象になっていることには気づかないで、はため息をついた。
 セフィロスは、前述のようにかなり目立つ色合いをしている。
 顔の造作も整ってて、動きもなんだかしなやかな獣のよう。これで人の目を集めないわけがない。
 そして、そのことは、必然的に一緒くたに見られる羽目になっていると思っているにとっては、甚だ不本意なことであった。
「そんなこと云ってもセフィロス、とっくに休憩時間オーバーしてるでしょ?」
 おおよそ、30分ほど。
 そう云うと、英雄は少しばかり口の端を持ち上げて、ぽん、との頭に手をおいた。
 撫でるでもなく、叩くでもなく。
 手を『置く』ということばに相応しい動作。
「おまえを一人で外に放り出して、あとで捜しに行くよりはましだ」
「……ずっと前のことを持ち出さないでください」

 前と云っても、2年ほど前。
 神羅という組織に連れて来られてから初めて、外へ連れ出してもらったときだ。
 あまりに嬉しかったんだろう、お目付け役だったレノとルードのことも忘れてはしゃぎまくって、行方不明になって。
 あわや神羅軍総出で捜索かと思われた矢先、セフィロスの手によってなんとか連れ戻されたことがあるは、渋面をつくってそう云った。
 そんな事件が示すように、は外をあまり知らない。
 宝条博士曰くの『サンプル』だそうだから、それも仕方がないのかもしれないけれど。

 けど。

「でもね、レノさんもルードさんも、ツォンさんだって、一人で外出するの許可くれたよ。宝条博士は苦い顔したけど、何も云わなかったし」
 わざわざついてくるなんて云ったの、セフィロスくらいだよ?
「――オレがいたから、あいつらは何も云わなかったんだ」
「は?」
「オレがおまえに付き添うだろうくらい、お見通しらしいからな」
 つい、30分前。
 リフレッシュルームでのことだ。
 ちょうどそこにいたタークスの面々に、外出許可をとろうとやってきた
 ちょっと前に昼食を済ませ、一汗流そうと来ていたセフィロスからは、そのやりとりは見えたし声もよく聞こえた。
 首尾よく許可をとれて、『じゃあいってきます』とエレベーターに向かおうとしたの腕を、セフィロスががっしと捕まえ――現在に至る。
「……謀られた……?」
 胡乱な表情をつくって見上げるの頭を、セフィロスの手が軽く叩く。
「まあ、そんなところだな」
「否定しないしこの人!」
 ってゆーか何?
 そんなにわたしは危なっかしいわけ? 信用ないわけ?
「信用がないわけじゃないだろうが」、
 ぶつぶつ云っているから、つと視線をそらして。
「――以前の件もあるからな。奴等としても、不安材料はないにこしたことがないんだろうよ」
「・・・エアリスと、イファルナおかあさん?」
「ああ。見事に逃げられたと、宝条やプレジデントが地団駄踏んでいた。――見ただろう?」
「うん」
 プレジデントはともかく、宝条に関してはそのとおり。
 古代種とやらの貴重なサンプルに逃げられたと、鬼のような形相で。
 もっとも、彼が怒り狂っていた数日間は、も実験だの検査だのから解放されていたから、ちょっとだけありがたく思うけど。
 それからふと、思ったことひとつ。

「セフィロスは?」
「――ん?」
「セフィロスは、逃げたくなったりしたことは、ないの?」
「おまえは?」

 逆に問われ、はちょっと考える。
「何度かある。……でも、わたし、神羅に命助けてもらった恩があるし……」
 正確に云えば、イファルナにこそ大恩があるのだ。
 事故で家族が死に、自分も瀕死の重体で、は神羅系列の病院に運び込まれた。
 そこで施された輸血が、運命の分かれ道。
 その提供者はイファルナ。
 ――古代種の血を分け与えられた人間として、身寄りもない少女は宝条の披検体として、その身体を提供することになったのである。
 あとで聞いた話では、むしろ意図的に輸血の提供者は選ばれたらしい。・・・もちろん、宝条の指示だろう。
 けれど、命を助けてもらったことに変わりはない。
 そのことだけは、も神羅に感謝はしている。
「・・・7歳のセリフか、それは」
「・・・14歳の落ち着きぶりじゃないでしょ、セフィロスは」
 妙に割り切ったの答えにセフィロスが呆れた顔で云えば、もきっちり反撃する。
 だけど仕方あるまい。
 自分達の立場。置かれている場所。
 そして神羅という組織について。
 良くも悪くも理解していなければ、生き抜くことは難しい。
「で、セフィロスは?」
 改めて問えば、銀の髪の少年は、
「逃げたとしても、オレにはどうせ行く場所はないしな……」
「なんで?」
「ガスト博士はもういない。――母の顔すら、オレは知らない」
 よすがとする場所も、人も、オレにはないんだ。
「まあ、そのほうがいいかもしれない」
「え?」
 街を、歩きながら。
 機械だらけの、ひんやりした街並みを眺めながら。
 ――妙に悟りきったような表情でいるセフィロスに、ちょっとだけ、背筋が寒くなる。

