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幼馴染みたちの夜


「なんか悔しい」
「はい?」

 列車強盗事件の後、劇的な再会を果たした夜。
 マスタングさんちの一室。
 家の主は急用で軍部に招集されて、今滞在しているのはとエルリック兄弟のみ。

 ホットレモン(はちみつ入り)なぞ飲みつつ、談笑していたときだった。

 もエドワードも、敷き詰めたクッションの上に寝転がって、マグカップを両手に持ったまま向き合っていて。
 何かを思い出したような顔で切り出したのは、エドワードだった。

「こないだ、教会一個半壊させたんだけどさ」
「・・・・・・何してんの君たちは」
 なんでもないように告げられたひとことに、がぴくりと引きつった。
「いっやー、それがそこの教主、錬金術を奇蹟の術に見立てて新興宗教立ち上げて人心掌握していずれ国をのっとろうって考えてた悪人だったんだよ」
「ほー、それでエド君たちが天誅をくらわしてきた、と?」
「それなら良かったんだけどねえ」
「俺たち別にどーでもよかったんだけどな、それは」
「あーんーたーらーはー」
 わたし一応軍人さんですから、それってあんまり見逃せないんですけどー?
 マグカップを安全な場所に置いて、はエドワードににじりよる。
 察したエドワードが、同じくマグカップをアルフォンスに預けた瞬間。

 ぐりぐりぐりぐりぐり。

「あいてててててっ、ちょ、ちょっと姉、加減しろよなっ!?」
「えーい、この不真面目国家錬金術師め。天誅じゃー」
姉さん、棒読み棒読み」
 半ば本気で痛がるエドワードに、笑いながら棒読みなセリフを口にする、横からツッコむアルフォンス。
 ひとしきり『天誅』を味わって、エドワードはぱたりと伏した。
 まだ少し痛いのか、頭をさすって顔だけ持ち上げる。
 視線の先にいるのは
「・・・なに?」
 じーっ、と。
 琥珀の双眸がなにやら云いたげに、目を覗き込んできて。

「・・・どうでもよかったんだよ、ホント」
「??」

 そっと伸ばされた左手に、頭を抱え込まれるままにして。
 そのまま顔を近づけるエドワードを、も黙って見返した。
 とりあえず、つづきがありそうだから待ってみようとか思いつつ。
 予想に違わず、エドワードは小さく口を開いて。ことばを探すように数度繰り返して。
「・・・別にあいつが国盗りしようが、あの姉ちゃんが自爆しようが、街がどうなろうが、俺、どうでもよかったんだ」
「・・・・・・こらこらこらこら。」
「でも、賢者の石だと思っちゃったしさ」
「え? 本物?」
 ぽつりとつぶやかれたそれに、驚愕を感じないわけではなかったけれど。
 なんとなくその口調から導き出される答えがあって、だから、問うた声にはあまりそれが出なかった。
「いんや、偽者。ハンパもんだった」
 まあそんなあっさり見つかるようなもんじゃないんだけどさ。
「だね・・・」
 完全なる物質。賢者の石。
 通常なら絶対に出来ないとされている、法則外の錬成さえ可能にすると云われる幻の石。
「……気にならないの?」
「へ?」
 うんうんと頷いていると、何やらちょっぴり不機嫌そうになってエドワードが云った。
 なんだなんだと思っていると、横からアルフォンスが耳打ち。
「そこの街で、ロゼって女の人に逢って――」
「こら、アル」
「だって兄さん、姉さん判ってないし」
「? ? ?」
 アルフォンスのことばどおり、首を傾げまくりのを見て、エドワードはでっかいため息。
 の頭を抱え込んでいた腕を外し、代わりに、髪をひと房その手にとって。
「どうせ自業自得なのに、なんでほっとかなかったんだって思ってたんだけど」
「その、ロゼって人?」
「うん」
「男の子としては女の人をほっといちゃだめだよ。立派な紳士になれないぞ」
『ならんでいいならんでいい』
「うわ兄弟揃ってツッコむ?」
「ツッコむって」

 あははは、と、顔を見合わせて笑った。

 ひとしきり笑って、でさ、と、エドワードが先のつづきを口にする。
「そのねーちゃん、天涯孤独で恋人が死んでて、まあ同情はするけどさ」
「うわ……かわいそう」
「だけど、神様に祈って奇蹟で恋人甦らせて貰おうとか思っててさ」
「……」
「別にいいんだよ。祈って救われるってんなら、いくらでも祈ってろって感じだったんだけど」
「・・・神様任せで恋人を復活させてもらおうってのが気に入らなかった?」
「うん」
 その違法かましてた教主がつまり、奇蹟の業でもって恋人復活させてやるからと信仰を求めたのだと。

