Episode68
「ステーキ定食くださいな。焼き加減、レア!」「……どうぞ」
案内された小部屋の移動中におなかを満たして、わたしは会場に足を踏み入れた。
「わ」
ぞろぞろ、たくさんの人たち。
男の人が多いな。やっぱり。ハンター、体力勝負が多いものね。女の人のハンターは、メンチさんをはじめとして知ってるけども、男の人の数のほうが多いし。
でも、見渡したら、女の人の受験生、ちらほら。
おっきな帽子をかぶった、どんぐり目のお姉さんとか。
なんて見渡してる間に、係の人がナンバープレートをくれた。
「ありがとうございます」
「がんばってくださいね」
このひとは、わたしが試験官のお勉強に来たってことを知ってるのかな?
白く染めた髪を目の横にして、ちょっと考える。
そう。
髪、染めているのだ。わたし。
だって、去年、合格してすぐだし。
今回の受験生のなかには、ヒソカさんみたいに去年からつづけて受けるひとも、きっと、いるだろうし。
そういうひとたちに、去年受かったのになんでまた来てるんだ? って訊かれたら困るもん。
だから、これ、変装なのだ。
マチさんがくれた、特製の染め粉。わたしみたいなお化粧慣れてないひとでも、ちゃんと使えて、後々傷んだりもしないんだって。
これだけで変装になりますか? って訊いたら、女は髪ひとつ変えるだけでずいぶん違うからね、って答えだった。
うーん、でも、やっぱり、ちょびっと、落ち着かない。かも。
いつも結わえてる横の髪は耳のところで揺れてて、それ以外のは、ちっちゃいポニーテールになってるっていう、感覚は、慣れない。
なんて考えてたら、
「あっれ」
「?」
なんだか聞き覚えのある声が、後ろから、した。
振り返る。
「あ」
わたし、目を丸くしてしまった。
「ん?」
そしたら、声をかけてきたひとも、目を丸くした。
……そのひとは、キルアくん、だった。
猫っぽい目と、白っぽい髪、つんつん。動きやすそうなお洋服。使い込んだスケートボード、持ってる。
……わあ。
あのとき、ゾルディックさんちでお別れして以来、だ。
わたしはなかなか、あのへんに行くことってないし。イルミさんにお呼ばれするときは、約束だから、キルアくんには内緒でお邪魔してたから。
……わあ。
大きくなったんだ、なあ。
「どした?」
「あ、いえ、なんでもないですっ。すみません、……初めて逢ったのに、変な顔して」
両手をぶんぶん。顔の前で振りまくる。
そしたらキルアくん、
「……変な奴ー」
って、笑った。猫みたい。
それから、ちょっと閉じた目を開けて、キルアくんは云う。
「オレと同い年くらいだよな? やっぱ試験受けんの?」
子供ってオレくらいだと思ってさ、肩身狭かったんだよなー。
なんて、本当はあんまりそんなこと思ってないふうなのに、ひょうひょうと目を細めてる。
「あ、オレ、キルア。あんた、なんての?」
「あ、わたし」
茅菜です。
って云いかけて、寸でのところで口閉じることに成功するわたし。
あ、あぶない……!
「?」
「え、ええと」
「何? 名前名乗っちゃいけない家柄?」
「あ、いえ、そういうのじゃないんだけど」
こまった。
目をぐるぐるさせてたら、それがあんまりかわいそうに見えたのか、キルアくんは助け舟を出してくれる。
「じゃあ偽名でもいいぜ? オレそういうの気にしねーし」
「偽名」
って云われても急には……
……そうだ!
「エトランジュです!」
「どこのお嬢様!」
何故か唐突に頭に浮かんだ名前を云ったら、キルアくんの鋭い裏拳が空を切った。
…………やっぱり、ちょっと、わざとらしかった、みたいだ。
「つかさ、長すぎるからさ。もちっと短いのにしようぜ」
あ。そっちのツッコミだったんだ。
「エト……じゃー、濁点つけてどこのしゃべる馬とか錬金術師だって感じだしなー。女だし、エトラってんでどう?」
「あ、はい。はい、じゃあ、それで」
「…………」
安心してうなずいたら、どうしてか、キルアくん、じーっとわたしを見た。
「ほんとにそれでいい?」
「え?」
そして、小さな小さな声で、キルアくんは云った。
「『』」
………………………………
顔。
真っ赤になった、と、思う。
ゆでだこなわたしの前で、キルア君、大爆笑してた。