「いずれオレも、近いうちソルジャーとして戦場に行くことになるんだろう。……哀しませる人間がいない分、気は楽かもな」

 エアリスもイファルナも。
 とセフィロス、ふたりに暖かく接してくれていたふたりは、もうこの街にはいない。

 でも。

「あ。それ聞き捨てならない」

 それを聞いた瞬間、感じた寒気はどこかに行った。
 ぴたっと立ち止まったを、セフィロスが不思議な顔で振り返る。
「どうした?」
「わたしが泣く」
「は?」
「セフィロスが死んだりいなくなったらしたら、わたしが泣く!」
 どう見ても『泣く』というよりは『怒る』とでも表現した方が良さそうな顔で云いきる少女を、やっぱり、少年はきょとんとしたまま凝視していた。
「なんでだ?」
 血のつながりはないだろ?
 それを本気で云っているのが判って、は頭を抱えてしゃがみこむ。
 もっとも、まだ幼い同士のこのふたり。
 思うことを、ことばできっちり相手に伝えられるほど、人生経験は深くない。
 どう説明しようかと思った矢先、

 ヒュゥ! と、なんとなし下品な感じのする口笛が、横手から聞こえた。

 なんだなんだと顔をあげたの眼に映ったのは、だけど、いつの間にまわりこんだのかセフィロスの後ろ姿。
 立ち上がってようやく、口笛を吹いた当人の姿が見えた。
 チームだかなんだかなのか、よく判らない服を着た、男の人の集団。
 口々に何か云っている。
 かろうじて聞き取れたのは、『かわいいねぇ』とか『いいところの子供じゃねーか』とか『攫ったら金になるぜ』とか。
 それだけ聞こえれば充分だ。
 そして、が状況を察したときには、セフィロスはその状況への対応をすでに決めていた。
 腰に佩いた、彼の身長ほどもあろうかという刀。
 それを一気に引き抜いて、男たちに突きつけたのである。

「命が惜しければ、失せろ」

 ――となると当然、男たちは激昂して向かってくるわけで。

 だけど、には事の結末が見えすぎるほど見えていた。




 かろうじてだけれど、こぢんまりした緑のある公園。
 大の男数人を相手にしてもひけをとらない、どころか圧倒的な勝利をもぎとったセフィロスだけれど、やっぱり無傷にはすまなかった。
 彼らの刃を避けたときに、弾みなんだろう、かすって出来た腕の手当てをしつつ。
「――だからね、そういうことなの」
 自分の方がよっぽど泣きそうな顔してるかも、と思いつつ、はセフィロスに語りかける。
「わたしとセフィロスは違う人間だけど、わたしはセフィロスが怪我したりするの見ると、自分も痛くなったみたいな気がするの」
 それが死んじゃったりなんかした日には、絶対痛くて動けなくなっちゃうかもしれないの。
 わかった?
「・・・そういうものなのか?」
「わたしはそうなの!」
 やっぱりよく判ってない、と嘆きつつ、それでも断言してみせる。
 神羅でいちばん年が近いせいでもあるけれど、セフィロスは大事な友達だ。
 エアリスがいた頃は3人でよく一緒にいたし、彼女がいなくなってからは寂しいせいもあるのか、はよくセフィロスの部屋に押しかける。
 セフィロスも別に文句云わずに入れてくれるし、つまり、うん。
 今の自分の身の回りでは、たぶん一番に大切な相手。

「・・・そうか」

「うん?」

 ぎゅぅっ、と。
 ハンカチを結んだら、ちょっと力を入れすぎたのか、セフィロスは一瞬顔をしかめた。
 それからやっぱり、の頭に手をおいて。

「それじゃあ、を泣かせないようにしたいなら、戦場に出ても絶対に帰ってこないといけないんだな」

 いや、泣く材料はそれだけじゃないと思うんだけど。
 そう云おうとしたら、
「オレも、おまえが泣きそうだと少し痛い」
 そういうことだろ?
「少しだけー!?」
 反射的にそう返してしまったら、『欲張りだな』と呆れられた。

 けど。

 呆れてても、セフィロスの顔は笑ってて。
 ――だから、いいかな、と思ってしまったのである。


■BACK■



うわ、FF7なんてもってくるかって感じですね(笑)
でも再プレイしてるときだったので、なんだか書いてみたくて。
セフィロスの笑顔ってたぶん(ああなる前は)、
文字通り苦笑に似たようなのが多かったんじゃないかなーと思います。
一線ひいてるの。どこかで。