「――人体錬成にどれだけの覚悟が要るか、どれだけの犠牲が要るか……見せてやったんだぜ?」

 機械鎧の手足と、弟の身体を。
 そうして禁忌に手を出した、その結末を。

 なーのーに、と。
 の髪を引っ張りながら、エドワードは仏頂面のまま。
「なんで人間ってのは、いっぺんそう信じちまうとそれしかないって思うのかね」
 最後の最後まで、そのロゼという人は、すがりつづけるしか出来なかったのだと。
 暗に告げて。
「・・・で、何が悔しかったか、て云うとだ」
「うん?」

 ちらり。いつの間にかクッションに落としていた視線を、再びに固定して。
 それでも、髪を持っている手はそのままに。

「ちらっとでも姉に似てるな、とか思った自分が、すげ、情けねえ。でもって悔しい」
「は?」
「・・・兄さん・・・まさかそれで?」
「しょうがねえだろ、姉にしばらく逢ってなかったんだから、似てるなって思ったら自爆するのほっとけなかったんだ」
「・・・でも、そんなに似てた? 髪型とか・・・・・・あ、笑った顔はけっこう?」
 最初に店で逢ったときの笑顔は、まだ陰のない笑顔だった。
 それが妄信によるものだとしても。
「そう、それ!」
 指をの髪にからめたまま、エドワードは意気込んで。
 その勢いで引っ張られたの頭が、がくりと傾ぐ。
 ぼふっ、と、顔がクッションに埋まる。
「ちょっ、エド君!」
「あ、悪ィ」
 謝り方に心が篭ってない気がするんですけど。
 そんなの文句は、さらっと流される。
 流したエドワードは、じいっとを見て。云った。

姉、笑ってみ?」
「・・・・・・はい?」

 笑えと云われて急に笑えるか。

 それは当然の返答だったのだけれど。
「・・・そうくると思ったぜ」
 にやり。
 先にあんたが笑ってどうする、と、がエドワードにツッコミ入れるより先に。
「アル!」
「うんっ」
 阿吽の呼吸で意志を通じ合わせたらしいエルリック兄弟が、同時に立ち上がって。

 がし。

「・・・・・・え?」

 その巨体に似合わぬ素早い動きで後ろに回りこんだアルフォンスが、がっちりを押さえつけた。
「ふふふふふふふふふふ」
「ちょ、エド君?」
 そうして、にやにや笑いながらエドワードが迫ってくる。
「こら、アル君、放しなさいっ!」
「あ、だいじょうぶだいじょうぶ、姉さんなら」
「何がだ何がっ!?」
「ふーふーふーふーふ。」
「エド君笑い声が棒読みッ!」

 わきわきわき。

 持ち上げられた機械鎧の手のひらと、生身の手のひら。
 そうして、それはそれは楽しそうにほくそえんでいるエドワードの顔が、最後に見た光景だった。

「笑わんなら、笑かしてみせよう姉」


 夜の静寂に包まれたマスタング邸に、ひとしきり、笑い声が響いたのは、ちょうどそのへんを散歩していた野良犬だけが知っている。



「・・・あー・・・腹痛ェ・・・」
「ふふふふふふ、当たり前でしょうがあれだけ笑い転げればお腹も痛くなって当然よ・・・・・・あいたたた」
姉だって同じようなもんだろ」
「ふたりともどっこいどっこいだと思う」
『うあムカつく』
 ひとりへーぜんとしている(鎧だからくすぐりようがない)アルフォンスに、とエドワードは見事に声を揃えて云った。
「あー、でも久々に爆笑してスッキリしたかも」
 まだお腹を押さえたまま、とりあえずアルフォンスに寄りかかるように座り込んだ。
 ちゃっかりクッションを幾つか背もたれに用意して。
 まだ余韻が残っているせいで、クスクス笑いがこぼれてしまう。
 と。
 同じようにエドワードも、こちらの方に匍匐前進しつつやってきた。
「ほらな」
「・・・何が?」
 じゃれあいに熱中しすぎて、額に張り付いている髪をとってやりながら、訊き返す。

「やっぱ、姉のがいいよ」

「・・・・・・へ?」

 なんのことだと思って記憶を掘り返す。
 そういえばくすぐり合戦に突入する前、どこかで逢った女の人とが似ているとか似てないとかそういう話をしていたような。
「・・・それだけのために、くすぐり合戦しかけたの?」
「おう。」
「開き直るなー」
 もはやこめかみぐりぐりしてお仕置きする気力もないが、最終的にとった手段は、というと。
 とりあえず、現在時刻を鑑みればいちばん妥当な方法だった。
 すなわち。
 両手を伸ばしてがっしとエドワードの頭を掴み、それを、座っている自分の膝の上に押しつけたのである。
「・・・姉?」
 国家錬金術師で軍属で、階級少佐扱いとは云え、エドワードはまだ15歳、は17歳。
 ちなみに降格される前は、そもそも中尉で入隊した
 何故少佐でなかったかというと、ただ単にまだ年が若いからとあえて下位からを希望したという経緯があったり。
 要するにふたりとも、まだ充分、少年少女で通じる年齢で。
 そうしてその年齢が、この時刻に脳みそに訴えることはただひとつ。

 『睡眠』

 だったりする。
 実際、呼びかけるエドワードの声はかなり眠気を帯びていた。
「おやすみ」
 髪を横に払って、ぽんぽんと額を叩いてやる。
「・・・・うん。姉、アル、おやすみ」
「ふたりともおやすみなさいー」
「アル君重くない?」
「あはは、だいじょうぶだよ」
「うん、じゃあおやすみ」
「いい夢を」
 あれだけ騒いだ名残もまだ残っているのに、すでに意識は半分夢の中。

 翌朝焔の大佐殿に蹴っ飛ばされる運命をまだ知らないまま、静かに夜は更けていく。



 ――かと思いきや。

「・・・ねえ、アル君起きてる?」
「ん、起きてるよ。何? 姉さん」
「そもそもエド君、なんで悔しがってたんだっけ?」
「んーとね、結局ロゼと姉さんあんまり似てないのに、似てると思っちゃったのが不覚だったんじゃないかな」
「おい、アル。よけいなコト云うなよ」
「うわ、エド君まだ起きてたの?」
「頭の上で話されてりゃ目が覚めるっつーの」
「ああそっか、ごめんねー。眠気寄せにもっかいホットレモン飲む?」
「コーヒーくれ、コーヒー」
 仰向けのままで差し出された手のひらを、ぺしっとはたく音。
「今から寝ようって人間が何カフェイン希望するか。ホットミルクかホットレモン。どっち?」
「いや、今の一撃で目、覚めたし。っつーか前者はヤだ。」
 だいたい姉だって、わざわざ淹れに行こうとしてくれてるってことは、眠気飛んでるんじゃないのか?

 ・・・沈黙。

「図星だろ」
「あはははははは。・・・・・・よし」
 むくり、起き上がる
 とりあえずエドワードが転がり落ちないように、先にそっと避けておいて。
 なんだなんだと見守る先で、暗闇のなかスタスタと歩き――パッ、と、部屋の明りが灯される。
「うわ、まぶし……」
 目をしばたかせるエドワードの前に、ずいっと差し出されるのは。
 どうやらそこらの雑誌か新聞の広告から錬成したらしい、出来たてほやほやのトランプ。
「・・・・・・姉」
「いや、眠くもないのに転がってるのって時間の無駄だし?」
「だからって大佐の私物勝手にいじって・・・怒られても知らないよ」
「ん、いいの。このへんのはゴミの日に出すように云われてたし」
「資源の再利用か」
 ちょっと違う気がするけどな。
 エドワードがそんなこと云っている間にも、の手は動く。
 たしたしたし。
 カードを切って、手際よく配って。
「・・・何するの?」
 それぞれカードを手に持って、結局乗り気なエルリック兄弟。
「んー・・・大富豪?」
「どうせなら金賭けねえ?」
「却下。」
「あ、じゃあわたしが勝ったらエド君の髪好きにいじらせてくれるっていうのは」
「うわそれ却下。」
「じゃあ――」


 前言撤回。   夜は賑やかに更けて行く。


■BACK■



ロゼがけっして嫌いなわけではありません;
けれどエドたちの気持ちとしてはこんななのかな、と思いつつ。
くすぐり合戦は......すみません、なんか合宿の夜のノリで。
修学旅行の夜ってみんなでワイワイ騒いじゃいますよねー(笑)
翌朝当然3人とも寝不足でした。そんな状態で連続物語は続いていきます。
......合掌(笑)